●第141話【嫌悪】
ここは、銀座の一角にあるオフィスビル。
その八階全体を占める、とある会社のオフィスの一番奥に社長室がある。
その部屋の一番奥、窓際に近い場所に大きなデスクを構え、高価そうなオフィスチェアに腰掛けた壮年の男性は、書類を眺めている途中で手を止めた。
「君達は、誰かね?」
ややしわがれた声が響く。
ドアの前には、見覚えのない女性が二人佇んでいる。
ドアを開けて入って来た気配はない。
彼女達の顔を見た途端、それまで温厚そうな表情を浮かべていた男は、突然険しい顔つきになった。
「とうとう、嗅ぎつけたのか」
少し震える声に、女性達は僅かに微笑む。
「旨く隠れていたものね、見つけるのに苦労したわ」
女性の一人、理沙が不敵に微笑みながら呟く。
「私の居場所を、何処から?」
「あんたのよぉく知ってるお友達、からよ。
ちょっと強めに詰問したら、アッサリ白状したよ♪」
顎を上げ、見下すような視線を投げるもう一人の女性・もえぎ。
そんな彼女の態度に、男は
「そうか。
あいつはいずれ自白すると思っていたが」
と、何処か諦め切ったような態度を示す。
「感心ね、もう覚悟が出来てるみたいじゃない」
「いい心がけじゃないの。
そんな潔い態度取った奴なんか、今まで一匹も居なかったよ」
理沙ともえぎが、じわじわと距離を詰める。
だが男は、掌を向けて制止をかけた。
「待て、その前に一つだけ聞かせてくれないか?」
「あら、命乞い?」
「え~、急に往生際悪くなっちゃった?」
「どうしても、これだけは知っておきたいんだ」
「何よ?」
うざったそうに尋ねる理沙に対して、男は突然顔を紅潮させ、息を弾ませながら尋ねて来た。
「次の晩餐会は、何時なんだ?」
「晩餐会?」
先程までの引き締まった表情はどこへやら。
口許をたるませ、だらしなく舌を垂らして涎をダラダラと零しながら、更に語る。
「知ってるんだろう? あんたらならさぁ。
“奥様のお屋敷”で行われるアレだよぉ~。
俺も一度だけ参加させてもらった事があるが、もう最高♪ だったんだよなぁ!」
「な、何を言ってるのコイツ?!」
急な態度の変貌にドン引きするもえぎ。
しかし理沙は、目を細めて黙り込んでしまう。
「あん時食わせてもらった、幼女肉の洋風シチューは本当に旨かったなぁ♪
詰め物入りの赤ん坊の蒸し焼きも素晴らしかったぁ!
ああ、思い出しただけで涎が止まらねぇえええええ♪」
男の理性は完全に吹き飛び、もはやその顔は人間にあらざるものに変貌しつつある。
両目が大きく膨らみ、左右それぞれ見当違いの方向にぐるぐると回り出す。
身体は膨らみ、破れたスーツの袖から覗く腕には、でこぼこした鱗のようなものが浮かび上がる。
その時、ドアがコンコンとノックされ、誰かが入り込んで来た。
「社長、先程の件ですが――ひ、ひえぇっ?!」
入り込んで来た黒いスーツ姿の女性は、バケモノと化しつつある社長を見て悲鳴を上げる。
「ちっ!」
「見られた?! 殺す?」
「それより、あいつを捕まえて!」
「OK! チャージアップ!!」
「ば、バカ!!」
もえぎは、社長室の中でいきなり実装を開始した。
凄まじい突風が巻き起こり、室内の書類や椅子、本などが滅茶苦茶に飛び交う。
「きゃあああっ!!」
黒スーツの女性も巻き上げられ、本棚、天井、ドアと何度も激しく叩きつけられる。
大量に出血し、床に墜落したところで、ようやく実装か終了する。
もえぎは、黄色いメイド服姿のアンナデリンジャーにチェンジしていた。
「なんでここで実装するのよ! 馬鹿じゃないの?!」
「だって、ほら」
アンナデリンジャーは、社長席を指差す。
なんといつの間にか、化け物に転じていた男が姿を消しているのだ。
「ちっ! あんたがそのまま捕まえていれば!」
「違う、まだ居るよ」
「え?」
アンナデリンジャーの視界内で、熱源探知が起動する。
室内を大きく迂回して、彼女達の背後に回ろうとする“赤い反応”を捉えると、デリンジャーは素早い動きで反応した。
ギャアッ!! という耳障りな悲鳴を上げ、デリンジャーの右手に捕まえられた“巨大なカメレオン”が姿を現す。
全長二メートルを越える、人型のカメレオン……その姿を、騒ぎを聞きつけて集まって来た社員達が見てしまった。
「わあああ! ば、バケモノだぁ!!」
「きゃあああああ!!」
「ひ、人が死んでるぞ!」
「くっ、飛ぶよデリンジャー!!」
「あっ!」
一瞬の隙を突いて、巨大カメレオンはデリンジャーの拘束から逃れると、なんと社員達の居るオフィス内に飛び込んだ。
驚き逃げ惑う社員達をなぎ倒し、踏み潰し、窓へと逃走する。
そして、窓ガラスを破壊して外へ飛び出した。
「うわあああああ!!」
「きゃあああああ!!」
大勢の悲鳴が巻き起こる中、アンナデリンジャーと理沙は、社長室側の窓をぶち破って外へ飛び出した。
「あんたのせいで台無しだよ、この無能!
チャージアップ!!」
空中で、理沙も実装を開始する。
銀座の上空で、激しい突風と破裂音、そして悲鳴が轟いた。
美神戦隊アンナセイヴァー
第141話【嫌悪】
その頃、愛美は夫妻と共に銀座三越に入り、ショッピングを始めたばかりだった。
いつしか晃子に腕を絡め、寄り添うように歩いている。
そのぬくもりと、今まで感じたことのないような幸福感が満ちて来る。
愛美は、夫妻の顔を交互に見つめながら、心の底からの笑顔を浮かべていた。
「おじさま、早くはやく!」
「おお、歩くのが早いよぉ二人とも」
「急いであなた、エレベーターが来てるわ」
「ははは、参ったな」
その様子は、正に仲睦まじい親子そのもの。
愛美は、二人に連れられて歩く場所全てが喜びの場に感じられた。
(両親が居るって、こんなに素敵な事なの?
どうしよう、私もう、ずっとこのままでいたい……)
過去の忌まわしい出来事も、悲しく切ない想い出も、今なら忘れられる。
二人の手を取り、エレベーターボールに向かう途中、突然辺りが騒がしくなってきた。
「あら、何かあったのかしら?」
「なんだろうね、随分騒がしいけれど。
表で事故でも起きたのかな?」
「……!」
ぞわり、と背中に悪寒が迸る。
以前にも、何度か味わったことのある感覚に、愛美は戸惑いを覚える。
だが、それよりも先に身体が反応した。
エレベーターホールから、一階出入口に向かって走り出す。
「お、おい愛美ちゃん?!」
「どうしたの?!」
「すみません、すぐに戻りますので!」
慌てて外に駆け出す愛美の様子に、その後を付けていた未来とありさも周囲の変化を意識した。
「なんだか外の様子がおかしいな」
「嫌な予感がするわ。私達も出るわよ」
何かを察し、未来も出入口に向かって走り出した。
人混みを掻き分け、懸命に走る。
「ぜ、XENO?!」
「やっぱり。
よりによってこんなタイミングで!」
未来とありさの目に飛び込んで来たのは、向かいのビル白い壁面にへばりついている巨大なカメレオンの姿だった。
そして外に出た愛美も、当然のようにそれを目視する。
「XENOっ!!」
急いで人気のない所を探そうと走り出すが、休日の昼間の銀座にそんな場所は見当たらない。
XENOに背を向けて銀座通りを北東に進んでいくと、あるものが目に留まった。
――工事中のビル。
「す、すみませんっ! ちょっとだけ失礼します!」
愛美は渋滞する車の合間を抜けて反対側の歩道に移動すると、工事中のビルの敷居の隙間に身体を滑り込ませた。
幸い、工事は行われていない。
周囲に誰も居ない事を確かめると、愛美は中を走りながら胸元に手を当てた。
「チャージアーップ!!」
無人のビルの通路内に、突風と閃光が駆け抜ける。
建物を覆うネットがバタバタと風を受けてはばたき、間欠泉のようにピンク色の光が隙間から漏れ拡がる。
やがて一筋の桃色の閃光が、空に向かって真っ直ぐ打ち上げられた。
――アンナローグだ。
「たぁっ!!」
左上腕から腕輪を取り、アサルトダガーに変型させると、それをクルクルと手の中で回転させる。
逆手に構えると、両肩のアクティブバインダーを全開にしてXENOへと突っ込んでいく。
「げっ、あいついつの間に?!」
「まずいわ、ありさ!
私達も実装を!」
「そ、そうは言っても、いったい何処でぇ?!」
「戻るわよ! ついてきて!」
「えぇっ?! 中に? なんで?」
未来に手を引かれ、ありさは納得しないまま建物の中に戻る。
入口方面に集まろうとする客の流れに逆らい、どんどん奥の方に進む。
しばらく走り続けると、未来は地下駐車場方面に向かう。
「上着で頭を隠して!」
「あぁ?! なんで……わ、わかったよ、やるから睨むな!」
頭の上から上着を被って、二人は地下駐車場に進む。
階段を移動中、周囲に誰も居ないことを確認すると、
「コードシフト!」
いきなり、未来が叫んでサークレットを展開させる。
そしてありさは、ようやく彼女の意図を理解した。
「あ、そうか、監視カメラかぁ!」
「いいから早く!」
「おっけー!
コードシフトぉ!!」
ありさの左手首のサークレットも展開し、待機音が重複する。
二人はそのまま駐車場まで出て、頭を隠したまま
「「 クロス・チャージング! 」」
実装コードを詠唱した。
駐車場に光の突風が巻き起こり、赤とオレンジの光が出口から飛び出して行った。
その頃、アンナローグは観衆が見守る中、カメレオン型のXENOに相対していた。
即座に反応し、壁をよじ登り始める。
大きく開けた口の中から、紫色の長い舌が伸び、まるでミサイルのように真っ直ぐ突っ込んで来た。
「くぅっ!」
それをアサルトダガーで切断してかわす。
切り落とされた舌は一瞬で炭化し、細かな破片だけが地上に零れ落ちた。
キシャアアア!!
突然叫び出すと、XENOは身体を肥大化させ始める。
みるみるうちに膨張していく身体は、二メートル程の大きさから、たちまち六メートル程に変貌した。
それを見たアンナローグは、音声をスピーカー出力に切り替えて叫んだ。
『皆さん、避難してください! 大変危険です!
どうか早く!』
周囲に大きく響くローグの声に反応し、ようやく野次馬達は悲鳴を上げて逃走し始める。
それに反応して頭の向きを変えたXENOに、四本のリボンが絡みつく。
「たぁ―――っ!!」
気合の声を上げ、アンナローグはエンジェルライナーでXENOを持ち上げ始める。
壁から引き剥がされ、その際に壁面の一部が落下するも、なんとか持ち上げる事には成功した。
(このまま、どこか遠くまで!)
背中と腰のブースターを全開にして、上空へ飛ぼうとする。
だが五十メートルほど上昇した時、突然殺気を感じた。
思わず振り返ったその先に居たのは、冷たい目でこちらを睨みつける青いアンナユニットだった。
「あなたは?!」
「フン!」
会話するつもりなど毛頭ない、といった態度で、襲い掛かる。
徒手空拳による連続攻撃が、ローグの動きを止める。
「な、何をするのですか?!」
「うるさいね」
青いアンナユニット――アンナヘヴィズームの右回し蹴りが襲い掛かる。
だがその瞬間、ローグは彼女のブーツの側面から、太い錐状のパーツが飛び出したのを視認した。
「きゃあっ?!」
ぎりぎりで直撃を交わしたものの、長さ四十センチ程の金属製の錐はローグの髪の一部とエンジェルライナーを斬り裂いてしまった。
XENOの拘束が解かれる。
「いけない!」
「あんたが行くのはそっちじゃないよ!」
「え……きゃあっ?!」
いつの間にか背後を取られ、襟首の辺りを乱暴に掴まれる。
ヘヴィズームは片腕で何度もスイングすると、遥か彼方へと放り投げた。
「きゃあああああっ!!」
「おっとぉ!」
だがそこに、何者かが飛び込み、ローグの身体を掴んだ。
背面から、激しいブースト音が鳴り響く。
「大丈夫か、ローグ!?」
「あ、あり……ブレイザー!」
「くっそ、なんであいつらまで出て来るんだよ?!」
「わかりません! いったい、何がどうなっているのか!」
アンナローグが捕まえていたXENOは、そのまま地上に落下する。
あと少しで建物に激突する、というその瞬間――
「パワージグラットぉ!!」
一瞬、周囲が青白い光に包まれる。
次の瞬間、ビルの一部に激突したXENOが路上に落下するも、既に周囲から人の姿は完全に消え失せていた。
「おっ、ミスティックか!」
「来て下さったんですね!」
『遅くなってごめんねぇ~!
でも、これでもう安心だよぉ!』
視界の端に、アンナミスティックの顔が表示され通信が飛び込んで来る。
周囲の様子の変化に気付いたのか、アンナヘヴィズームもゆっくりと地上に降りて来た。
「ちっ、またあの異世界か。
だけどまぁ……こちらも、もうこそこそする必要はなくなったってことね」
「その通りよ」
背後から、返事が返って来る。
と同時に突風が巻き起こり、アンナヘヴィズームは思わず顔を腕で庇った。
目の前に立つのは、オレンジ色のメイド服をまとった騎士。
鋭い眼光が、真っ向から射貫く。
アンナパラディンは、既に抜刀状態だ。
「何が目的か知らないけど。
渋谷の時の借りを、ここで返させてもらうわ」
「あら、つまらないことをいちいち覚えてるのね」
「あなた達のおかげで、そういう性格になっちゃったからね」
「ふん、あ~そ」
つまらなそうに反応したその直後、突然高速で突進する。
素早い踏み込みで一瞬で距離を詰め、拳を叩き込もうとする。
だがパラディンは、それを紙一重でかわして逆に腕を掴み上げた。
「パワースライド!」
その状態から、超至近距離で必殺技を仕掛ける。
下方向から、超振動をまとった大剣の刃が翻る。
だがヘヴィズームは、それに驚くどころかニヤリと微笑んだ。
「ふぅん」
「!?」
ヘヴィズームは、掴まれた腕を強引に振るい、アンナパラディンの姿勢を崩すと、そのまま反動を付けて放り投げた。
「はぁっ!」
「くぅっ!!」
吹っ飛ばされる刹那、空振りするホイールブレードの切っ先が、僅かにヘヴィズームの頬を掠める。
それに気付いた彼女は、突如激昂して
「ぬりゃあっ!!」
無防備な状態で滞空しているパラディンに追い付き、強烈な膝蹴りを叩き込む。
だがその攻撃は、七色の光を放つ壁に遮られた。
「プラズマティック・イージス!!」
と同時に、背面のブースターを全開にして衝撃を緩和する。
壁越しで膠着状態となった二人は、激しく睨み合う。
その一方で、ローグとブレイザー、そして駆け付けたミスティックとウィザードは、カメレオン型のXENOに意識を向けていた。
『このXENOは、以降UC-25“ファントム”と統一呼称する!
アンナセイヴァー、この単体だけならさほど問題はないだろうが、敵のアンナユニットがもう一体居る筈だ。
気をつけろ!』
「えっ、もう一体?!」
勇次からの通信に反応すると、ミスティックからも即座にフォローが入る。
『うん、そうだよぉ!
黄色いアンナユニットがいたの!』
(黄色……)
アンナユニットで黄色のものは、敵味方含めてたった一体しかいない。
愛美の先輩である立川もえぎが装着する――
「危ない、ローグっ!!」
突然、ブレイザーがローグを突き飛ばす。
それと同時に、激しい爆発音が鳴り響いた。
銀座三越前の交差点、そのど真ん中に巨大なクレーターが発生した。
濛々と立ち込める粉塵の中、ひらひらとリボンをたなびかせて佇む一体の影があった。
「愛美ぃ……」
「もえぎ、さん……」
「あんたぁ、あれは何なのよぉ!!」
「えっ?!」
「とぼけたってダメなんだからね。
あたしは、しっかり見てたんだ!」
「な、何を言って――」
爆発音と共に、アンナデリンジャーが突っ込んで来る。
だがそこに、アンナブレイザーとミスティックが立ち塞がった。
「こんの野郎ぉ!」
「ローグに何をするのっ!」
「邪魔するなあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
デリンジャーの右前腕に装着された、黒い手甲が火を噴く。
と同時に加速力が高まり、二人が想定していた以上の素早さで距離を詰めて来た。
防御が、間に合わない。
「うわぁっ?!」
「きゃあっ!!」
空気を震わせる振動と衝撃波が飛び、粉塵が一気に消し飛ばされる。
咄嗟に顔を伏せたローグは、いつの間にか二人の姿が消えている事に気付き、困惑した。
「ぶ、ブレイザー?! ミスティック?! 何処ですか?!」
「そんな事、今はどうでもいいでしょおおおおおお!!」
一瞬の隙を突いて、デリンジャーが右腕を前方に翳したまま急突進してくる。
金色の瞳は炎のように燃え上がり、それはまるで憎悪を具現化させているようだ。
デリンジャーの攻撃がヒットしようとするその直前、遥か彼方で真っ逆さまに落下しているブレイザーとミスティックの姿を見止める。
「お二人とも!!」
「だあああ―――っ!!」
「はっ!」
その場で軽く飛び上がると、アンナローグはデリンジャーの右拳に一瞬足を乗せ、蹴り出す。
身体を一回転させると、背面のブースター・アクティブバインダーを展開させて離脱する。
その間、僅かゼロコンマ数秒。
一瞬何が起きたか理解が及ばないアンナデリンジャーは、勢いを止められずそのまま突進して行くしかない。
そしてアンナローグは、超高速で低空飛行し、エンジェルライナーでブレイザーとミスティックの身体をギリギリで受け止めた。
「ふぅ」
「わ、悪いなローグ!」
「ありがとう、ローグ!」
「大丈夫ですか、お二人と……」
言葉が、途切れる。
なんと二人の胸元は大きく破壊され、内部のメカが露出してスパークしていた。
「掠っただけで、ここまでぶっ壊していきやがった!
あいつの腕の直撃を受けたらやべぇぞ!」
「ローグ、ブレイザーは科学魔法で治すから!
お願い、あの黄色いアンナユニットを止めて!」
「――わかりました」
背後で、また何かの爆発音がする。
視界の端では、青いアンナヘヴィズームとパラディンが闘っている様子が見える。
XENO・ファントムの行方も気になったが、先程から姿が見えないアンナウィザードに期待をかけるしかない。
今は、暴走状態のアンナデリンジャーを止める事に全力集中する。
しかし、以前の戦闘で全く歯が立たなかった事を思い出す。
ゴクリと喉を鳴らすと、アンナローグは両拳を真正面で合わせて叫ぶ。
もう、これしかない。
「ボルテック・チャージ!!」
途端に、全身が光り輝きピンク色が鮮やかなシルバーに変化する。
その光景に、ブレイザーとミスティックは呆然とした。
「な、なんだありゃ?!」
「え? え? ろ、ローグ……だよね?!」
六本に増えたリボンを靡かせ、鋭い目つきに変化する。
前方に翳した両手から、半透明な刀身を持つ剣を生み出すと、アンナローグはこちらに向かって来るデリンジャーに自ら突進していった。
「てやっ!」
「はぁっ!!」
鋭い気合の声と、攻撃が当たり、弾かれる衝撃音が途切れることなく鳴り響く。
アンナパラディン、ヘヴィズームそれぞれの攻撃は、いずれも相手に致命的なダメージを与えられないままだ。
正に拮抗状態。
「これならどうよ?!」
ヘヴィズームが叫ぶのと同時に、彼女の脇に巨大なボーリングマシンのような機器が出現する。
それを掴んで力任せに振り回すと、先端の鋭いバンカーが襲い掛かる。
(この世界で転送兵器を?!)
「くっ! プリズマティック・イージスっ!!」
もう一度P・Aを発動させ、虹色の盾でガードを図る。
しかしヘヴィズームの武器「ヘヴィパンチャー」の殴打攻撃は、その盾ごとアンナパラディンを薙ぎ払うほど強力だった。
「うあっ?!」
「もう一発!」
ヘヴィパンチャーが激しく振動し、周囲の空気が歪んで見える。
それを察知したパラディンは、咄嗟にホイールブレードでP・Aに攻撃を加えた。
虹色の盾が反転し、凹面がヘヴィズームの方を向く。
そこに、ヘヴィパンチャーからの振動波が叩き込まれる。
「ぬ……うあぁっ?!」
大きな半円型のP・Aが、振動波を反射する。
しかも衝突の瞬間、盾は僅かに拡大し、振動波が増幅される。
「うわあああっ!!」
自身の攻撃をまともに食らい、アンナヘヴィズームは吹き飛ぶ。
……が、すぐに態勢を整えて着地する。
数メートルの間合いを置き、二人は再び仕切り直しの状態となった。
違いの肩は大きく上下し、闘志のこもる眼差しは一時たりとも相手から離れない。
やがてヘヴィズームは、ファイティングポーズを解いて高らかに笑い始めた。
「何がおかしいの?」
不思議そうに尋ねるパラディンに向かって、ヘヴィズームは
「あなた、大したものね。
想像以上だったわ」
と、褒め称えた。
「なんのつもり?」
「私はね、優秀な者が好きなの」
「優秀?」
「そうよ。
私が見たところ、アンナセイヴァーのリーダーは、あなたのようね」
「……」
「名前を、聞かせてもらってもいい?」
「――アンナパラディン」
不穏な空気をひしひしと感じながらも、パラディンはあえて向こうの会話に乗ってみることにした。
無論、攻撃の構えは解かないまま。
しかしヘヴィズームは、まるでもう闘うつもりなどないといったような態度だ。
「アンナパラディン。
アンナユニットがあるとはいえ、ただの人間で私をここまで追い詰めることが出来るなんて、大したものだわ」
「それはどうも」
「他の連中は、ただアンナユニットの能力に頼ってるだけ。
それなのに、あなたは咄嗟の判断で応用を利かせた闘い方をしてくる。
それだけで、一味違うってわかるわ」
「訂正して欲しいわね。
あの子達は、アンナユニットの力に頼っているわけじゃない。
知識と技術、機転と経験を活かしてXENOを撃退してきたのよ」
「ふん、優香のいう通りね」
「え?」
思わぬ名前が出たことで、一瞬思考が停止する。
ヘヴィズームは、そんなパラディンの反応を読んでいたかのように、更にほくそ笑んだ。
「あの子が良く言っていたわ。
後輩の向ヶ丘未来って娘は、どん臭くて本当に使い物にならないクズだって。
その上でこだわりが強くて、無駄に頑固だって」
「……」
「だけど、あの子の言う事は間違ってる。
私は、自分の目で確かめたものを信じるの。
間違いなく、あなたは優秀な存在よ。
私の眼鏡に叶ったのは、あなたと梓、そして――夢乃だけ」
夢乃の名前が出た瞬間、思わず表情に出る。
その名が出るという事は、つまり……
「もしかしてあなたは、愛美が居たという井村邸の」
「そうよ、その副メイド長が私、青山理沙。
今の名前は、アンナヘヴィズーム。
その能力は、超振動。
手っ取り早く云えば、人工の地震を生み出せる力を持っているわ」
胸に手を当て、目を細めて自己紹介をする。
そんな態度に、さすがのパラディンも面喰ってしまった。
「まさか、自分からそこまで説明してくれるなんて思わなかったわ」
「当然でしょう?
あなたを認めてるから、教えるのよ。
愛美みたいな役立たずとは違うあなたには、ね」
その言葉に、パラディンの眉が僅かに動く。
右手に持ったホイールブレードを一旦引き下げると、真っ直ぐに立って睨みつける。
「聞き捨てならないわね、その言葉」
「あら、何か怒らせるようなことを言った?」
「私の大切な仲間を侮辱することは、許さないわ」
「へぇ?」
「特にあなたみたいな、力に溺れて破壊や殺戮を楽しむような存在には言われたくない」
「力に、溺れる?
私が?」
声のトーンが、あからさまに変わる。
途端に変化した雰囲気に反応し、アンナパラディンはもう一度ホイールブレードを構え直した。
「あなたともう一人の、愛美の先輩メイドが最初からXENOだったという事は、既に知っているわ。
さぞ長い間、人にあらざる者として愉しまれたことでしょうね」
皮肉を込め、見下すような視線を投げかけながら挑発する。
だがヘヴィズームは、
「ええ、その通りね」
あっさりと、それを肯定した。
「……」
「聞きなさい、パラディン。
今の人間は、地上のたった一気圧環境下、しかも地上でしかまともに生きられない。
こんなに広くて素晴らしい地球なのに、人類にとっての最適居住地域はたったの五パーセント未満。
馬鹿げてると思わない?」
「突然、何の話?」
「わからない?
XENOに進化することで、私達はより過酷な環境でも生き永らえる存在になれる。
それって、とても素敵なことだと思わない?
だから私は、吉祥寺博士のお考えに同調して、提供したのよ」
「提供って……何を?」
「私自身の身体を」
まるで他人事のように言い放つ彼女の言葉に、パラディンは背筋がぞくりとした。
「アンナパラディン、あなたもこちらにいらっしゃい。
弱々しく儚い、ちょっとしたことでもすぐ死んでしまうつまらない人間なんかもう止めて。
あなたなら、きっとXENOVIAの幹部として活躍出来る筈よ」
(私を……勧誘してる?!)
こちらに手を伸ばし、誘うような穏やかな表情を浮かべる。
「実は、こちらにも問題児が一人居てね。
XENOになる前以上に、感情的になり易くて使い物にならないのよ」
「……」
「まぁ、どうせもうじきおしまいだろうから。
その後釜として、是非ともあなたが欲しいところね」
「せっかくだけど、お断りするわ。
私は最期の瞬間まで、人間を辞める気なんてないから」
間髪入れずに言い放ち、剣先でヘヴィズームを指す。
穏やかな表情はみるみる消え失せ、先程までのような険しい顔つきが蘇る。
ヘヴィズームは、唸るような声を上げた。
「せっかく生き残れるチャンスをあげたのに。
もったいないことをしたね」
「私はそう思わないわ」
「何?」
「あなたに破れるつもりも、そんな予感もしないから。
当たるのよ、こういう時の私の勘って」
「少し持ち上げられて、調子に乗り過ぎたようね」
唸りを上げて、ヘヴィパンチャーが構えられる。
再び臨戦態勢になった二人は、それぞれ背面のブースターを点火し、猛加速で真正面からぶつかり合った。
同じ頃、アンナウィザードは科学魔法“マジカルショット”を放ち、ファントムを完全に追い詰めていた。
「これで、決めます!」
ブラウスの胸元をはだけ、胸の谷間から赤色のカートリッジを取り出す。
それを右上腕のマジックポッドに差し込もうとした時――
「ま、待ってくれ! 殺さないで!」
なんとファントムは、人間態に変身して命乞いを始めた。
六十代くらいの白髪混じりの男性は、土下座をするようにはいつくばってアンナウィザードに懇願する。
「お願いだ! せめて、せめて最後に家族に逢わせて欲しいんだ!
もうすぐ孫が生まれるんだ! だから――」
「……」
ウィザードの手が、止まる。
戸惑いの表情を浮かべて静止する彼女に向かって、男は涙と涎にまみれた顔を上げる。
「なぁ頼むよ、私は、どうしても孫を見たいんだ!
その一念で、これまで頑張って来たんだ!」
「そ、それは……」
動揺が顔に出る。
それを見た男は、僅かに口の端を吊り上げた。
「俺はねぇ、孫が生まれたらこの手で一番に抱き締めたいんだ。
そしてそれを奥様に献上して」
「お、奥様? 献上?!」
「ああそうさぁ、それで孫を美味しく調理して貰ってなあ、それを食らいたいんだよぉ~!
知らないだろ? 奥様のお屋敷の料理人は人間の料理が本当に上手でなぁ~!」
「……!」
男の発言に、今度は青ざめる。
カートリッジを持つ手が、わなわなと震え出す。
「前に食わせてもらった赤子の詰め物蒸しが最高でさぁ!
孫を材料に作ってもらいたいのさぁ!
アレを食わなきゃ、死んでも死に切れ――」
“Science Magic construction is ready.
MAGIC-POD status is normal.
Execute science magic number M-012:Explosion-bomb from UNIT-LIBRARY.”
「エクスプロージョン・ボム!」
全身の色を一瞬真っ赤に染めたアンナウィザードは、手の中に火球を発生させ、詠唱と共に激しく撃ち出した。
凄まじい爆音と爆風を立て、男の姿は、砕け散るアスファルトの破片と共に完全に消滅する。
「……!」
翳した手が、震える。
アンナウィザードは、信じられないものを見るような眼差しで、大きなクレーターが出来た大通りの路面を見つめ続けていた。
彼方で、幾度目かの激突音が鳴り響いている。




