●第140話【銀座】
明けましておめでとうございます。
今年一回目の投稿は、ギャグ編になります。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
愛美は、明日がとても楽しみだった。
千葉夫妻と一緒に外出し、自分の為の買い物をする。
自分の為にお金を使わせる事に抵抗はあったが、それよりも三人で出かけるという事そのものが嬉しくて仕方ない。
「あ~、どうしよう! 全然眠くならない!
早く寝ないと駄目なのに~!」
自室でそんな事を呟きながら、パジャマ姿で無意味にクルクル回る。
目が回るくらいたっぷり回転すると、ふらふらしながらベッドに倒れ込む。
天井を見つめながら、愛美はふと、物思いに耽った。
(そういえば、真莉亜さんは……真莉亜さんがいるのに、私だけこんな風に良くして戴いていいのかな。
真莉亜さんの立場だったら、きっと嫌だと思う筈よね。
自分を差し置いて、クローンの私がお買い物に連れて行ってもらえるなんて知ったら……)
急に、申し訳なさが湧き上がってくる。
電気を消し、掛け布団を顔まで引き上げると、愛美は先程までのウキウキ感が急激に薄れて行くのを感じた。
(そう、私はあくまで、真莉亜さんの代理。
あのお二人をお慰めすることしか出来ない。
そんな私なんかが、本当の娘さんの真莉亜さんを差し置いて良い思いをするなんて、おこがましい)
そんな事を思う一方で、晃子から言われた言葉がリフレインする。
『だからね、愛美ちゃん。
私達にとってあなたは、本当の娘も同然……いいえ、本当の娘なのよ』
「おばさま……」
なんとも言えないせつなさが、胸にこみ上げる。
涙がこみ上げてくるのを感じながら、愛美は無理矢理眠りに就くことにした。
(今夜……お泊りしたかったな)
愛美は、静かに瞼を閉じた。
――そこは、薄暗い研究室。
自分の目の前に、白衣をまとった女性が佇んでいる事に気付く。
その女性は、腕を組みながら睨みつけるような眼差しを向けて来る。
そんな態度と雰囲気が、なんだかとても怖い。
彼女が何かをしきりに呟いているが、言葉が聞こえて来ない。
否、聞こえてはいるのだが、まるで分厚いガラス越しのようで、旨く聴き取れない。
ただ、分かっていることがある。
彼女の言葉は、自分に対する侮蔑的なもの。
それだけは、しっかりと理解出来た。
視線を上げ、彼女の顔を見る。
その途端、思わず心臓が止まりそうになった。
彼女の顔は――自分と寸分違わない、まったく同じもの。
しかし、その表情は嫌悪に満ち溢れ、同時に激しい怒りを感じさせる。
『あんたなんか生まれて来なければ、私は!!』
急に、言葉が鮮明になる。
思わず後ずさる程の強い憎悪の念を叩きつけられ、戸惑いを覚える。
と同時に、頭の中で何かが繋がる。
(あ、これは――この記憶は)
彼女の手にナイフのようなものが握られていることに気付いたのは、その直後だった。
鬼のような形相で迫って来る彼女の姿に怯え、思わず振り返って走り出す。
その直後、複数の男性が彼女を取り押さえ、叫び声が響いて来た。
『やめろ! 何をするんだ!』
『放して! 止めないで匂坂さん!!』
『おい誰か! 吉祥寺博士を!!』
『ナイフを離すんだ! おい、愛美を遠ざけろ!』
『離せぇぇぇぇ!!』
誰かに腕を掴まれ、強引に引き離される。
向こうでは、複数の男性によって押さえつけられて彼女の姿がある。
だがそれも、自動ドアに遮られ、視界から消えた。
(これは……私の、記憶?
いったい、いつの事? 思い出せない……)
夢の中なのに、それが夢だとはっきりわかる。
異様な程明瞭な明晰夢に戸惑い、愛美はただ困惑するしかなかった。
美神戦隊アンナセイヴァー
第140話【銀座】
翌日の午前十一時。
東京・銀座。
良く晴れたのどかな土曜日、待ち合わせ場所の銀座三越ライオン前に佇む司は、サングラス越しに向かいのセイコーハウス時計塔を見つめていた。
(ああ、そういや最近、ゴジラ観返してないなぁ)
そんなどうでもいい事を考えながら、ただひたすらぼぅっとする。
否、本当は、ぼぅっとしていられるような精神状態ではないのだが、無理にでもそうしないと落ち着きが保てないというのが正しい。
今日は、部下の高輪翼との待ち合わせ。
しかも、彼女の方からの頼みだ。
一見平静を装ってはいるものの、司の心境は非常に複雑だった。
二十歳以上も年下の女性、しかも職場の上司と部下の関係。
それ以上の付き合いでも、それ以下でもない。
にも関わらず、何故自分がプライベートな休日に呼ばれるのか?
高輪の意図が、全く読めない。
サングラスも、動揺を隠すための小道具だ。
(いいか司十蔵。
俺はあくまで、高輪の上司だ。同じ職場の人間だ。
その関係を忘れるな、おかしな誤解をして変な考えを抱くな。
もし今日俺がトチったら、その後の職場の関係がめんどくさい事になるんだぞ。
わかったか十蔵、わかったな十蔵!)
「か、ちょ、お♪」
時計塔を見つめながら考え込んでいた司の肩を、誰かが背後から突く。
「おわっ?!」
思わず素早く振り返り、ジャケットの内側に手を差し込む。
が、すぐに
「た、高輪?! さん……だよ、な?」
「あ、はい!
どうしたんですか課長、冷や汗すごいですけど」
「あ? あ、ああ……大丈夫、なんでもない」
ハンカチを取り出して、額の汗を拭く。
サングラス越しに高輪の姿を改めて見つめ、司はぎょっとした。
白のキャミソールに黒のカットソーTシャツを合わせ、黒の三段フリルミニスカート。
黒のショートブーツを穿き、右肩には金のチェーンと黒皮のショルダーバッグを下げ、長い黒髪は上品な髪飾りでアップにまとめている。
黒中心のコーデに部分的に金色が入り、とても落ち着いた色合いで、可愛らしくも上品ないで立ち。
そして、素人目にも気合が入っていると分かる化粧。
ミニスカートも、膝上ニ十センチはありそうな感じだ。
まるで十代にも思えるその恰好は、彼女の年齢にはいささかそぐわない気もしたが、それはそれとしてとても良く似合っている。
しかし司は、そんなものよりも別な事に驚いていた。
(お、おい……マジか)
キャミソールとTシャツを大きく押し上げる、たわわ極まりない胸。
しかも、谷間が少し見えている。
いつも引き締まった黒のスーツをまとっている為、高輪の胸がこんなに大きいとは思ってもみなかった。
一瞬、アンナミスティックと相模恵の姿が脳裏に浮かぶ。
(いかん! いかんぞ司十蔵!
比較するな! 目線を上げろ! 胸を見るな絶対だ!)
「すみません、ちょっと電車が遅れてしまいまして」
「いや、大丈夫。
え、え~と……す、素敵だな、高輪さん」
「ほ、ホントですか?! うわぁ~♪」
(えっ、何その反応?)
「ちょっと派手かな? って思ったんですけど、せっかくのデートですし、いいかなって。
……あ」
(おい、今なんつった?!)
「じゃあ、行こうか」
「は、はい!」
最近、聞き違いが多くなって来たのか? と自問自答する。
今「 デ ー ト 」という単語が聞こえたような?!
(いや、いやいやいやいや、待て、落ち着け!
聞き違いだ、絶対に聞き違いだ!
俺はそういう方向性の期待は持たない主義だったんじゃないか?!
司十蔵! 冷静になれ!)
必死で自分に言い聞かせると、司は踵を返して歩き出す。
その後を追うように、高輪が小走りになる。
「俺の昔からの馴染みの店なんだが、本当にいいかな」
「ええ! 課長の選んでくださったお店、とっても楽しみです♪」
「そ、そうか。味は期待していいぞ。味は」
(問題は、君のような若い娘を連れて行くような雰囲気の場所じゃない……かもしれない所だってことなんだが)
高輪との約束は、一緒にランチを摂る事。
店の選択は、味さえ良ければいいだろうと軽い気持ちで考えていたが、まさか高輪がこんなに本気で気合を入れて来るとは思ってもみなかった。
司は、気付かないうちに自分の感覚がおっさんになってしまったんだなあと、本気で思い知らされていた。
同じ頃、愛美と千葉夫妻も銀座に到着していた。
「少し早いけど、昼食を先に摂ろうか。
正午を過ぎると混むからね」
「わかりました、おじさま」
夕べ色々考えたものの、結局何も言えず銀座まで来てしまった。
申し訳なさもあるにはあるが、それより夫妻と共に出かける嬉しさが先立つ。
銀座ガス灯通りを歩きながら、愛美は見慣れぬ風景に目を奪われた。
「愛美ちゃんは、銀座は初めて?」
「はい、とっても素敵でお洒落なお店が沢山ありますね」
「そうなのよ、この街は私達が若い頃からずっとお洒落な街でねぇ」
「わぁ、いいですねえ!
こういったところで、皆さんお買い物を楽しんでおられるんですね♪」
「ああそうさ、こうして人々が自由に街を歩いて、気に入った店を覗いて好きなものを選んで買い物をする。
それがどれだけ素晴らしいことか」
不意に呟く康介の言葉に、愛美はふと我に返る。
「そうですね、確かに。
それが一番の幸福ですものね」
「私は思うよ。
こんなごく普通の平和が、これからもずっと続いてくれないものかってね」
「……」
旨く返事が出て来ない。
こうしている間にも、何処かで誰かがXENOの被害に遭っているかもしれない。
そう考えると、いてもたってもいられなくなる。
自分達がアンナセイヴァーとしてやらなければならない事を、改めて認識する。
表情を強張らせていると、急に晃子が愛美の手を握って来た。
「愛美ちゃん」
「は、はい!」
「今日は、おでかけの事だけを考えましょう。ね?」
「わかりました!」
こちらの心情を読み取ったような彼女の言葉に、愛美は気持ちを切り替えることにした。
そんな愛美達の後を追跡する、四つの影があった。
「我々四人は、ブルジョワのはびこる街・銀座に潜入した。
その目的は、千葉愛美の昼食が何であるかを突き止めることにあるのだ。
我々の使命は重い。
千葉愛美に存在を気付かれることなく、任務を遂行せねばならないのである。ババーン」
「……それ、即興で思いついたの? ありさ」
「あ、うん」
「ねぇねぇ、どうして隠れなきゃいけないのぉ?
愛美ちゃんに挨拶して、一緒に行けばいいんじゃないかなぁ?」
「メグちゃん、私達は愛美さんが問題なくお出かけ出来ているか見守っているのですよ。
ばれたら、せっかくのお出かけを邪魔してしまうでしょう」
「う~、それはそうかもしれないけどぉ」
「とにかく行くわよ。
もう見失うのはごめんだからね」
「だからさっきのはごめんって!
だって初めて見るドリンクあったんだもん」
「自販機くらい、帰りに買いなさいよ!」
「だぁってぇ、自販機と玩具は一期一会なんだしぃ」
「何よそれ」
「わかります、ありささん!
一度見送ると、もう二度と出会えなかったりするんですよね!!」
「そうそう!
さすが舞衣、分かってるなあ!」
「今度見失ったら三回目なんだから、本当に気を付けてね」
「「「 は~い! 」」」
ありさ、未来、舞衣、そして恵の四人は、こっそりと愛美の後をつけていた。
未来は、まるで小学生のように元気に応える三人を見て、溜息をつく。
(愛美のことは、できればそっとしておいてあげたい。
けど、万が一のことがあったら放っておけないものね)
やがて愛美達三人はガス灯通りを抜け、松屋通りを横切ると少し落ち着いた通りに入る。
少しずつ人が増え始めた感のある路を進んでいくと、やがて一見のやや古めかしい造りの建物が見えて来る。
赤い庇に書かれた文字を読み上げる。
「レンガ軒、ですか?」
「ここなんだよ、とっても美味しい洋食屋さんでね。
私の古くからの馴染みなんだ」
「とっても美味しいのよ。
さぁ愛美ちゃん、入りましょう」
「はい、承知いたしました。
えっと……」
「愛美ちゃん、気にしなくていいんだよ。
遠慮しないで好きなものを食べなさい」
優しく微笑みながら肩をポンと叩く康介に、愛美は申し訳なさと嬉しさが入り混じった表情を向け、顔を赤らめる。
晃子も、同じように笑顔で頷いた。
「これからも、私達に遠慮なんか要らないからね」
「ありがとうございます!」
三人は、ガラス製のドアを開けて店内に入って行く。
その様子を、怪しい四人の追跡者もしっかり確認した。
それから数分後、同じ通りを歩く二人連れの男女が現れた。
「課長、どうしたんですか?」
「ん、なんだ?」
「なんだか、いつもより口数が少ない気がして。
もしかして、どこか具合が悪いんですか?」
「い、いや、そんなことはないよ」
「あの、もしかして……こういうのって、お嫌いでしたか?」
この場合の“こういうの”が何を示すことなのかイマイチ判らなかったが、司はとりあえず差し障りのない反応をすることにした。
「そんなことはないさ」
「そうですか、それなら良かった♪」
そう呟くと、高輪は突然、司の右腕に自身の腕を絡めて来た。
サングラスの奥で、司の目がカッ開く。
「?!」
高輪は、顔を紅潮させながらこちらを見上げている。
「あ、あの、せ、せっかく一緒に歩いてるんだし、こういうのもいいかな~って……
だ、駄目ですか?」
「いや、大丈夫だ問題ない」
「そうですか! あぁ思い切って良かったぁ」
「なんだって?」
「な、なんでもないです!
ところで、お店ってこの近くなんですか?」
「もう少しだけ歩いたところだよ。
私の馴染みの店でね、洋食店なんだがいいかな?」
「はい、課長と一緒なら何処でも!」
「……」
必死で平静さを保ちながら、司は脳のクロック数を数倍に高めて状況分析をしていた。
(なんだこれは。
なんだこれは。
なんだこれはぁ?!
俺は今、いったいどういう状況にあるんだ?!)
全然分析なんか出来る精神状態ではなかった。
二人が辿り着いたのは、建物の表面が煉瓦のような模様のレストラン。
店名は「煉瓦軒」とある。
「ここなんだが、いいかな?」
「あー、ここ知ってますよ! 名前だけですけど!
すごく老舗の洋食屋さんですよね、一度行ってみたかったんです!」
「そ、そうか」
どうやら高輪の反応は悪くないようで、安堵の息を吐く。
絡めた腕をぐっと引き寄せると、彼女は更に頬を火照らせていた。
大きな胸が、司の腕を容赦なく圧迫する。
(俺、もしかしてハニトラ仕掛けられてない?)
通い慣れた筈の店なのに、何故か異様に緊張してしまう。
そのせいか、予約席に案内される最中、他の客に意識が向くことは全くなかった。
一方、一足先に店内に入った四人は……
「うごっ?!
こ、この店、旨そうだけど高過ぎでないかい?」
ありさがメニューを眺めながら、早速文句を唱える。
その一方で、舞衣と恵は何の躊躇いもなく高いメニューを、しかも複数注文しようとしている。
そして未来は、どれが一番カロリーが引くそうかをしきりに考えていた。
「あの、お代ならお気になさらないでくださいね。
私が支払いますので」
「そういうわけにはいかねぇよ、年下に払わせるなんて。
なあ未来、ゴチになんぜ」
「どうして私があ……わ、わかったわよ、私が払う」
「ククク、かかったな。
年長者である以上、こう言われたら貴様は断れまい」
「ぐぬぬ、覚えてらっしゃい!」
「あ~、ダメだよぉ未来ちゃん!
今日はメグが払うから、ねっ」
「メグちゃん、
姉ですから、今日は私が」
「お姉ちゃん、そんなの駄目だよぉ。
この前、何かのオモチャの限定品予約でいっぱいお金使っちゃったんでしょ?」
「め、メグちゃん! それは言っちゃダメぇ~!」
「あ~、お金持ちはいいなあ、どんな買い物にも躊躇がなくてぇ」
呆れ顔で呟くありさに、未来が横からジト目を向けて来る。
「あんた、アークプレイスに入った時に預かったカードあるでしょ。
そこにお金入ってるわよ」
「え、何それ」
「私達の活動費、というより実質的なお給料ね。
知らなかったの? だったらもう相当貯まってるんじゃない?」
未来の言葉に顔を上げると、さも当然といった顔つきで舞衣と恵がウンウン頷く。
途端に、ありさの顔がパァッと明るくなった。
「へ、へえ、アンナセイヴァーってボランティア活動じゃなかったんだ!
なあ舞衣、いくらぐらい入るもんなの?」
「え~っとですね……ちょっと待ってくださいね。
だいたい、このくらいは……」
そう言いながらスマホの画面を見せると、ありさの顔が徐々に強張り始める。
「こ、こ、こ、これ、マジ?!
マジで言ってる?」
「え、ええ」
「少なくとも、ここでの支払いくらいは問題ないと思うわよ」
「そうだよー。メグはね、将来の為に貯金してるんだよぉ」
「気付かないうちに、あたしがブルジョワの仲間入りをしていた!」
途端に遠慮の気分が消失し、ありさは一切の気兼ねなく注文をすることにした。
「あ~、霞ちゃんも居れば誘ったのになあ。
何処行っちゃったんだろう?」
「メグ、食事が目的で来たわけじゃないのよ。
本来の目的は――」
「ん? あれぇ?」
未来の話の最中何かに気付いたようで、恵は全然違う方向に顔を向けている。
その視線を辿ると、愛美達の席より更に奥、男女の二人連れが座っているのが見えた。
「誰? お知り合い?」
「うん、そうみたい。
ちょっとご挨拶してくる~」
「え、ちょ! や、止めなさいメグ!」
席を立とうとする恵を、慌てて引き留める。
その時の声が少々大きかったせいか、愛美達が僅かに反応する。
「まずい! メグ座って! 誤魔化すのよ」
「は、は~い!」
四人同時に顔を伏せ、愛美達の視線から逃れようとする。
どうやら気付かれてはいないようで、四人はスクラムを組むような姿勢で安堵の息を漏らした。
「いい、ぜぇったいに私達の追跡がバレたらダメよ、わかったわね?」
「お、おう。だからメグ、もう動くなよ、絶対に席から動くなよ」
「ふえ~ん!」
「メグちゃん、お知り合いってどんな方なの?」
「うん、あのねー」
「お待たせいたしました」
四人の密談を遮るように、テーブルに料理が運ばれて来た。
ビーフシチュー、ハンバーグステーキ、オムライス、ハヤシライス、ビーフステーキ、子牛のカツレツ……
明らかに、十代女子四人が食べる量じゃない料理がテーブル一杯に並ぶ。
「きゃあ、おいしそ~♪ いっただきま~す♪」
「お、おおお……これぞまさに洋食! ってのが来た!!」
「本当に美味しそうですね♪ さぁ、戴きましょう」
「こ、これは……もう、ダイエットの事を忘れるしかないわね、一時的に」
数々の魅力的な洋食料理が並ぶ、そのあまりにも素晴らしい光景に、未来はあっさりと敗北してしまった。
そしてその様子を、愛美達三人が眺めていた。
「えっ、皆さん?!
どうしてここに?!」
「あら愛美ちゃん、あちらはお友達の方々?」
「え、ええ……そうなんですけど」
「あはは、愛美ちゃんが心配で付いてきちゃったんじゃないかな」
「あ、あはは……そ、そうかもしれないですねぇ」
先に運ばれて来た料理に目線を移すと、愛美は少し遠慮気味に手をつけることにした。
芳醇な香りを放つビーフシチューのソースを一口含むと、思わず顔がほころぶ。
「お、美味しい! とっても美味しいです!
こんな素晴らしいお味、初めてです!」
「おお、良かった! 喜んでくれて」
「こんなに素晴らしいお味、いったいどうやって作ってるのでしょう!
ああ、奥様にもこのような素敵なお料理をご提供出来ていたら、どれほど!」
愛美の感動の言葉に、一瞬夫妻の表情が強張る。
だがすぐに気持ちを改め、彼女に笑顔を向けた。
「さぁ、私達も食べましょう。
ああ、ホントに久しぶりねえ、若い頃にあなたと二人で来て以来だもの」
「そうだねえ、もう三十年近く前になるのか」
「そんなに前から!
お二人は、どんな風に出会われたのですか?」
「えぇ? ああ、え~とね、なんか照れるなあ」
「大学の時にね――」
家族の会話が弾み出す。
そして四人も、料理に舌鼓を打ちながら好き勝手に品評会を始めて盛り上がっている。
尤も、品評といっても「旨い」「美味しい」だけしか出て来ないのだが。
その一方で、司と高輪は互いに緊張したまま、運ばれて来た料理を食べていた。
高輪は、食べる手を時たま止めては司の顔をじっと見つめる。
ほのかに浮かべた笑顔、紅潮した頬、そして何より目線を引き寄せる巨乳。
いつもならサングラスを取るのだが、今だけはどうしても外せない事情があった。
「課長、こちらのお料理、本当に美味しいですね!
こんな素敵な場所をご案内してくださって、ありがとうございます♪」
「あ、ああ」
(高輪、君はいったいどうしちまったんだ?
なんだか、今までと全然違うぞ?
変なものでも食ったんじゃないのか?
これじゃあまるで――)
まるで、憧れの人とやっとデート出来た少女、といった雰囲気がぷんぷん漂っている。
司は、久々に味わう大好物の海老マカロニグラタンの味が、全然わからなくなっていた。
「ところで今日は、どうして俺と出かける気になったんだ?
もしかして、例の調査の――」
もしかしたら仕事に関して、何か進言でもあるのかもしれない。
そう想って尋ねると、高輪は一瞬ムッとした顔つきになる。
「えっと、そういうことではなくて。
し、仕事絡みの話じゃないと、ダメですか?」
「いや、そういうつもりじゃないけど」
「この前のこともあるので、一応、普段と全然違う恰好にしたんですよ」
「ああ、それでそんな可愛らしい……いやその」
高輪は、先日の作戦行動でXENOの冷凍カプセルのバイヤーと接触を図っている。
その為、警察関係者だと悟られないようにする必要がある。
それを意識して、普段からは考えられないような服をチョイスしたわけだ。
司は、ようやく納得が行った。
「そうだな、迂闊に話すといつ奴らに聞かれるかもわからんし」
「そ、そうですよ!
それにですね、実は私――」
そこまで言って、声が小さくなる。
何か口ごもるような様子を見せ、俯いてしまう高輪に、司は
(まずい、仕事の話なんかするべきじゃなかったか!)
と、猛烈に反省した。
だが高輪は、
「わ、わ、私!
じ、実は、前から……か、課長と、お、お出かけしたいなぁって思ってましてっ!」
「え」
「だ、ダメですか?
そういうの……」
「あ、いや、そんなことはないけど」
突然の、思い切った告白に面喰う。
司の脳内では、その言葉はこう解釈された。
(そういえば以前、課のみんなと美味しい食べ物屋の話題で盛り上がったことがあったな。
そうか、高輪はそれで興味を持って……なんだ、そういうことか)
即座に、頭の中で“年頃の娘を案内出来る無難そうな店リスト”を検索する。
勿論、自分の予算も加味して。
「高輪さんは、お酒、いける?」
「え、お、お酒……ですか?」
「ああ、うん。
ダメならいいんだ」
「は、はい! た、多少なら……あまり強くないですけど」
「それなら、後でもう一件行かないか?
オススメの店がある」
「ほ、ホントですか?!
行きます、絶対に行きます!!」
思わず席から立ち上がる程の勢いで、頷く。
そんな彼女のオーバーリアクションに圧倒されていると、声に反応したのか、離れた席の者達がこちらに注目していることに気付いた。
そちらに目を向けた瞬間、司は凍り付いた。
(な?! ち、千葉愛美?!
あっちには、相模恵?!
なんで、こんなとこに居るんだ?!)
(えっ?! つ、司警部まで?!)
「どうしたの、愛美ちゃん?」
不思議そうに尋ねる康介に返答しようとすると、部屋の奥でサングラスをかけた不審人物が、必死で何かジェスチュアをしているのが見える。
「い、いえいえ、なんでもありません。
ちょっと、知り合いに似たお客様がおられたもので」
「そうなの。
東京には色んな人が集まるから、そういうこともあるかもねえ」
「あ、あはは……そ、そうですね!」
ひきつった笑いを浮かべながら、何故? と言いたげな顔で奥の席を見る。
そこで愛美は、ようやく黒い服を来た同席者に気が付いた。
「課長、どなたかお知り合いでもいるのですか?」
愛美や恵達に背を向けた形で座っている為、高輪は彼女達に気付かない。
司はまたも無理矢理平静を装い、何事もなさげに振舞おうとした。
「いや、何もないが」
「そうですか。
あ、そういえば聞きたいことがあったんですけど」
「何だい?」
「この前、署の近くで女の子と待ち合わせしてましたよね?」
「へげっ?!」
口に含んだコーヒーが逆流しそうになる。
(な、何を言い出すんだこの娘は?!
待ち合わせ? 署の近くで? そんな宛は――あっ)
無意識に向けた視線の向こうに、恵が笑顔でこちらに手を振っているのが見える。
司の顔が、みるみる青ざめていく。
「もしかして課長、その女の子って――」
「な、な、な、なんのことだ?! 私は何も……」
「別れた奥さんとの間の、お子さんですか?」
「なんでそうなる?!
いや俺、未婚だから!」
「じゃあ、まさかパパ活?!」
「ちょっと落ち着け、高輪さん」
んなわけあるかい! と突っ込みを入れはするものの、あの日の恵の積極性を考えると、そう誤解されるのも仕方ない気はする。
それより、あの場面を高輪に見られていたというのは、本気でまずい。
彼女との関係に気付かれないよう、司は懸命に誤解を解く必要性に駆られるが、言い訳が思いつかない。
「やっぱり……課長」
高輪の表情が、どんどん訝し気になっていく。
冷や汗ダラダラ状態に陥った司は、踏みつけられたカエルのような声で唸った。
「ち、違う誤解だ。
あれはそんなんじゃなくって」
「そんなんじゃなくって?」
「し、知り合いの妹さんなんだ」
「知り合いの、妹?」
「ああ、知り合いっていうのは――」
咄嗟に頭に浮かんだ北条凱のことを“昔からの知り合い”という設定にして、“SAVE.”関連の事は伏せた上で説明する。
そして、恵のことより凱のことを中心に話すよう、意図的に話題の的をずらす。
特段あまり接点はないが付き合い自体は古くからあり、その関連で妹とも知り合った。
そういう説明を端折って伝えると、高輪は途端にホッとした顔になった。
「そうなんですかぁ~、良かったぁ♪」
「えっ、良かったって」
「え? あ、いえいえ、そ、それはですね!
つまり、課長に彼女が居なくて良かった……っていうことじゃなくって、つまりですね!」
意図せず、形勢逆転。
今度は、高輪が動揺し話に詰まってしまった。
しかし司は特に追求するつもりはなく、それより疑惑を晴らせた事に安堵していた。
またも目が合い、向こうでは恵が小さく手を振りながらウィンクしている。
背中が汗でびっしょりになった司は、もう完全に味がわからなくなった料理を手早くたいらげると、早めに退散した方が良さそうだと考える。
高輪も食べ終わっていることを確認し、声をかける。
「高輪さん、そろそろ行こうか」
「え、あ、はい」
「もし、何処か行きたいところがあれば付き合うけど」
「えっ、ホントですか?!」
「まあ今日はご褒美だからな」
「嬉しい♪
じゃあ課長、ついでにもう一つお願いしてもいいですか?」
「ああ、俺に出来る事なら」
頷く司の顔を上目遣いで見つめながら、高輪は何故か酷くモジモジしつつ、掠れるような小声で囁いた。
「あの、今日だけでいいんですけど……課長じゃなくって、お名前で呼んでもいいですか?」
「ああ、別に構わないよ」
「ありがとうございます!
あと、私のことも……翼って、呼んでくださいませんか?」
「えっ、名前で?」
「あ、いえその、き、今日だけでいいんです!
その、そっちの方が雰囲気が出るって言いますか……あ、いえその」
「???」
(い、いいのか? そんな事して?
そりゃひと昔前ならそういうのもあっただろうけど、今の時代は色々うるさいからなあ~)
思わぬ高輪の願い事に戸惑っているうちに、千葉夫妻と愛美が席を立とうとしていた。
「ご馳走様でした! とても美味しかったです♪
本当にありがとうございました!」
大きな声で店員に礼を言い、深々と頭を下げる愛美。
その様子に、ポンコツ四人組はようやく本来の目的を思い出した。
「うわ、愛美達もう出ちゃうじゃん!
おい舞衣、メグ、いつまで食ってんだ行くぞ!!」
「え~待ってぇ、まだ追加注文したカツレツとグラタンとハヤシライスのお代わりが来てないの~」
「どんだけ食ってんだよお前ら!」
「未来さん、ありささん、支払いは私が致しますので、すみませんが先に追跡をお願いしますモグモグ」
「舞衣までぇ~!」
ポンコツ姉妹に見切りをつけると、ありさと未来は店員に説明してそそくさと店を飛び出して行った。
そんな騒ぎを、司は高輪の背中越しに見ていた。
(あの子らは、もしかして?)
「あの、つ、司さん!」
「あ、はい」
司の視線がしょっちゅう外れることに業を煮やしたか、高輪の表情が戸惑いと僅かな怒りが混じったものになる。
さすがにこのままではまずいと思い、司は彼女にきちんと向かい合うことにした。
(そうだな、彼女も貴重な自分の時間を使って、仕事場の上司とわざわざ共に居るんだ。
こちらもしっかりとした態度で、受け止めてやらないとならんな)
ふう、と息を吐いて、落ち着きを取り戻す。
「いやすまなかった。ちょっと向こうが騒がしくってつい」
「あの、じゃあちょっと行きたいところがあるんですけど、良かったらご一緒に」
「わかった、私でよければ」
「わぁ♪」
なんだかわからないうちに、高輪の機嫌が治ったようだ。
少し安堵すると、司はふと視線を店内に向けた。
「……?!」
「どうしたんですか?」
「あ、いや何でもない」
司の視線は、とんでもない数の皿を重ねているテーブルに釘付けになっていた。
静かな足音と共に、二人の影がとあるビルの屋上に降り立つ。
ボブカットの背の高い女性と、背の低いショートカットの少女。
ボブカットの女性は、腕組みをしながら眼下のとあるビルを見つめる。
「あそこだね、問題児が居るってのは」
「会社のお偉いさんに擬態してるんだって」
「フン、いったいいつの間に入れ替わったのやら」
「どうするの? 理沙さん。
ここから一気に建物ごと吹っ飛ばす?」
「馬鹿言わないで。
大事にしたら台無しだって、何度言えばわかるのよ」
理沙―ヘヴィズームの棘のある言葉に、もえぎ――デリンジャーの表情が歪む。
「中に潜入して、見つけ次第強制的に外へ連れ出すわ。
いつも私と梓がやってる方法で」
「了解。
……ん?」
もえぎが、ビルの下を見て表情を歪める。
それに気付いた理沙が、視線の行先を辿る。
「あらまぁ、こんな所に。
偶然ねえ」
「……愛美、誰と一緒に居るの?!」
「さぁね、関係ないわ。
さぁ行くわよ」
「……」
理沙ともえぎの姿が、かき消える。
だがその直前、もえぎの表情が恐ろしい程の憎悪に満ちていたことに、理沙は気付いた。




