9話 王立図書館
王立図書館の古びた紙の匂いに包まれながら、本棚が並ぶ奥へと進む。
人の気配が遠ざかると───
不意に涙がこぼれた。
私を心配する誰かの目を気にして、我慢しなくても良いのだと思うと……今まで抑え込んでいた激しい感情があふれ出し、涙が止まらなくなった。
異国の本が並ぶ背の高い本棚の陰へ行き、冷たい壁に凭れながらたまらず泣き崩れた。
「ううっ…! うっ……」
(私だって好きで醜く産まれたわけではないわ! 誰だってアンヌ様のように、美しく生まれたいと思うはずだもの!)
こんなに私の心は荒れているのに、人前で傷ついていないフリをするのは本当に辛い。
『醜い君と誓いのキスをするのかと思うと……生理的に僕はずっと嫌悪感で吐きそうだった!』
フレデリック様に言われた惨酷な言葉は、私の心を深く抉り、本当はすごく傷ついていた。
「私っ……私だって……美しくなりたい。出来ることはしたわ! ううっ……」
(長い髪には艶が出るまで何度も、何度もブラッシングをしているし。顔には卵の殻についてる膜を張り付けて美容パックもしたわ!)
『君は学園で一番醜い『カマキリ令嬢』だと笑いものにされているじゃないか!』
「自分が言い出したくせに……っ! 全部、あなたたちのせいでしょう⁉」
(ドレスにだって、自分で刺繍を入れたりリボンを作って付けたわ。やれることは全部したのに! ……それでもお金が無いから、メガネだけはどうしようも無かったのよ!)
「それなのに……っ……ひどい! ひどいわ……っ!」
フレデリック様にほとんど一方的に責められて理不尽だと思う一方で。
私に叩きつけられた侮辱の言葉が、いつまでたっても耳の奥に残りワンワンと響いている。
こんなに腹が立っているのに。フレデリック様が言ったことは、すべて本当のことだと思ってしまったからだ。
『アンヌが綺麗だから、君は彼女に嫉妬しているのか? 君は容姿だけでなく、性格も醜いな!』
「ううっ……ふぅ……もう嫌っ! ハンカチが濡れてグショグショだわ……ううっ……」
それなのに涙だけでなく、鼻水までタラタラとたれてくる。
「もう…! ハンカチを……二枚持ってくれば良かった……っ…」
壁際の床に座り込みグスッ。グスッ……と鼻をすすっていると──
「コレを使うと良い……」
「……っ⁉」
頭のすぐ上から男性の低い声が聞こえ、私は驚いてパッと顔をあげた。
泣き続ける私に見かねたらしい。
見知らぬ男性が傷だらけの大きな手で、私に白いハンカチを差し出してくれている。
「……やっ!」
(誰? いつの間に人が……⁉ 足音も聞こえなかったのに!)
自分の荒れた感情に囚われていた私は、すぐ近くに誰かが来たことにさえ気付かずに泣いていたのだ。
男性に泣き顔を見られたくなくて、私はすぐに手で顔を隠して下を向く。
私がハンカチを受け取りやすいように。男性はすぐ前でハンカチを差し出しながら、床に片膝をついた。
恥ずかしくて私は相手の顔を見あげられなかったけれど。
その人が履いていた革のブーツと大きな宝石が嵌まった剣の柄が、床に座り込んだ私の低い視界に入る。
「……っあ」
(大きな剣! この人は騎士なの?)
騎士が腰に下げた宝石が嵌まった立派な剣を、私はマジマジと見てしまう。
「遠慮しないで使ってくれ、返さなくても良いから。……それとも家まで送って行こうか?」
「い……いえ、あ……ありがとうございます……」
(優しい声だわ。ぜんぜん知らない人なのに……私が泣いているから、気を使ってくれている)
私は騎士からハンカチを受け取り借りて顔をぬぐった。鼻水がいっぱい垂れていては、恥かしくて顔も上げられないから。
「泣きたい時は誰にでもある。オレもほんの数日前までそんな場所にいたから……君の気持ちが良くわかるよ。本当はオレも大声で泣きたかった」
「え……?」
騎士は私を慰めようとしているのだろう。
強くて勇ましい誰よりも涙には縁遠い印象がある、騎士職の人から意外な言葉を聞いた。
思わず私は顔を上げて相手の顔を見た。




