第23話
西武池袋線、江古田駅。
旭丘の家がある、最寄り駅だ。
俺の実家から二駅しか離れていないが、実はあまり来たことがない。電車に乗ったら池袋まで出てしまうので、江古田で降りることがないのだ。
江古田駅を最寄りとする大学のキャンパスが三つもあり、このあたりでは学生の街としてよく知られている。そのためかリーズナブルな飲食店やカフェが多く、駅前は賑やかだった。
そんな地に降り立ち旭丘を探そうとしているのだから、自分でも気が触れているとは思う。
ただ今はそれ以外にできることがない。何もしないよりはきっとましだろう。
同じく学校帰りの高校生とすれ違いながら、江古田の散策を始めた。
目的もなく歩き続けること事自体は嫌いじゃない。だから散歩も好きだ。その街にはどんな人がいてなにがあるのか。見知った街を開拓するのも面白いが、こうして見知らぬ街の探索をするのもまた面白い。
旭丘を探しつつ、俺は江古田の街を練り歩いた。きっとそうでもしなければ、旭丘を探すという理由だけでは、きっとすぐに辞めてしまうから。
一、二時間駅の周辺をぐるりと歩いてみたが、この街が賑やかな街だとわかっただけで肝心の旭丘には出会えなかった。まあ当然だ。一日目で成果が出るほど甘くはない。
というより、こんなやり方で結果が出るほうがおかしい。それは頭でわかっているはずなのに、今はそれに縋るしかない。
学校に行き放課後は江古田に行く。そんな生活を三、四日続けたある日。
いつも通り江古田駅周辺を散策し終わり駅に戻った時。
旭丘が一人の女性の後に付いて歩いているのが見えた。
それを確認した瞬間、身体は既に動き出していた。
人の間を縫って走って追いつき、俺は叫びながら彼女の腕を掴んだ。
「旭丘!」
腕を掴まれた旭丘は、驚いた様子でこちらを振り返る。
「立野、くん……」
旭丘は私服で、大きな荷物も抱えている。とても学校に戻る様子には見えない。
「……!」
言葉が出なかった。いや、言いたいことが多すぎるのだ。
どうして学校を休んでる?
その荷物は、その格好はなんだ?
なんで連絡を無視したんだ?
これからどこに行くんだ?
言いたいことをまとめられない。聞きたいことがまとまらない。
「どちら様?」
言葉を紡げないでいると、旭丘の前にいた女性が口を開いた。
視線は当然、そちらへ向かう。
旭丘によく似た、綺麗な人だった。
旭丘の母親だ。
そう一瞬で理解できるくらいには、容貌が似ている。
ただその威圧感のようなものは、旭丘にはないものだった。
「……学校の人」
「そう。娘がお世話になっております。唯の母です」
丁寧な対応だった。けれどにこりとも笑わない。どこか機械的で、「そうしなければいけないからそうする」という意思が透けて見えた。彼女にとってこの場面は、きっと体裁を保つ場面なのだ。
「あ、いえ……」
俺は反射的に旭丘の腕を離した。離してしまった。そろそろ離したらどうだと、言われているようで。
「唯、挨拶するなら手短にね。新幹線に間に合わなくなるから」
「新幹線……?」
「なに、まだ話してなかったの? 実家に戻ること」
「……は?」
俺は思わず、旭丘の顔を見た。
だが旭丘は顔を伏せ、表情を見せない。
実家に戻る? 旭丘が?
あれほど嫌がっていたのに、どうして。
先程から疑問が渦巻いてばかり。状況が全く飲み込めないでいる。
落ち着けと、自分に言い聞かせる。ここで取り乱してなんの意味があるというのか。
自分を落ち着かせるために小さく息を吸って、吐いた。
旭丘母が旭丘を地元に連れ戻そうとしている。それは間違いなく事実だ。しかしそれが旭丘の意思であれば何も問題はない。だから俺は、それを確認する必要があった。
「お前は、それでいいのか」
首を縦に振るならそれで構わない。むしろそうであってほしいと願った。
けれど旭丘の答えは、肯定でも否定でもないものだった。
「……ごめんなさい」
彼女はそう言って俺に背を向け、駅へと歩き始めた。
追いかければよかったのかもしれない。
無理矢理ここから連れ出せばよかったのかもしれない。
だが、俺にはその背中を見つめることしかできなかった。
どうしてかは、自分にもわからない。
結局最後まで、旭丘の顔を見ることは叶わなかった。
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