マスコミとのゲーム
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──マスコミとのゲーム
「おはようございます、エリックさん!」
「おはよう、フィーネ」
昨日のピザ屋での食事ののち、エリックたちはホテルに帰って、入浴を済ませると即座にベッドに入っていた。フィーネは海賊の件で疲れていたし、もうピザでおなかがパンパンだった。そして、おなかが膨れると人は眠くなるものなのだ。
そして、昨日はそうやって9時には眠っていたので朝はしっかり目が覚めた。船旅の疲れも、海賊との戦いでの緊張も解け、フィーネはエリックの部屋を訪問していた。
「朝食はホテルで食べますよね?」
「ああ。それと心霊捜査官の見学はベータと合流してからだ。彼女とはブロック広場で10時には合流することになっている。心霊捜査官とはこれから6日間仕事を見せてもらうことになる。悪い印象を抱かれないように時間には正確に行動しよう」
「了解です」
「では、行こうか」
エリックたちはエレベーターで1階ロビーに降りる。
「あれか!?」
「間違いない! エリック・ウェスト博士が一緒だ!」
しかし、1階に降りるなり、フィーネたちはカメラに取り囲まれてしまった。
「フィーネ・ファウストさんですね! ダイラス=リーン・ポストのものです! 海賊事件に対応されたとお聞きしました! 詳しい話をお聞かせ願えませんか!」
「ダイラス=リーン・トリビューンのものです! 海賊事件において怨霊を使用されたとのことですが、新しい死霊術の技法でしょうか!?」
いきなり大勢からわあっと質問を浴びせられてフィーネが目を白黒させる。
同時にカメラのマグネシウムフラッシュ音も響き、フィーネはさらに目を白黒させる。そうしている間にも質問が飛び交っている。
「諸君。ここはホテルの敷地内だ。ここでこういうことをやるのはダイラス=リーン都市法違反だよ。大人しく出ていくか、都市警察のお世話になるかだ」
エリックがよく通る声でそう告げると質問を浴びせていた人々は渋い顔をして、すごすごとホテルの外に出ていった。
「な、なんだったんですか、今の?」
「記者だ。行儀の悪い記者たちもいたものだ。恐らくは──」
エリックがロビーにおいてある新聞を手にする。
「はあ。顔写真も実名も出すなと言ったことは守っているが……」
そこには『海賊を倒したのは16歳の少女F! エリック・ウェスト博士が語る!』という見出しの下に、過去のエリックを写した写真が添えられていた。
「げっ。これって警察署から帰る途中にあった記者さんの記事ですよね?」
「そのようだな。ダイラス=リーン・トゥデイ。彼は新聞の一面を手にしたわけだ」
一面は海賊事件のことで埋められており、同じく海賊退治に貢献した連邦陸軍の退役軍人と若者のインタビュー記事も載せられている。そちらは喜んで取材に応じたらしい。
「でも、私、名前は言ってませんでしたよ?」
「乗客名簿から割り出したんだろう。私の近くの部屋で16歳。それでいて魔術師の格好をしていた人物となれば他の乗客への聞き込みで絞り込める。確かに人名は載せなかったが、ここまで書かれれば個人を特定するのは簡単だ」
エリックはため息をつく。
「しかし、不幸中の幸いだ。私たちはこれから心霊捜査官という警察に密着する。記者は警察を恐れている。彼らの行為はひとつ間違えば法律違反になるからね。野次馬とはちょっとばかり距離が置けるだろう。それに今日の午後には警察から正式な記者会見があるはずだ。問題あるまい」
「そうですね。私たちは心霊捜査官の仕事を見せてもらうために来たのであって、新聞の取材を受けるためにきたわけではないですし」
フィーネもコクコクと頷く。
「それでは朝食にしよう。今日は朝からちゃんと食べておいた方がいい」
「了解です!」
朝食ではエリックはカリカリのトーストとベーコンエッグ、フィーネは生クリームとバターとはちみつをたっぷりかけたふわふわのパンケーキを食べた。
「それでは裏口から出よう。外は野次馬が待ち構えている」
「了解です」
幸い、マスコミから宿泊客を守ることもホテルの義務と考えたのか、ホテルスタッフが業務用の裏口を使用させてくれたので、エリックたちはマスコミに見つかることなく、ホテルの外に出ることができたのだった。
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ブロック広場はホテルから徒歩で20分程度の場所にあった。
ダイラス=リーンの中心地からは僅かに外れた位置にある広場だが、観光客や仕事で行き交う人々が多く、非常に賑わっている様子が窺えた。
広間の中心にある噴水には小銭を投げ入れると願いが叶うという伝承があったそうだが、今は噴水の汚染を防ぐためにその手の行為はしないようにとの看板が立てられていた。観光客を相手にするカメラ撮影者が記念写真を撮っているのが見える。
カメラはまだまだ普及率の高い商品とは言えない。地球のようにスマホにカメラが付いているなんてのは夢のまた夢で、職業としてそれを扱う人間以外がそれを所持していることはなかった。
価格が高いことと取り扱いが難しいこと。このふたつがネックだ。
今のカメラの価格は高い。手が出せないほど高いというわけではないが、気楽に1個ぐらい持っておこうという気にさせるほどの高さではない。それから現像には専門家の手を借りる必要があるが、その専門家というのは職業カメラマンを相手にしているだけだし、職業カメラマンは自分で現像もするので数が少なかった。
エリックの家にも実験結果を記録するためのカメラがあるが、現像するためにはウルタールの専門店にまで行かなければならない。
ここで記念写真を取ったとしても、その場でできた写真を渡してくれるわけじゃない。恐らくは後日郵送というところだろう。
「ベータの姿が見えるかね?」
「ええっと。どこでしょう?」
「ふむ。ブロック広場は待ち合わせの場所には不適切だったな。人が多すぎる」
エリックの言うように人が多すぎて、こちらから見つけるのは難しかった。
「ドクター・エリック・ウェスト?」
不意に背後から声がかけられた。
またマスコミかと思ったが、いたのは定期便の中でともに魔動機小銃を取った若者だった。片手には新聞を持っている。どうやら新聞の情報でエリックのことを知ったらしい。言葉には『これで合ってるのか?』という疑問の色がある。
「やあ。君もマスコミに質問攻めにされた口かい?」
「ええ。どうもこうもホテルまで押しかけてくるし、バーでは奢るって言われるしで。それに新聞の取材を受けるなんて恐らく人生でこれが最後だろうからですね」
若者は照れたように後頭部を掻いた。
「取材には気をつけたまえ。マスコミは決して君を褒めたたえるために取材をしているわけじゃない。大衆にニュースという娯楽を与えるために取材をしているのだ。ちょっとした瑕があれば、彼らはそこを見つけ出し、あれやこれやと騒ぎ立てるだろう」
「気をつけます。それにしてもあなたがグランドマスターとかいう凄い地位の学者さんだなんて思いませんでしたよ。たまたま乗り合わせた死霊術師かと」
「その認識でも大して間違いではないよ。グランドマスターの称号は私が死霊術について研究しているときに響くものだ。あの時の私はただの乗り合わせた死霊術師だ。それに事件解決の突破口を作ったのは私ではないしね」
「ええっと。少女Fってこの子だったんですか?」
「正直、これは報道してほしくなかったのだが、記者が抜け道を探して報道してしまった。おかげで彼女は朝一番にカメラと記者に囲まれる始末だったよ。夕刊が発行されたら、騒ぎは大きくなるだろうね」
「まあ、一過性のものですよ。あの後で連邦陸軍の退役軍人だった爺さんと飲みに行ったんですが、あの人も昔マスコミに騒がれたことがあったって。それでも3日もすればもみんな飽きて相手にしなくなると言ってました」
「そうであることを願いたいね」
確かにエリックも新聞の取材を何度か受けたことがある。新聞というのは遥か昔から存在し、その時から大衆にニュースを届けていた。
エリックは新聞よりアカデミーでの発表の方を重視していたが、死霊術師で初のグランドマスターになったときには、流石に新聞の取材を受けた。死霊術師で初のグランドマスターの誕生に世間は幾分か興味を持ったが、すぐに別のニュースが報じられて、エリックのことは記憶に留まるまでもなく消え去った。
近年の発表でもデルフィーヌと共同で著した『動物霊の野生における行動について』という論文を出し、動物霊が自然環境でも、浮遊霊や地縛霊となるということを突き止めたのだが、これが大きな反響を呼んだ。
というのも、近年では動物保護活動が盛んに行われ、動物の権利というものが認識され始めていたからである。動物の権利と言っても参政権を持つとかそういう話ではなく、ただ生きる権利と惨たらしく殺されない権利である。
環境保護活動はこの世界では市民の生活に直結する死活問題となる。森をむやみやたらに伐採すれば魔力が枯渇して都市機能はマヒするし、下手をするとヘルヘイムの森事件のような被害をもたらす。
そんな中で動物保護活動は必要なことだった。
この世界では森は危険地帯であるため狩猟は特にブームにならなかったが、それでも毛皮を目当てに動物が乱獲されたりする。酷く残酷な方法で狩猟が行われることもある。また魔道式銃での狩猟は鉛汚染ということも引き起こした。
そんな中で発見された動物霊は自然環境下でも浮遊霊や地縛霊になるのは、彼らの営みが人間と同等に高度なものであるという主張をもたらした。エリックたちはただ観察によって突き止めた事実を発表しただけだったのだが、動物保護活動家はそうは取らなかった。彼らは人間と同じ営みを行う動物を無意味に狩猟するべきではないとの主張に、エリックたちの論文を利用した。
それからは大論争だ。
人間と似たような現象が発生するからと言って、人間と同等に扱うのは早急な結論だという衣料品や毛皮取り扱い業者の主張と、動物保護団体の主張がぶつかり、罵詈雑言のやり取りとデモが繰り広げられた。
エリックたちも取材に引きずり出され、何度も何度も彼らが飽きるまで『これはただ物事を観察した結果であり、それ以上のことはない』という従来の主張を繰り返さざるを得なくなった。
しかしながら、確かに3日もすれば取材の嵐は止まっていた。
マスコミも世間も飽きやすいのは変わらないらしい。
「でも、取材に応じないと連中はしつこいそうですよ」
「警察の公式記者会見があれば情報が出るだろう。それでも纏わりつくようならば、こちらとしても考えなければならないな」
「女の子の方は取材は受けたくないんですか?」
そこで若者がフィーネを見た。
「うーん。正直、あんまり興味ないです。マスコミの人には悪いですけれど、何か言いたいことがあるわけでもないですし、実際に戦ったのはエリックさんたちですし、そちらの方が目立つべきですよ」
「そうか。それなら俺も名前を出したりはしないでおくよ」
「助かります」
フィーネはペコリと頭を下げた。
「じゃあ、お元気で」
「そちらも、お元気で」
そうして若者とは別れた。
「あ! いた! パパ、パパ!」
エリックたちが若者と別れてすぐにベータの声がした。
「はあ。よかった。待ち合わせ場所をブロック広場にしたのは不味かったわね。人が多すぎるもの。それで、マスコミには追いかけられてない?」
「撒いてきたところだ。ダイラス=リーンのマスコミもやってくれるものだよ」
「本当に。警察の公式記者会見前に名前と写真付きで報道してるんですもの」
ベータはそう告げてダイラス=リーン・ポストの一面を見せた。
そこには『海賊退治の英雄。乗客54名を救う』という見出しとともに、昨日共闘した退役軍人と若者、そしてエリックの名前と顔写真が掲載されていた。
「ふむ。フィーネのことを嗅ぎつけたのは一社だけのようだな」
「フィーネさんのことも報道されているの? もうマスコミは手に負えない」
ベータはうんざりした表情を浮かべた。
「君たちの時も騒ぎになったのだよ。覚えているかい?」
「世界初のホムンクルス。これは神の領域に踏み込んだのではないか? だったかしら。私は小さかったからあんまり覚えてないけど、毎日毎日お客さんが来たことは覚えているわ。騒々しくて、アルファお兄ちゃんと一緒にメアリーさんと隠れて遊んでたっけ」
「そう、あの時の報道も苛烈だった。だが、今回の報道は少なくとも好意的に扱ってくれている。あの時は賛成と非難がふたつに分かれて、大騒ぎだった。私が倫理を逸脱したマッドサイエンティストだと報じた新聞社もある」
「パパに対して失礼ね。パパはいつだって倫理的に物事を進めているわ」
ベータは頬を膨らませてそう告げた。
「実際のところ、あの時は倫理のすれすれだった。ホムンクルス──それも人間のホムンクルスを生み出すということについて世間の議論が結論を出したわけでもなく、人間のホムンクルスを生み出す技術はあってもルールはなかったに等しい。私は実験が成功した場合に私の子供として認めてもらえるようにし、実験が失敗した場合でもひとりの人間として葬儀が行われるように手配しただけだ。ルールなき実験は確かにマッドサイエンティストと罵られても仕方がない」
ホムンクルスをどう取り扱うかはその技術が発見されてから、永久に結論の出ない議論の的であった。ホムンクルスという存在を認めるのか、認めるとしてどのように扱うのか、そもそもホムンクルスという存在を作ること自体が著しく倫理に違反するのではないか。そういう討論が繰り返されてきた。
そんな中でエリックは『生み出されたホムンクルスを人として認める』という条件を整えて実験に臨んだ。生まれても、死んでも、人として扱われるように努力した。
世間の論争には実際にホムンクルスが生み出され、人間として人権を持ち、自由な存在として扱われたために、ようやく終止符が打たれた。だが、エリックはアルファとベータを生み出したときにルールがほぼなかったのは事実だ。
科学者も魔術師も倫理を大事にしなければならない。そうしなければ、倫理の道を外れた世間にとって受け入れられず、害となる発明が生み出される。それは人間を傷つけ、科学全体と魔術の信頼を貶める。
「さて、警察について回るならマスコミも自重してくれるだろう。ダイラス=リーンにはプライバシーの権利という素晴らしい権利が保障されている。彼らも取材にのめり込みすぎて、留置所に放り込まれるのはごめんのはずだ」
「そうね。行きましょう。心霊捜査官を紹介するわ」
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