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いつから俺の青春が『普通』だと思っていた?  作者: 結城 ユウキ
第3章 君のいない教室

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第25話

 公園から出た俺は、その足ですぐ学校へと戻った。


 旭丘を追いかけるにあたって、一番重要なものは彼女の実家がどこにあるかだ。


 体育倉庫で話したときは、「東北の田舎の方」としか言っていなかった。さすがにその状態では追いかけられないし、追いかけたところで絶対に見つけられない。


 先生なら当然知っているだろうが、彼女は教師で公務員だ。いくら相手が俺だとしても、生徒の個人情報を教えるわけにはいかないだろう。


 けれど生徒の情報なら、もう一人詳しい人がいる。


「旭丘さんの実家の場所? 当然知っているけれど」


 そう、我らが生徒会長である。生徒の交友関係まで網羅している会長が、生徒一人の実家の場所を知らないはずがない。どうやって仕入れたかは絶対に聞きたくないが。


「知っている、けれどいくら立野くんとはいえはいどうぞって教えることはできないわ。会いに行って、どうするの?」


 会長は俺の意思を確かめるように、そう問いかけた。


「ただ、話したいんです」


 俺は取り繕わず、本心を話す。


「会って話して、それがどういう結果を生むかはわかりません。もしかしたら連れて帰って来られないかもしれない。もう二度と会えなくなるかもしれない。それでも、俺はあいつに会って話をしなきゃいけないんです」


 会長が見定めるように、俺の双眸を捉えた。それに負けないよう、俺も見返す。ここだけは、譲ってはならない。


「――わかったわ」


 そう言うと、会長は手元のスマートフォンを操作した。

 その直後、俺のスマートフォンが震える。


「今、住所を送ったわ。個人情報だから、扱いには十分注意して」

「はい。ありがとうございます」

「それと」


 一呼吸おいて、会長は口を開いた。


「旭丘さんを、お願いね」

「……はい!」


 会長に見送られ、俺は生徒会室を後にした。

 会長からもらった住所によれば、旭丘の実家はどうやら秋田県にあるらしい。


 今から向かえば今日中に着くだろうが、帰る手段がなくなってしまう。宿を取りたいところではあったが、未成年が一人で泊まるには保護者の同意書が必要な場合が多い。


 親は忙しくてそんなのを書いている暇すらないだろうし、仮に電話での確認で問題ないとしても電話に出ることはないだろう。


 日帰りで通い詰めるしかない。それが最適解だ。


 お金に関しては、アルバイトをして貯まったお金を使えばいい。始めたはいいが、得られる対価を使う道がなかった。それを使えば、まあ一週間くらいは通えるはずだ。


 中々突飛なことをしようとしていることに自覚はあるが、今はそれくらいしかできることがない。


 これが『普通』かと問われれば、きっとそうではないだろう。


 俺の『普通』も、知り合って一ヶ月も満たない人間のために自腹で秋田まで追いかけることは許容していない。


 けれど今はそれがどうでもよくなるくらい、旭丘と話したい。ただそう思う。



「ここ、か……」


 秋田駅から私鉄に乗り換えて一時間。そこから歩いてさらに二十分。


 旭丘の実家は半径一、二キロメートルの範囲に収まるような小さな町にあった。人口も、多くて千人程度だろうか。


 町の中心には広場や商店、公共の施設があり、家々が近接していて、歩いてすぐに隣の家にアクセスできる距離感だった。旭丘が言っていたように、この小さな町なら確かに噂がすぐ広まりそうだ。


 家は立派なものだった。かなり大きめな一軒家で、手入れされた庭もしっかりと面積を確保している。


 さて。


 ここまで来たは良いが、どうしたものか。


 インターホンを押すべきか迷ったが、そもそも俺がこの住所を知っていること自体変なことなのだ。後で学校に知らされるのも困る。


 こうして家の前で立ち止まっているのもそれなりに目立つらしく、行き交う人が俺に訝しげな視線を向ける。よそ者がなんの用だと、そう言われている気がしてかなり居心地が悪い。


 とりあえず俺は旭丘に連絡を入れることにした。


『急なんだけどさ』


 メッセージアプリを使いそこまで打って、一度送る。少し待つが、やはり既読すらつかない。


 やっぱりダメか。だが次の言葉を送れば、さすがの旭丘も無視を決め込むことはできないだろう。


『今、お前の実家の前にいます』


 そう送った瞬間既読が付き、二階の部屋のカーテンが勢いよく開く。


 そこには部屋着姿の旭丘がいた。何を着ていても、旭丘は旭丘だった。こんな田舎であの見た目は、さぞかし目立っただろう。そして、生きづらかっただろう。


 そんな旭丘に、俺はひらひらと手を振った。


 手に持った携帯が震える。旭丘からの着信だった。


『なにしてんの!?』


 通話ボタンを押して耳に当てた瞬間、旭丘の驚きに満ちた声が鼓膜に響いた。


「来ちゃった」

『来ちゃった、じゃないわよ……! 何しに来たの』 


 そう問う旭丘の声音はどこか冷たく、拒絶の意思を孕んでいた。そんな声音からも、旭丘が自ら望んでここにいるとはどうしても思えない。


「話をしに来た」

『話……?』


 ただ、それだけだ。


 連れて帰るとか、そんな大層なことは考えていない。


 そのためだけに、来た。


「ああ。少し時間をくれないか」

『……ちょっと待ってて』


 門前払いされる可能性も十分考えていたため、少し拍子抜けした。ここまで来たから少しは聞いてやろうと、そういうことだろうか。


 五分ほど待つと玄関が開く音がした。


 そこから現れたのは、キャップにパーカー、そしてジーンズというかなりラフな出で立ちの旭丘。


「似合ってないな」

「……知ってる。でも、ここじゃお洒落なんてできないから」


 確かに旭丘の容姿で着飾れば、目立つ見た目がより目立ってしまう。東京では良い目立ち方かもしれないが、ここではただの悪目立ちだ。


「とりあえず場所を変えましょう。人目が気になる」


 俺は歩き出した旭丘の背を追った。



「ここまで来れば大丈夫かな」


 旭丘に連れられてやってきたのは、街が見下ろせる高台にある公園のような場所だった。それなりに登ってきたので、ここなら確かに人の目はない。


 ここに来る道中でさえ、すれ違った人々からは視線をもらった。よそ者だから仕方ないと思いたいが、あまり気分の良いものではない。


「それで、話って?」


 あまり長居するつもりはないのか、旭丘の方から話題を切り出された。


「……球技大会の日のことなんだが」


 俺は一呼吸置いて続けた。


「悪かった」


 言いながら、頭を下げる。


「え?」

「言い方も態度も、全部最悪だった。言い訳はしない。ごめん」


 疲れていたとか、焦っていたとか、言い訳をしようと思えばいくらでもできる。だが旭丘だけには、したくなかった。言い訳をしては、誠実に見えないような気がして。


「そ、それだけ言いに来たの?」


 俺は顔を上げる。


「そうだけど……?」


 そう答えると、旭丘がこめかみを押さえ頭を横に振った。


「あんたって、意外と馬鹿よね……」

「失礼だぞ」

「馬鹿よ馬鹿。ほんと、馬鹿」


 でも、と旭丘は続けた。


「ありがと。それを伝えに来てくれて。私も、あれが最後になるのは嫌だったから」


 最後、という言葉が引っかかる。


「最後って……」


 目が合った彼女の表情は泣きそうで、でも微笑んでいて。


「私、もう東京に戻れないの」


 なんとなく察してはいた。江古田駅で会ったときから、こういうことになるのではないかと思っていた自分がいた。だから心の準備もできていたつもりでいたのだが。


「それは……決まったことなのか?」


 思わず、そんなことを聞いてしまった。


「……お父さんが倒れちゃってさ、しばらく入院することになったんだよ。お父さんのことは心配だけど、私は一人で暮らすつもりだった。でも入院することがお母さんに伝わって、気付いたらこう。ほんと、嫌になっちゃうね」


 旭丘は自分を嘲るように笑う。


「一応お父さんが退院するまでらしいけど、なにかと理由をつけて出す気はないでしょうね」

「……お前はどうしたいんだ?」

「そんなの、東京に戻りたいに決まってる。自由も遊びもなくて、好きな服も着れないような街にはいたくない」


 その言葉には、旭丘の意思が強く込められていた。駅で会った時の曖昧な態度とは違う、判然とした口調だった。


「でも、無理なのよ。お母さんの前に立つと、どうしても足がすくむ。声が詰まる。――私、一生こうなのかな」


 無理して笑う旭丘を、俺は見ていられなかった。


 こいつにはもっと似合う表情がある。言い合いをして機嫌が悪くなった顔も、料理をしている時の真剣な顔も、ご飯を美味しそうに食べる顔も、全部似合う。


 そしてなにより似合うのは、心から笑っている顔だ。


 だがここにいる限り、旭丘は笑えない。


「お前にこんなところは似合わない」


 気付けば、そんなことを口にしていた。


「お前は東京にいるべきだ。東京で自由に暮らさなきゃいけないんだよ」

「私だって! そうできるなら、そうしたいよ……! でも、できない。お母さんがいる限り、私には無理なのよ!」


 旭丘は泣きそうな顔をしていた。泣かないように、堪えている顔をしていた。


 そんな顔にさせるためにここに来たんじゃない。そんな顔を見にここに来たんじゃない。


 でもその叫びはきっと、心からのもので。


 それを無視することは、俺には出来なかった。


 旭丘がここに縛り付けられて出られないのであれば、誰かがここから無理矢理連れ出すしかない。


 そしてその誰かは、俺でありたかった。


「……本当は、話に来ただけなんだが。気が変わった」

「え?」

「お前を東京に連れて帰る。なにがなんでも」


 それが旭丘を笑顔にできる唯一の方法。

 それができるのは、今この場に俺だけ。


「……でも――」

「大丈夫」


 旭丘の声を遮る。


 根拠も自信もない、ただの妄言。それでも、虚勢を張るしかなかった。


 こんなセリフ、似合わないのはわかっている。でも、少しでも、旭丘に安心させたくて。


「俺に任せろ」


 旭丘を東京に連れ戻す。そのためなら、なんだってしてやる。


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