第18話
そして迎えた球技大会本番。
開会式が行われようとしている体育館には、三学年全クラスが勢揃いしている。クラスTシャツこそまだないが、クラスごとに定められた色のハチマキを巻き、みな気合十分といった様子。
クラス替えした直後ということもありクラス内の親睦を深める意味合いが強いが、一応体育祭の前座ということになっている。そのため順位ごとに体育祭での加点が定められており、高順位を取れば取るほど体育祭で有利になるというわけだ。
だからみなそれなりに真剣、というわけである。
開会式の言葉はもちろん会長が。選手宣誓は実行委員長が行い、いよいよ球技大会の火蓋が切って落とされた。
とはいえ、俺はバスケとサッカーの試合に一試合ずつ出て終わり。後は生徒会の仕事を全うするだけだ。運動神経だけは自他ともに認める「普通」なので、どちらの競技もパスが来たら得意なやつに回すことを徹底する。それだけで仕事が果たせるのだ。
問題は生徒会の仕事だ。
現在生徒会は体育館、テニスコート、校庭の三箇所にそれぞれ配置されている。体育館が俺、テニスコートが旭丘、校庭が会長だ。時間や試合ごとに入れ替わり、実行委員の本部に在中する。ただあくまで会長の仕事は俺と旭丘の補佐。頼ってはいけない。
仕事内容としては、実行委員が対処できないトラブルの解決がメインだ。正直不安でしかないが、ここまできたらやるしかない。
それに俺と違って旭丘は試合に引っ張りだこだ。正直あいつを出せば確実に試合に勝てるので、酷使されるのも頷ける。このままクラスに馴染んでくれれば俺としても安心できるのだが……。
「調子はどうだ?」
旭丘の将来を勝手に憂いていると、ジャージ姿の小竹先生が声をかけてきた。今日は普段下ろしている髪を一つにまとめ、我々のクラスカラーであるピンクの鉢巻をしている。いつもと違った出で立ちのせいか、男子生徒がちらちらと先生を見ているのがわかる。
「ぼちぼちです。先生こそ気合入ってますね」
「そりゃもちろん。教師として生徒を優勝に導くのは義務だからな」
「そんな義務ないですよ」
あと先生に監督権もない。
「それでボーナスとか出ないかな……」
「出ません。あなた公務員でしょう」
「お、調子出てきたな。遠くから見ててガチガチだったから心配だったんだ」
「……!」
今日をそんなに意識したつもりはなかったが、どうやら態度には出てしまっていたらしい。それでわざわざ声をかけてきたのか、この先生は。
「ま、あんまり気負いすぎるなよ。死ぬわけでもあるまいし」
「それは、そうですけど……。でも今後の学生生活がかかってるわけですから」
「生徒会に入った時点で、もう普通の学生生活は送れないけどな」
「……」
わかってはいるが、こう面と向かって言われるとやるせない気持ちになる。
「あ、いや、すまん、他意はなくてだな……。そ、そうだ。旭丘と話したか? 今日一日協力するんだから話したほうがいいんじゃないか?」
「え、まあ話してないですけど……」
「そしたら話してこい! ここは先生が見てるから!」
「はあ……」
半ば押し出されるような形で、体育館を後にした。
上履きから外履きに履き替え、テニスコートへと向かう。
今日は雲一つない快晴。気温もそんなに高くなく、まさに絶好のスポーツ日和といえた。
テニスコートを見渡すと、強張った顔で立っている旭丘を見つけた。見るからに緊張していて、見ているこっちが不安になってくる。
俺もあんな顔してたんだろうか……。
だとしたらそれなりに失態だなと思いつつ、俺は旭丘に駆け寄った。
近づいても、旭丘がこちらに気付く気配はなかった。
「旭丘」
「わっ、びっくりした……。って、なんだ立野くんか。驚かさないでよ……」
「なんだとはなんだ」
「それで、なにか用?」
「どっかの誰かさんがガチガチに緊張してそうだったからほぐしにきたんだよ」
「あら、自己紹介?」
「……それだけ口が回れば充分だな」
事実、俺も旭丘と話すことで落ち着きを取り戻しつつあった。やはりどこか地に足がついていなかったのだろう。
「今日、試合どのくらい出るんだ?」
「え? ええと……、バスケとドッジボール全試合だったかしら」
「出すぎだろ……」
「クラスの子たちに頼まれて……」
「まあお前出しときゃ勝てるもんな」
「……」
否定したいが、あながち嘘でもないので否定できないらしい。こいつ、運動に関しては自信あるんだな……。
「た、立野くんはどうなのよ」
「俺か? 俺はサッカーとバスケ一試合ずつ」
「随分少ないわね……」
「普通こんなもんだろ」
クラスで目立たず、運動神経も普通の人間なら課せられたノルマをこなすくらいが一般的だろう。事実俺は運動が得意でもなければ不得意でもない。
「そんなものかしら」
「そんなもんだよ。ま、生徒会の仕事はそこそこでいいから、クラスのほう頑張れよ」
「いや、でも……」
「あ、もう試合始まるわ。じゃあな」
時計は九時を差していた。一試合目が始まる時間だ。
「ちょっと……!」
背中に聞こえる声を無視して、俺は体育館へと戻った。
バスケットボールの第一試合、三年生同士が対決するゲームが二つのコートを使って行われる。三年生は冬の球技大会が開催される頃には自由登校なので、これが最後の球技大会となる。
そうなると必然的に気合が入るわけで。コートに立つ先輩たちは目がギラギラしていた。
まず男子の試合が行われるため、応援の主軸は女子。試合開始前から黄色い歓声が聞こえる。
俺はそんな様子を体育館の壇上から眺めていた。実行委員の本部がここにあるため、生徒会の人間もできるだけここにいなければならないのだ。
周りでは実行委員が慌ただしく動いている。彼らで解決できるレベルのトラブルしか起きないでくれ、そんな祈りを捧げつつ、俺は目線をコートに戻した。
さすが三年生と言ったところか、遊びのバスケでもしっかりと試合の形をしていた。オフェンスとディフェンスの切り替わりが素早く、パスが回ってシュートも決まる。中々見応えがある試合が繰り広げられていた。
バスケ部や元バスケ部を中心に、運動神経が良い別の部活の人間も等しく活躍し、女子から応援の声をもらっている。実に平和な球技大会だ。
さすがに一試合目からトラブルなんて起きないか、呑気にそう思った次の瞬間。目の前のコートがなんだか騒がしくなった。
見れば、一人の男子生徒が別の男子生徒の胸ぐらを掴んでいた。今にも殴りかかりそうな勢いである。
「おいおい……」
これ止めるって、まじ?
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