第16話
二日後。水曜日の放課後。
俺は三年C組の教壇の前に立っていた。
隣には会長、少し離れた後方に旭丘が立っている。
今日はこの教室で球技大会の実行委員会が行われる。各学年、各クラスの実行委員が集まっているため、席に収まりきらない生徒もちらほら見受けられた。
その中には湊と知佳もいる。二人はクラスの実行委員決めのときに真っ先に手を上げ、幸い追随するクラスメイトも現れずすんなりと決まってくれた。
球技大会における生徒会の役目は、様々な問題の調整だ。種目やルールの決定の支援や、チーム分けの補助、またタイムテーブルや試合表の作成補助も行う。
それに加え本番では試合進行の補助、トラブル対応、公平性の確保なんかも含まれる。
調整役、といった言葉がぴったりかもしれない。
これを一人でやっていた会長というのはやはり化け物以外の何者でもないなと、今更ながら思う。どう考えても大変。
今だってそうだ。会長が壇上にいるだけで教室の空気が締まる。
そんな中、注目を浴びている会長が口を開いた。
「では開始時刻になりましたので、第一回球技大会実行委員会を開始します。よろしくお願いします」
会長が静かに礼をしたので、それに合わせて礼をする。少し遅れて旭丘も礼をした。ちゃんと見てなさいよ。
「実行委員長が決まるまでは生徒会が進行させていただきますが、まずこの場を借りて新たに生徒会に加入した生徒を紹介させてください」
事前の打ち合わせの通り、俺と旭丘が並び挨拶をする。
「二年E組の立野彩人です。よろしくお願いします」
「同じく二年E組の旭丘唯です。よろしくお願いします」
旭丘が言い切ると、パチパチとまだらな拍手が聞こえた。それと同時に、「あれが例の……」「女の子は可愛いけど……」「男が地味……」などという声も聞こえてくる。うるさいな。
平気な顔をして挨拶こそしたが、手は汗でぐっちょりだ。人前に立つことから逃げ続けた結果なのだから仕方のないことでもあるが、これは少し情けない。これからこういう機会も必然的に増えるはずだ。少しずつ慣れていくしかない。
「今回の球技大会は基本的にこの二人が運営に携わります。なにか意見等ありましたら、この二人にお伝え下さい。では実行委員長決めに移ります」
会長はその後もつつがなく委員会を進行させていった。
隣にいた旭丘が、俺にしか聞こえない声量で話しかけてくる。
「あの会長と同じ仕事するって本当に言ってる……?」
「言われてるな」
「……」
旭丘が言葉を失うのも無理はない。
それほどまでに、生徒会長としての氷川雪華は完璧だった。
背中を見て覚えろ的なことなんだろうが、我々二人が上手く回していくにはとにかく頑張るしかないということがわかった。あまりにも背中がでかすぎる。
気がつけば実行委員長と副委員長が決まり、司会はその二人に引き継がれる。あとは彼らが中心となって種目やルールなどを決めていく。生徒会はその補佐だ。
我々は位置を変え、教室後方の角で委員会の進行を見守っていく。会長もこちらに戻ってきた。
実行委員長と副委員長は三年の先輩だ。委員長は男で、副委員長は女、それぞれ顔だけは見たことある気がするので、おそらくどこかの部活の部長なのだろう。
二人は仲睦まじく委員会を進めていく。
……なんか距離近くない? ほとんど肩触れてるくらいの距離感なんだけど……。
俺は隣にいる旭丘に同意を求めた。
「それは私も思った。付き合ってるのかな……?」
「あの二人は去年の十月頃から付き合い始めたわ。そろそろ半年ね」
「うわびっくりした」
後ろからぬっと声をかけてきたのは会長だ。今クラス内は若干騒がしいので、少し抑えた声量であればこちらの声が向こう側に届くことはない。
「なんでそんなこと知ってるんですか」
「生徒の交友関係を知っておくのは生徒会長としての責務だからよ」
そんなことを真顔で言ってのける。他の人が言うのであれば冗談にしか聞こえないが、この人が言うと冗談には聞こえない。
ただこの人のことだ。まじで誰がいつ付き合っていつ別れたとかを把握している可能性がある。
生徒のことで知らないことなさそうだな……。ほら、隣で聞いている旭丘も引いているじゃないか。
「私の見立てだと体育祭が終わったら別れるわねあれは」
「知らないですよ……。でも会長、人の色恋沙汰とか興味あるんですね」
恋愛なんてくだらない、と真面目な顔で言ってそうな気がするので、いくら生徒の情報と言えど恋愛模様まで把握しているのは意外だった。
氷姫と呼ばれる人間の部分が見えた気がする。
「失礼ね。人付き合いも恋愛も嫌いじゃないわ。もちろん打算的なところはあるけれど。――ただ機会がないだけ」
会長は少し悲しそうな顔でそう言った。
やはり会長にも人並みに友達作ったり恋愛したり、そういうことがしたい気持ちはあるのだ。でも、自身の完璧さ故に他を寄せ付けない。
けれど当然、自分でそれを崩すわけにはいかない。まさにジレンマだ。
だから俺はその会長の発言を茶化す気持ちにはなれなかった。
すると会長は俺の横にいる旭丘に声をかけた。
「ねえ旭丘さん。私ってそんなに話しかけづらいかしら?」
「え!?」
急に矛先が向いた旭丘は焦って大きな声を出し、慌てて口を塞ぐ。幸い進行の邪魔はしていないみたいだ。
「ほら旭丘、聞かれてるぞ」
旭丘は未だ会長との距離感が掴めていない。俺はそれを知っていながら、あえて旭丘を焦らせる。
「え、いや、えーと……あはは……」
「……」
後輩に愛想笑いをされる生徒会長。これは同情します……。
そんなやり取りをしながら、俺たちは実行委員会が終わるのを待った。




