10話 傷だらけの騎士
王立図書館の最奥で冷たい床に座り込んで、惨めに泣き続ける私を憐れに思ったらしい騎士が声をかけて来た。
その騎士の顔を見て私は息をのんだ。
「……ハッ!」
(傷が……!)
ハンカチを渡してくれた大きな手も傷だらけだったけれど。騎士の顔には目の横から顎にかけて、ギザギザとした大きな傷痕が頬にあった。頬以外にも小さな傷痕がたくさんある。
「ああ、すまない。こんなに醜い傷痕が顔にあると、若い女性は怖がるのを忘れていたよ」
私が驚いて言葉を失っていることに気づいた騎士は、顔の傷痕を隠すように自分の頬に手をそえた。
「い……いえ、怖くはありませんが。その……治療師様の治癒魔法を受ければ、一瞬で傷痕も残らず完治すると聞いたことがあります」
治癒魔法を使う治療師への報酬はとても高く、私たちのような貧乏貴族にはあまり縁がないが。
どこの騎士団でも普通は専属の治療師を雇っているから。騎士たちは無料で治療を受けられると聞いたことがある。
「ああ。ケガを負った時、オレよりもずっと重傷の騎士たちがいたから。命の危険が無かったオレは、薬を塗って我慢することにしたんだよ」
「まぁ……それはお気の毒に。そんなに大きな傷だと、さぞ苦痛を感じたでしょう?」
(腕や足ではなく、顔の傷だと痛みもより強く感じたはずだわ)
それでも他人に治療の機会を譲ったのだから、目の前にいる騎士は高潔な心の持ち主なのだろう。
「君は……大きな傷痕のせいでオレの顔が醜く見えることよりも。傷痕が残ってしまった原因の方が気になるのか?」
「ええ。気になります」
(だって、いくら騎士でも一番目立つ顔に大きな傷痕を残したままの人なんて、見たことがないから。まぁ騎士に会う機会なんてあまり無いから。騎士の顔を眺めること自体が少ないけれど)
「ふふっ……オレの顔が怖くないなら良いか?」
ニコリと笑った騎士に大きな手を差し出された。
私がその手を取ると、床に座り込んだ私を力強くグイッと引き上げて立たせてくれる。
「あっ! ありがとうございます」
「いくらオレが女性の気持ちがわからない野蛮人でも。若いお嬢さんを冷たい床にいつまでも座らせておくのは気が引けるからな」
「ふふふっ……私にハンカチを貸してくれた、騎士様が野蛮人だなんて。誰も思いませんよ」
(親しみを感じる優しい声だわ。たぶんこの人の人柄なのね)
騎士の明るい声につられて、私は自然と微笑んだ。
「そうかな……?」
「ええ。紳士の中でも高潔な紳士の心を持つかただと思います。 …あっ! 違うわ。騎士様だから……騎士の中でも、高潔な騎士様。……と言った方が正しいのかしら?」
私の前に立つ騎士は見上げるほど背が高い。肩幅は広くて胸板も厚く、騎士らしい大柄な男性である。
女性にしては背が高い私でも、隣に立てば小柄に見えそうなほど。
「あまり褒めないで欲しい。君のような魅力的なお嬢さんに、そんな言葉をもらうと……オレは勘違いをして自惚れてしまいそうだから」
騎士はおどけた態度で肩をすくめ、両手をあげた。
「まぁ! 私が魅力的だなんて……お世辞でも初めて聞いたわ? 騎士様はお優しいのですね」
(長い前髪で顔が半分隠れているから、瞳の色は良くわからないけれど。たぶん濃いトーンの色なのはわかるわ)
騎士の肩まである長めの髪は青みをおびた黒。あまり髪に艶が無く痛んでいるのをみると、手入れに気を使ったことがないのだ十五歳
年齢は私よりも十歳か、十五歳ぐらい上に見える。声は若々しいから、傷のせいで老け顔に見えるのかもしれない。
「いや。オレはお世辞が言えるほど上品な質ではないよ」
「ふふふっ……でも嬉しいわ。そういう騎士様の方が私は魅力的だと思います」
(自分でも卑屈になっていると、自覚があるわ。でも好感を持った男性に『魅力的』だと言われるのは、今の私には最大の慰めだわ)
「参ったな……君はそう言ってくれるけれど。数日前に王都の実家に帰ったとき、どこかの令嬢がオレを出迎えてくれたのだが………」
顔をしかめて、話の途中で言葉に詰まる騎士。私は先が気になり続きをうながした
「んんん…? 出迎えられて……それでどうしたのですか?」
「オレの顔を見た瞬間、その令嬢は叫び声をあげて気絶したんだ」
「……あら」
「どうやらその令嬢はオレの見合い相手だったらしくて。その場で令嬢の母親に断られた。 地方の騎士団に所属するオレに、恋人もいないのを両親は心配したらしいのだが……」
騎士は頬にある大きな傷痕を指でなでながら、ものすごく嫌そうな顔をする。
「まぁ、そんな……騎士様には迷惑なお話ですこと」
(だって自分で望んでもいない見合いをいつの間にか組まれて。それも一方的に相手から、断わられたというコトでしょう?)
「オレが顔に傷跡を作る前は、どちらかと言うと女性に好かれる顔だったから。相手の令嬢は傷の無いオレの顔に期待していたのだろうなぁ……」
「ああ……」
(つまり騎士様は……以前はとてもモテていたと?)
「親類縁者たちの中から未婚の女性たちが、何人もオレに会いに来たが。全員、そんな調子で、オレの顔を見ては叫ばれて、気絶されてをくり返して………」
冗談にしか聞こえないけど。
心底うんざりしているような騎士の顔を見ると、どうやら実際にあったことのようだ。
「悲……悲惨なお話ですね。私も先日婚約を一方的に破棄をされて、落ち込んでいましたが」
(浮気をされたうえに『容姿が醜い』……という理由で捨てられたことに、私は深く傷ついていたけど。それがささやかな問題に思えてしまうぐらい、騎士様は残酷なあつかいを受けたのだわ)
私は会ったばかりの騎士に同情したけど。
「まぁ、オレとしては勝手に決められた見合い相手に、気に入られずに済んだのは幸運だったと思っているけどね」
「あら……」
(そうなの? 私のように傷ついていないフリをしているのでは?)
ジッと騎士の顔を見て様子をうかがったけど。どことなく意地悪そうにニヤリと笑っているのを見ると、騎士は本当に気にしていないようだ。
私の涙はいつの間にか乾いていた。




