12話 傷だらけの騎士3
王国には大小合わせてたくさんの騎士団がある。
その中には国が運営している王立騎士団や近衛騎士団もあれば、地方の有力貴族が運営する私設騎士団もある。
他にも国境騎士団や辺境で発生する魔獣を専門に討伐する騎士団なども。
(王都では見たことのない騎士服を着ているから。……たぶんこの騎士様は地方の騎士団に所属しているに違いないわ)
騎士が高い棚に並べてある本を取ろうと腕をのばした時、カチカチと金属がこすれる音がした。
腰に下げた大きな剣と剣帯をつなぐ金具がこすれて鳴った音だ。
何気なく私は音を発した騎士の腰に下げられた剣をチラリと見る。
貴族が好みそうな華美な装飾は一切無く、どちらかというと無骨な印象の剣だけど。
「……っ」
(素人の私には剣のことはわからないけど。剣の柄に嵌められている大きな宝石が美しいわ……)
卵サイズの青緑色の宝石が私の目を引いた。こんなに大きな宝石は見たことが無かったから。
自分自身を宝石で飾りたいとは思わないけれど。お洒落をしていなくても、私も女性だから綺麗な宝石には普通に興味がある。
(すごく立派な剣だわ。宝石だけでも高価そうね! すごく大きい石! ……この騎士様はもしかしてとても裕福な人かしら? 高位貴族の生まれとか?)
そんなことを考える自分は淑女として、はしたないとわかっていても。思わず騎士の愛剣を見て値踏みしてしまう。
本を手に取った騎士が振り向き、まじまじと剣を見つめる私の視線に気づく。
「この剣が気になる?」
「え…? あ、はい。とても美しい剣ですね」
「確かにこのままでも美しいね。でもこの剣は本来の役目を果たす時が、もっとも美しく見えるんだ」
「もっとも……?」
「うん。この剣の能力を引き出した時が一番綺麗なんだよ」
「……剣の能力?」
いまひとつ理解ができずに、私が首を傾げると……
「口で説明するよりも、自分の目で見た方が早いな……」
騎士は手に持った本を目の前の棚に置くと、自分の腰に下げた剣の柄をにぎる。
鞘から剣を少し引き抜いて私に刃を見せた。
「……ん?」
(何かしら? 刃が完璧に研がれているのが美しいということかしら?)
「お嬢さん、刀を良く見ていろよ」
「はい……?」
私が首を傾げてうなずくと騎士は自慢げにニヤリと笑う。傷痕だらけの手で剣に嵌まる青緑色の宝石に触れる。
──ふわりと刃が発光した。
「……えっ⁉」
「この剣は対魔獣戦用の『魔剣』なんだ」
「魔剣⁉」
「この剣の石は単なる装飾用の宝石ではなく、魔法士の魔力を増幅させて攻撃魔法を最大限に引き上げる魔石なのさ」
「魔石……? 魔石も魔剣も初めて見ました!」
(それに今、魔法士と言ったわ! この人は魔法が使えるの⁉ ……つまり魔法騎士⁉)
「まぁ、一般人なら見たことが無いのが普通だな。この剣もオレの家に代々受け継がれてきた、いわゆる家宝だし」
いくら騎士でも貴重な『魔剣』と呼ばれる特別な剣を、家宝でもなければ簡単に手に入れられるはずがないのだ。
「……っ!」
(代々受け継がれてきた家宝……? やっぱりこの人は高位貴族出身のようだわ)
そして対魔獣戦用の魔剣を腰に下げているのだから、恐らく私の予想通り。
この人は地方で活躍する、魔獣討伐専門の騎士団に所属している騎士に違いない。
本来なら私のような没落寸前の貴族令嬢が、気軽に声をかけられるような相手ではないはずだ。
(名前を聞きたい。どこの誰なのか、騎士様の名前が知りたいわ!)
強い好奇心にかられた。
でも私は未婚のうえに未成年の女性。そんな私が誰かに紹介もされていないのに、自分から男性の名前を聞き出そうとするのはあまりにも不作法なことで。
本のことで長年の友人のように打ち解け合っても。結局、私は騎士の名前をたずねることができず。
騎士も自分の名前を私に明かさず。私の名前を聞かなかった。
終始、騎士は私を『お嬢さん』と呼び、私も『騎士様』と呼んだ。
最後まで騎士の素性はわからなかった。
私にわかったことは騎士が熱心な読書家で知的な人物だということ。
それと魔獣は王都の近辺では、ほとんど見つからないから……たぶん辺境で活動する対魔獣討伐専門の騎士団に所属していて、騎士自身は魔法が使える魔法騎士。
……そして、惨めに泣く私にハンカチを貸してくれるほど親切で。
婚約破棄で負った私の傷を、楽しい会話で癒してくれた優しい男性。
思わずこの私が胸をときめかせて、淡い恋心を抱いてしまうほど素敵な人だった。




