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いつから俺の青春が『普通』だと思っていた?  作者: 結城 ユウキ
第3章 君のいない教室

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第24話

 翌日、俺はいつも通り学校に行った。


 昨日のことを思い出す度に考えがまとまらなくなり、胸が苦しくなる。旭丘を止めるならあそこだった。けれど、止めることができなかった。


 止める資格がないと思ったのか、単に止める勇気がなかったのか。


 学校に来れば少しは気が紛れるかもと思ったが、そんなことはなかった。授業は全く集中できなくて先生に注意される始末。


 このままでは埒が明かないので、仮病を使って早退することにした。


 湊と知佳には一言だけ伝え、俺は教室を後にする。


 とはいえ真っ直ぐ帰る気にもならなかったので、適当にフラフラすることに。


 どこに行こうか迷ったが、なんとなく公園に行きたくなった。人が多いところを歩いても、心が休まらない気がしたのだ。


 俺は井荻高校と駅の間にある石神井公園へと足を運んだ。


 石神井公園は都立公園であり、三宝寺池や石神井池を中心に散歩道や運動場からなっている。室町時代に消失するまでこの地には石神井城があり、今でも石神井城跡が見られるようになっている。


 まあ、それなりに歴史のある公園ということだ。


 平日の昼間だからか人は少なく、時間がゆっくり流れているような気がする。考えをまとめるにはちょうどいい場所かもしれない。


 なんのあてもなく。ただ歩き始める。


 桜の季節になると多くの人が集まるこの道も、散ってしまった今は閑散としており、俺と同じように散歩している老人や子ども連れ等しか見えなかった。


 石神井公園には大きく分けて二つの池がある。より駅に近いほうが石神井池。奥にあるのが三宝寺池だ。


 石神井池は人工池であり、ボート池でもある。が、今は誰も乗っていない。恐らく、平日は営業すらしていなかったはずだ。


 今はその石神井池の周りを歩いている。池と遊歩道の間にちゃんとした柵はなく、木が植えられるだけのスペースのみになっており正直心細い。そのためか、昔はよく酔っ払いが落ちていたらしい。


 石神井池を過ぎ、そのまま三宝寺池のほうまで足を伸ばす。


 こちらの三宝寺池は今でこそ地下水を組み上げているが、元は湧水のみの池だった。


 三宝寺池には石神井城落城の際にこの地を治めていた豊島氏の姫、照姫が身を投げたと言う伝説があり、練馬区では毎年五月頃、その照姫を偲ぶ「照姫まつり」が行われている。


 五万人ほどの来場者を誇るお祭りで、照姫は毎年公募で選ばれその照姫を中心に行列が組まれ、この石神井公園内を練り歩くのだ。


 小さい頃祖父母に連れて行かれたが、かなり迫力があったことを覚えている。


 そんな記憶に思いを馳せていると、奥のベンチに見知った顔を見つけた。


「なんでいるんだ……」


 見つけてしまった以上無視するのも変な話なので、俺はそいつの元へと歩いていった。


「どうしてお前がこんなところにいるんだよ、春日」


 そこにいたのは、最近良く見る曰く付きの後輩、春日莉桜だった。


 彼女はベンチに座りお弁当を食べている。現役の女子高生とは思えない状況だ。


「げ、先輩。なんでこんな時間にこんなところに」

「そのセリフ、そっくりそのまま返すよ」


 俺は春日の隣に腰を下ろした。明らかに嫌そうな顔をされる。


「……なんで座るんですか」

「空いてたから」

「……」

「それよりお前、現役JKがこんな公園で一人寂しくお弁当広げてるって、正気か?」

「正気ですよ。現役JKも、こんな公園で一人寂しく弁当を広げたくなるときもあるんです」


 そう言って、唐揚げを口に中に放り込む。なかなか豪快だ。


「そうなのか」

「そうなのです」


 一応先輩が隣にいるのに、彼女はお構いなしに弁当を食べ続ける。一切気を遣わないその姿勢に、俺は勝手に感心した。


 とはいえ、春日は春日でなにか事情があるのだろう。人間一人になりたいときというのは、大抵なにか嫌なことがあった時だ。


 それが自分へのブーメランになっていることに気付いて内心自嘲する。


 春日と話していれば、自分の気も紛れるかもしれない。


「なんかあったのか?」


 その言葉を聞いて、春日の箸が止まる。


「……先輩、普通目指してるんだったら空気くらい読んだほうがいいよ」

「俺の普通は、空気を読んだり読まなかったりするんだよ」

「……」


 春日は呆れながらも、仕方なしといった感じでポツポツと話し始めた。


「私、球技大会で上級生のところ行って物色してたじゃないですか」

「ああ、うん……」


 言い方。


「そこで一人いいなっていう先輩を見つけたんですよ。なので声をかけて仲良くなったんです」


 簡単そうに言ってのけるが絶対にそう上手くはいかないので、やはりこいつの見た目と愛嬌が成せる技なのだろうと、勝手に納得する。


「でもその先輩、彼女持ちで。私先輩の交友関係とか全くわからないので知らなかったんですよ。それで今日、その彼女に呼び出されてこってり絞られたってわけです」

「なるほど。それでやけくそで弁当頬張ってんだな」

「そうですよやけ食いです。なんで男の人って彼女いることとか隠すんですかね」

「まあそりゃ、良い思いしたいからだろ。可愛い彼女がいて、その上で可愛い後輩からも言い寄られたいんだよ」

「まあ私は可愛いですが。誰かの二番になるつもりはありません。というか先輩に可愛いとか言われると、鳥肌立ちますね」

「お前な……」


 今までの人生で後輩というものができたことがなかったので、こうやって生意気な口を叩かれるのは新鮮だ。なかなか悪くない。


「先輩は彼女作らないんですか?」

「なぜいない前提なんだ?」

「じゃあいるんですか?」

「いないけど」

「いたことも?」

「ないけど」

「なんだ、じゃあいいじゃないですか。なんで作らないんです?」

「作ろうとしてできるものじゃないと思うけどな……。そもそも俺の人生の選択肢に恋愛というものがなかったんだよ。人を好きになるとか、よくわからん」


 食べ終わったお弁当を片付けていた春日の手が止まる。というか、ドン引きしていた。


「まさか現実にそんなことを真顔で言う人がいるとは……」

「逆に聞くが、人を好きになるってなんだ?」

「その質問も真顔で……。聞かれてる私が恥ずかしくなってくる……。でも本人は至って真面目なんだよね……」


 なにかブツブツ言っている春日だったが、諦めたように嘆息してこちらに向き直った。


「あくまで私の見解ですが。人を好きになると、気がつけばその人のことばっかり考えるようになります。今なにしてるんだろうとか、これ好きって言ってたなとか、ここ一緒に行きたいな、とか。生活の一部に、その人が入り込んでくるんです」

「生活の、一部に……」

「はい。まあそれで生活の中心がその人になってしまうと、あまり良くない方向に進んでいきますが。私個人の意見としてはこんな感じですが、この回答で納得しました?」


 気がつけば相手のことばかり考える、か。


 それは間違いなく、今まで自分のことばかり考えて生きてきた俺にはない考え方だった。


「なんとなくわかった」

「そうですか。じゃあ私から先輩に質問です。先輩も、なにかありました?」

「え?」

「意趣返しです。先輩が空気読まなかったから、私だって読んであげません」


 春日はそう言って、意地悪そうな笑みを浮かべた。


 全くいい後輩を持ったものだ。一生絡んでやろう。


 俺は手短に、因果関係がわかるように注釈を入れつつ昨日の出来事を春日に話した。


「――なるほど。つまり先輩は、どうしたらいいかわからないと」

「まあ、簡単に言えば」

「なんかいつも飄々としてる先輩の弱点を見れた感じがして、嬉しいですねえ」

「……うるさいよ」

「でもなにをそんなに悩むかが私にはわかりませんね」

「……え?」

「だってやることなんて決まってるじゃないですか。そもそも話をしたくて旭丘先輩を探してたんですよね? だったら追いかけてもう一度きっちり話す、これ一択ですよ」

「……!」


 脳にかかっていた靄が一気に晴れたような気がした。


 そうだ、うだうだ考える必要なんてどこにもなかったんだ。あの旭丘を見て、どうすればいいかわからなくなったのは事実。でも、だからどうした。


 わからなくなったのならもう一度会って、当初の目的を果たせばいい。


 会って話して、それから考えればいい。


 最初からやることはシンプルだったのだ。


「……お前、意外と男らしいのな」

「今どき女の子らしいだけじゃ、やっていけませんから」


 胸を張って自慢気な顔をする春日。俺は思わずそんな彼女の頭をくしゃくしゃと雑に撫でた。


「わー! なにするんですか!?」

「ありがとな、助かった」


 お礼を言うと、春日は鳩が豆鉄砲食らったような顔をした。


「……先輩って素直にお礼とか言えるんですね」

 失礼すぎる。


 まあでも、こいつはこのくらいがいい。


「ま、『普通』の男の子なんでね」


 だが、まさか後輩に道を示されるとは思っていなかった。


 つくづく俺は、いい後輩を持ってしまったらしい。


 とりあえず春日には、一生後輩をやってもらおう。


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