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心霊捜査官

……………………


 ──心霊捜査官



 ダイラス=リーンにはいくつかの警察署がある。


 まず都市の中央に位置する中央警察署。ここは海上で起きた事件も取り扱っており、エリックたちはこの警察署で調書を作成した。


 それから東西南北に1か所ずつ警察署がある。北から時計回りに北署、東署、南署、西署となる。それからこの広いダイラス=リーンの街をカバーすべくいくつかの分署がある。何せダイラス=リーンは都市国家であり、面積も馬鹿にできないほど広いし、人口もアーカム、ウルタールに次ぐ3位の人口なのだ。


「優しい人だから、丁寧に教えてくれると思うわ。事件を抱えていないといいのだけれど。抱えていたら見学はキャンセルになっちゃうかもね」


「ええー。せっかく海賊に襲われてまでここまで来たのにそれはないですよ。事件があったら絶対に見学できないんです?」


「そうね。ダイラス=リーン都市警察は現場保全を他のどの捜査機関より徹底しているから。現場に残された毛髪の一本、一本から、足跡、血痕、そして霊的状況。浮遊霊の存在や地縛霊の有無、怨霊になった被害者の霊がいないかの捜査。とにかく、彼らは素人に現場を荒らされるのを嫌うわ」


「むう……。それだと難しそうですね……」


「でも、安心して。心霊捜査官が出動しなければならない事件は限られるから。ダイラス=リーンは窃盗やひったくりの被害は結構あるんだけど、殺人や傷害となると少ない。そして、その殺人や傷害こそ心霊捜査官の出番なの」


「窃盗には出動しないんですか?」


「する必要がないというべきね。大抵は普通の警官が犯人を見つけてしまうもの。警察官ってのは情報屋のネットワークを持ってて、どこの誰が窃盗品を売りに来たって情報を手に入れるものだって私の知り合いの刑事は言ってたわ」


「わお。それもまた凄いですね。それによく考えれば窃盗だと霊から何かを得るってのは難しそうですよね」


「そうそう。偶然浮遊霊がいたりでもしない限り、まず無理じゃない?」


 そんな会話を交わしながら、中央警察署に向かった。


「マスコミ向けの記者会見は14時からだから、まだマスコミはいないと思うけど」


「うーん。それらしき人はいないみたいですよ。とはいっても、マスコミの人と警察の人を見分ける方法が分かりませんが……」


「目つきが違うわ。警察官は視線を素早く相手に走らせてから、相手が武器を携行していないかチェックし、それから相手の目を見て会話する。メモを取るのは記者と同じだけど、警察官は相手が言った言葉を繰り返しながらメモするわ。って、知り合いの刑事に聞いたけど、私も見分けはつかないわね」


 フィーネとベータは中央警察署の建物を覗き込んでみたが、マスコミの有無は分からず終いであった。


「まあ、いたらいたとき。警察署の中で騒ぎは起こせないはずよ」


「では行きましょう! レッツゴー!」


 ベータとフィーネはエリックを連れて、中央警察署に入っていった。


「すみません。コーディ・クロス刑事はいらっしゃいますでしょうか?」


「アポイントはお持ちですか?」


「ベータ・ウェストです。10時にアポを」


「お待ちください」


 受付の職員は内線電話で確認を取る。


「確認しました。これをつけてどうぞオフィスの方へ」


「どうも」


 ベータは受付を済ませると、『VISITOR』と書かれた札を胸ポケットにつけてから、フィーネの方を振り返った。


「心霊捜査官に会うのは初めて?」


「初めてです」


「見た目はおっかないけど、正義の味方だから安心してね」


 ベータはそう告げて微笑むと中央警察署内を我が物顔で進んでいった。


「ここ、ここ。心霊捜査課」


「おお。ここに心霊捜査官の方々が……」


 フィーネが息をのむ。


「じゃあ、行こうか。そろそろ時間だし」


「了解!」


 ベータはそう告げて扉をノックした。


「どうぞ」


「失礼しまーす!」


 部屋の扉を開けた瞬間、コーヒーの濃い匂いが漂ってきた。


「おや。ちびっこ博士。今日も何か売り込みに来たのかね?」


「違う。約束してたでしょ。心霊捜査官希望の子を連れてくるって」


「ああ。そうだったな。で、そちらの?」


 ベータに挨拶したのは強面の40代前半ほどの男性だった。眉間に刻まれている皺と太い眉毛、鋭い瞳にオールバックにしたブロンドの髪。確かにベータが言っていたように見た目はおっかない人物であった。


「フィーネ・ファウストです! 見学させていただきたく参上しました!」


「フィーネ・ファウスト……。もしかして、ダイラス=リーン・トゥデイの少女Fか?」


「あ。はい。そうです……」


 どういうことを思われただろうかとフィーネは少し心配になった。


「おい! お前ら! あの伝説の少女Fが来たぞ! マジで本物だ!」


「マジかよ!?」


「おい! ここに入るのか!?」


 コーディが叫ぶのに心霊捜査課にいた全ての職員が立ち上がってフィーネのところに寄ってきた。そして、しげしげと彼女を眺める。


「凄いな。年齢は弄ってないよな?」


「は、はい。今年で17歳になります」


「マジかよ。本物の天才じゃねーか」


 がやがやと心霊捜査課の中が騒がしくなる。


「なあ、どうやって怨霊を操ったんだ? 何かコツとか新しい技法とかがあるのか?」


「自己を失っている怨霊と対話したってマジか? 連中は本当に怨霊だったのか?」


「モーガン・メソッドを改良したんですか? それとも別の全く新しいメソッドを?」


 心霊捜査課にいる8名の心霊捜査官たちが次々に質問を浴びせてくる。


「え、えっと。怨霊は自己を失っていたように思えます。少なくとも理性はなかったです。必死に呼びかけて見たら反応してくれて、冷静になってくれて、それで海賊の手から銃を奪い取ってもらうように頼んでから実体化させたんです。これと言ったメソッドとか技法とかは開発してないです、はい」


 フィーネは一斉砲撃を浴びながらもそう答えた。


「つまり自己を失っていた怨霊が自己を取り戻したってことか。だが、それは“自己崩壊の不可逆性の法則”に反しないか?」


「あの法則はまだ仮説ですよ。数件ですが、死霊術師との対話の中で自己を取り戻した例があります。もっとも状況が限定されすぎているうえに、数も少なく、反証としては弱い材料ですけれど」


「では、ここでまたひとつ反証の材料ができたわけだ」


 心霊捜査官たちはがやがやと議論を始める。


「何の騒ぎ?」


 心霊捜査官たちが議論を交わしているところにひとりの女性が入ってきた。


 年齢は50代前半ごろだろうか。リムレスの眼鏡をかけ、きつい目つきをした女性だ。ブルネットの髪をベリーショートに切り、そのきっちりと決まったスーツ姿からは女性らしさというよりも警察官や兵士というイメージが浮かんだ。


「ああ。部長。例の少女Fがうちの見学に来たんですよ。今のうちから唾つけとかないと、連邦辺りに持っていかれてしまいますよ」


「ああ。例の。それは騒ぎになるわね」


 そう告げてやれやれというように局長と呼ばれた女性は肩をすくめた。


「だが、今は業務時間よ。仕事に戻りなさい。直ちに!」


「了解!」


 フィーネに集まっていた心霊捜査官たちが散っていく。


「初めまして、フィーネ・ファウストさん。それからドクター・エリック・ウェストさんとドクター・ベータ・ウェストさん。刑事部長のポーラ・ピアースです。この度は心霊捜査官の見学をなさりたいとか」


「はい! 将来の夢のひとつなんです。よろしければ見学させてください」


「もちろん、構いませんよ。将来の夢ということはより詳しく知っておきたいでしょう。才能は確かなようですし、しっかりと見学していっていください」


「ありがとうございます!」


 フィーネは勢いよく頭を下げた。


「じゃあ、コーディ。彼女にいろいろと教えてあげて。それから例の事件の方はどうなっているのかしら?」


「海賊が使っている武器がビンゴでした。流出場所は海上って可能性も出てきましたね。海賊連中が海上で取引したか、それとも船を襲ったか」


「今のところ、連邦からは船が襲われたという情報は入ってないわ。まあ、連邦を信用するならばだけど。それじゃあ、そちらの方も確実に進めておいて」


「了解です、ボス」


 コーディはそう告げてフィーネの方を向いた。


「それじゃあ、心霊捜査官の仕事を見てみるかい?」


「お願いします!」


「よしよし。まずは昨日の戦闘で死亡した海賊の調査だ」


「海賊ですか? あれはもう解決したんじゃ……」


「抱えているヤマがあってな。歩きながら説明しよう」


 コーディは立ち上がってそう告げる。


「私は仕事があるからここで帰るわ。コーディ、よろしくね」


「あいよ」


 ここでベータは研究所に帰っていった。


「それで抱えているヤマって何ですか? ヤマなら一層海の事件である海賊とは関係ないと思うんですけど」


「ヤマってのは事件のことだ。捜査中の事件があるってことだ」


 フィーネの問いに丁寧にコーディが答える。


「3年前、連邦が東方から流れ込んできている違法薬物を取り締まるための東方と国境を接する4つの国に軍事支援を行った。魔道式銃100万丁とその他迫撃砲などの装備と数え切れないほどの弾薬、そして軍事顧問が送り込まれた」


「ふむふむ」


 東方はその文化と環境も相まって中央世界が違法とする薬物生産の中心地だった。毎年、数十トンの違法薬物が中央世界に流れ込み、末端価格にして4000億ドゥカートの巨大ビジネスになっている。


 東方はサンクトゥス教会を信奉する中央世界との関係は劣悪であり、これまでいかなる薬物の取り締まりにも応じて来なかった。使用する人間がいるから売るだけだというのが彼らの言い分であった。


 連邦は薬物汚染が深刻化しており、社会問題になっている。これ以上の薬物汚染を食い止めるために、連邦は密かに東方に特殊作戦部隊を送り込んで薬物製造と密輸を行うカルテルの幹部を暗殺したり、国境警備を強めてきた。


「メリダ・イニシアティブ。連邦は東方と国境線を接し、麻薬密輸のルートになっている中東地域の軍隊と法執行機関を訓練し、武器を与え、彼らにもこの取り締まりに参加してもらうことにした。だが、結果は散々だ。一部の部隊を除いて、軍も法執行機関も、カルテルに買収されていて作戦は成功しなかった。それどころか、メリダ・イニシアティブに渡された100万丁の魔道式小銃も行方不明になっちまった」


「げっ。それって不味くないですか?」


「とても不味い。非合法な武器を取り扱う連中の手に渡れば、連邦だけではなく、各地の治安が乱れる。銃犯罪は加速度的に上昇するだろう。それにお嬢ちゃんの乗っていた海賊の持っていた武器も流出した品のひとつだと分かった。『スターリングMK4』っていう連邦の会社が作っている品だ」


 そう告げながらコーディはフィーネとエリックを連れて地下に降りていく。


「連中がどこから武器を買ったかを知り、武器流出事件の元締めを探り出す。そして、全ての武器を回収する。それが今の仕事だ」


「どれくらい回収できたんです?」


「連邦が早期に動いて50万丁は抑えた。後はアーカムで12万丁。ムナールで3万丁。ウルタールで11万丁。ダイラス=リーンで現在9万丁だ」


「まだまだありますね……」


「ああ。まだまだこれからだ。魔道式小銃が1丁あるだけで何人もの人間を殺せる。ウルタールと違ってダイラス=リーンは銃の所持に厳しい。過去に銃乱射事件を経験しているからな。その時の反省だ」


 ウルタールも銃撃事件が起きているんだけど、規制されるのかなとフィーネは思った。流石にそればかりは政治の話なので分からなかったが。


「それで武器が海賊に流れて、その経緯を調べる、と」


「そういうことだ。海賊ならどこで武器を仕入れたのか知っているだろう。そこから探っていく。とはいっても、これまで大本の尻尾はまるで掴めていないんだけどな。のらりくらりと逃げ回ってやがる」


「大本がひとりじゃなくて、何人かいるという可能性は?」


「考えた。だが、連邦の捜査結果がそれを否定している。4つの中東諸国から武器を流したのは4人。既に取り調べは終わって軍法会議で死刑が宣告され、今は証人としてだけ活かされている人間が自白した。4人は揃ってひとりの武器商人に武器を売っている。で、その武器商人もひとりの武器商人に武器を流した」


「それから分散した可能性は?」


「あるにはあるだろうが、この手の武器密売となるとまとまった数を扱った方が儲かる。2、3丁とか10丁、20丁程度の取引じゃ大して儲からない。まとまった数の武器が、一気に手に入るっての言うのが重要なんだ。武器ってのは使っていれば壊れる。物は全てが使用限界というものがある。固定化のエンチャントをかけても、保存期間は長くできるが、使用期限はそこまで伸ばせない。武器は物凄い運動エネルギーを発生させる武器だ。本や絵画を保存するための固定化ではとてもではないが劣化は防げない」


「まとまった数が手に入れば、劣化しても代わりの武器をすぐに手にできる。それだけ長い間戦っていられるというわけですね? そして、資金力がある犯罪組織や反政府勢力がそういう商品の顧客になるので儲かる、と」


「そういうことだ。賢いな、嬢ちゃん。というわけで、大本はひとりないしふたりだ」


 フィーネも頭を搾って考えてみたが、考えられるのはそこまでだった。


「最近、違法薬物に反対していたジャーナリストが銃殺されたりと、このダイラス=リーンにも影響が及びつつある。そして、海賊だ。海賊は何グループが存在すると見ている。そして、連中は略奪品で資金が潤沢だ。取り引き相手としては悪くない」


「げえ……。海賊ってまだまだいるんですか……」


「定期便を襲うようなのは稀だがな」


 そうこうしている間にフィーネたちは地下の解剖室についた。


「よう、先生。準備はできてるか?」


「全員、証言と死因は一致する。怨霊によって3名、銃撃で2名、そして魂を燃やされたのが1名。魂を燃やすとはむごいことをする」


「定期便を襲うような奴が悪いのさ。自業自得だ」


「それもそうだな。それから全員の入れ墨を調べたが、こいつらは“ゴールド・グループ”の連中だと見て間違いない。骸骨にクロスした魔道式小銃。傭兵上がりの海賊だ」


「ゴールド・グループか。大物だな」


 40歳代前半ほどの監察医がそう告げて、死体袋のチャックを締める。


「ゴールド・グループ?」


「ダイラス=リーン都市警察がつけた海賊のグループ名だ。危険度の高い連中からゴールド、シルバー、ブロンズの3つに分類されてる。武器密売に関わっていたり、違法薬物密輸に関わっていたりするのはこの連中はゴールド・グループだと思われている」


「シルバーとブロンズは?」


「漁師が食いはぐれて、海賊になったパターン。武器は民間でも購入できるセミオートオンリーの魔道式小銃で、商船を襲って、積み荷をブラックマーケットに流してる。こいつらに武器が流れた情報はない。脅威ではあるが、これは海軍と海上警察の仕事だな」


 そう告げて解剖室から死体安置室に死体が運ばれる。


「さて、右端からいこう。最初に死んだ男だ。怨霊に殺されている」


 私が殺した人か、とフィーネは思った。


……………………

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