11話 傷だらけの騎士2
本棚に隠れて泣いていたら、傷だらけの騎士に声をかけられた。
そのうえグショグショになった私のハンカチの代わりに、騎士は自分のハンカチを貸してくれた。
今まで私にはほとんど接点が無かった騎士という職業の人だから。初めて会った慣れない相手への緊張から、私はぎこちなく接していたけど。
気さくな騎士の態度には、こちらが話しやすくなるよう『泣いていた私を気づかい、配慮してくれている』と読み取れたし。
それに読書という私の得意分野を騎士が話題に選んだことで、私の緊張はうすれ簡単に打ち解けることが出来た。
「そうだ……! お嬢さんはスモワ女史のゴシックミステリーを読んだことはあるかな?」
私たちはいつの間にか笑いながら、お互いの好きな本をすすめ合っていた。
「ああ、はい。スモワ女史の本は私のお気に入りです。出版されている本は、全部読みました」
(まぁ! この人は女性の読み物だと、世間の男性たちから軽く扱われがちなスモワ女史の本を読んだの⁉ すごいわ! この人は本当に読書家なのね!)
私にとって目の前の騎士は見知らぬ男性で、本来はもっと警戒心を抱くべきところだけど。
そこは何と言っても相手は名誉と道徳を重んじる、高潔な騎士道精神を叩き込まれた人だから。
自分が『犯罪に巻き込まれることはない』『女性の私を傷つける人ではない』……と。私は騎士という職業の人を信じていた。
逆に言えば相手が騎士でなければ、大好きな本の話題が出ても私は簡単に打ち解けはしなかっただろう。
「ふふふっ……お嬢さんがスモア女史の本が好きなら。ジョン・グラッセルが書いた『アドジール王家の事件簿』というシリーズを知っているかな?」
「……いえ、アドジール王国という、遠い国の名前だけは知っていますが。そのジョン・グラッセルという、著者のことは知りません」
「そうか。……グラッセルはレイロッジ出身の歴史研究家だから、君が知らなくても無理ないよ」
知る人ぞ知るという著書らしいけど。
この『アドジール王家の事件簿』はアドジール王国の王家について、生涯を通じて研究したジョン・グラッセルが残した集大成だった。
王家で起きた過去の事件を調査して検証したという内容で、そのシリーズの翻訳版が我が国で出版されたのも二十年ほど前。
そして私が産まれる前に著者は亡くなっている。
「まぁ、レイロッジ王国の作家ですか? 騎士様はなんて博学なの?」
確かにグラッセル氏の母国レイロッジ王国は、海を越えた向こう側にある国だ。騎士の言うとおり私が名前を知らなくてもおかしくない。
「いやいや、博学だなんて……単にオレは仲の良い司書にすすめられて、たまたまその本を読んだだけさ。でもそれが思いのほか面白くてね」
騎士は傷痕だらけの大きな手を顔の前で振って苦笑する。どうやら私の誉め言葉に照れているらしい。
「図書館の司書と仲良くなるほど、騎士様は読書をされているのですね?」
「まぁ、それは否定しないけどね」
「ふふふっ……羨ましい。私もこの図書館の司書と仲良くなりたいわ」
「ああ、そうだ! 他にもおすすめがあるんだ」
騎士は私に広い背中を向けると、本棚の列をキョロキョロと眺めた。
逞しい背中を覆う焦げ茶色の騎士服は古びていて、色が少しあせていた。ところどころ糸が解れて何度も繕ったあとがある。
「……」
(王都ではあまり見たことのない、焦げ茶色の騎士服を着ているけれど。この人はどこの騎士団に所属しているのかしら?)
私の中で騎士に対する好奇心がどんどん膨らんでいった。




