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いつから俺の青春が『普通』だと思っていた?  作者: 結城 ユウキ
第3章 君のいない教室

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第27話

 東京に戻った頃には、既に空が夕焼けに染まっていた。


 ここ二日間はあまりにも疲れたためすぐにでも家に帰りたかったが、済まさなければいけないこともある。


 江古田駅で旭丘が荷物を置いてくるのを待ち、先生やら会長に報告するためにそのまま高校へと向かった。


 明日にすることも考えたが、今日のうちに済ませたほうが何かと都合がいい。


 学校へ向かう途中、旭丘との間に特段会話はなかった。お互い車窓から見える風景をぼんやりと眺めていただけだったが、不思議と気まずさは感じない。少しは心の距離が縮まっただろうか。


 そんなことを考えていると、バスのアナウンスが井荻高校に着いたことを告げた。


 降りる客は俺と旭丘しかいない。それも当然。現在時刻は午後四時を回っている。授業が終わり、部活が始まっている時間だ。


 誰かに見つかっても面倒なので、急いで職員室へと向かい、小竹先生を呼び出した。


 旭丘を見た先生は一瞬目を大きく開いたが、すぐにいつもの表情に戻った。


「意外と早かったじゃないか。もう少しかかると思ってたぞ」

「運が良かったんですよ」

「先生、ご迷惑おかけしました」


 旭丘が頭を上げると、先生はその頭をがしがしと雑に撫でた。


「いいんだよ、生徒は先生に迷惑かけるのが仕事だ」


 先生は当たり前のようにそんなセリフを吐く。きっと真面目にこんな言葉を紡げるのは、この学校でこの先生だけだろう。彼女はいつだって、生徒の味方をしてくれる。


「それで、もういいのか?」


 先生は一応、旭丘の家の事情を知っている。その端的な問いかけは、問題が片付いたのか確認したかったのだろう。


 旭丘はボサボサになってしまった髪を手で梳かしながら、


「はい」


 と微笑みながら答えた。


   でも、と旭丘が続ける。


「立野くんのおかげです」

「ほう、立野が」


 先生がちらっと俺の方を見る。


「……なんもしてないですよ。こいつが頑張っただけです」


 俺がそう答えると、先生が見るからに不機嫌になる。


「なんだお前ら、イチャイチャしやがって。ヤったんか?」


 やっぱりこの教師最悪かも。


 そんなこと言ったら旭丘も怒るだろうよ……。そう思って彼女の方を見ると顔を赤くするだけで怒る素振りは見せていなかった。


 いやそこは怒って? セクハラに屈しないで?

 もしかして今この場でまともなのって俺だけなのか……?


「まあ冗談はさておき」


 毎回冗談に聞こえないです、先生。


「お前らが仲良くなってくれて先生としては嬉しい限りだよ。新学期初日とは大違いだな」

「まああの頃に比べれば……」

「そうね……」


 というかあれも火付けは小竹先生だった気がするが……。


 先生はそんなこと気にも留めずによかったよかったと繰り返している。


「これから氷川のところか?」

「はい」

「そうか。じゃあ早く行ってやれ。あいつも心配してたからな」

「会長が……? あの人って人の心配とかするんですか……?」


 旭丘は半信半疑といった様子だった。確かに、あの会長が何かを、誰かを心配しているところは想像つかない。


「そう言ってやるな。あいつだってお前らと同じ高校生なんだ。人間っぽいところだってあるさ」


 俺や旭丘からしてみれば、会長は異次元の存在にしか見えない。そう言われても、あまりしっくりこないのが正直なところだ。


 だが挨拶に行こうと思っていたのは事実。


 俺と旭丘は先生に別れを告げ、会長の元へと向かった。



 会長はいつものように、生徒会室の自席で大量の書類を捌いていた。平常運転といった様子で、とても心配しているようには見えないが……。


 俺と旭丘が近づくと、会長は顔を上げてこちらを見た。その際、少し瞳孔が開いたように見えたのは、気のせいだろうか。


「思ったより早かったわね」

「旭丘が頑張ったので」


 旭丘は一歩前へ出て、頭を上げた。


「ご迷惑をおかけしました」


 会長は再び目の前の書類に視線を向ける。


「……別に、あなたたちがいてもいなくても私の仕事は変わらないけれど」


 元々会長一人で生徒会を回していたのだ。そう思われていても仕方がない。そう頭ではわかっているのだが、感情がついてこないこともある。


 それは旭丘も同じ思いだろう。隣で悲しそうな顔をしている。


 だがその後に続いた会長の言葉は、予想外のものだった。


「それでも、二人が戻ってきてくれてよかった。旭丘さん、おかえりなさい。立野くんも、ありがとう」


 俺も旭丘も動揺を隠しきれなかった。


 まさかあの氷姫から、こんなセリフが飛び出てくるなんて。


 その様子を見て、会長は大きく咳払いをした。


「そんなにおかしなことを言ったかしら」

「い、いえ……。なんか意外で……」


 なにも取り繕えていない俺と、


「……私、会長のこと感情の無いロボットだと思ってたんですけど、違うんですね……」


 あまりにも失礼すぎる旭丘。


 こんなのが後輩ですみません会長。


「あなたたちね……」


 会長も呆れたのか、難しそうな顔をしてこめかみを押さえている。


 けれどなんだかその仕草も人間らしくて、先生の言っていたことはこれかと、今更ながら理解する。


 確かに会長は完璧超人だ。


 なんだって隙なくこなすし、ミスもしない。容姿端麗で頭脳明晰、運動神経だって抜群だ。


 それでも彼女は、人間だ。


 ミスをすることだってあるだろうし、感情だって当たり前のようにある。


 そんな当たり前のことを忘れていた。


 歳だって一個しか変わらないのだ。接し方だって、もっとフランクでいいかもしれない。


 そんなことを考えていると、会長がなにかを思い出したかのように姿勢を正した。


「一つ、旭丘さんには謝らなければいけないわね。立野くんに旭丘さんの実家の住所を教えたのは私です。ごめんなさい」


 会長は深々と頭を下げた。


 謝られるとは微塵も思っていなかった旭丘は、隣で慌てふためいている。


「い、いえ大丈夫ですそんなの気にしないでください! むしろ感謝してます」

「感謝……?」

「はい。立野くんが来てくれたおかげで、私は今ここにいるので」


 その言葉を聞いた会長が、俺に訝しげな視線を向ける。


「一体あなた、なにをしたの……?」


 なにをしたかと問われれば、知り合いの実家の前で叫んだに過ぎないのだが、どう言っても好意的に捉えられる気がしないので、できればこれを知っているのは旭丘だけであってほしい。


「……なにも」


 目を逸らしながらそう答えたが、会長は依然として怪訝そうに俺の方を見ている。


 俺は絶対に目を合わせない。


 それが数秒続くと、会長は諦めたようにため息をついた。


「……まあいいわ。二人が戻ってきてくれたから今回は不問とします」

「ありがとうございます」


 素直に礼を言う。ここを追求しないでくれるのは心底ありがたい。


「今日は疲れたでしょう。早く帰ってゆっくりやすみなさい」


 会長の一言で、その場は解散となった。


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