8話 私の未来
別れの挨拶をするとき、友人のイネスが私の手にある本に気づいた。
「あら、レオニーは今日も王立図書館へ行くの?」
「ええ。コレを返却して新しい本を借りたいの」
私は手に持った本を友人のイネスに振って見せる。
「まぁ! もう読んでしまったの? ずいぶんと早いわね。面白かった?」
「ふふっ……まぁまぁかしら」
(本当はまだ、半分しか読んでいないけれど。続きは図書館へ行ってから読むつもり)
フレデリック様に婚約破棄を言い出されてから、私はそのショックで読書に集中できなくなっていた。
友人たちはそんな私を懸命に慰めようとしてくれるけれど。
でも──
“どうやって慰めれば良いのかわからない”……と、友人たちが私の扱い方でオロオロしているのを感じる。
「レオニー、一人で大丈夫? 私も一緒に行きましょうか?」
“一人は寂しくない?”……と、イネスの瞳に私への心配が浮かんでいる。
貴族の未婚女性なら、普通は一人でフラフラと出歩いたりしない。特に私の場合は家庭の事情(お金の問題)で侍女もついていないから。
「ふふふっ……次に借りる本は決めているの。すぐに帰るつもりだから一人でも大丈夫よ、イネス」
「本当に? 遠慮しなくて良いのよ。必要な時は誘ってね、レオニー」
「ありがとう。ふふふっ……」
(私、上手く笑えているかしら? 嘘をついてごめんなさい、イネス。本音を言うと王立図書館には、一人になりたくて行くの)
真っ直ぐ家には帰りたくない。だって家にも私を心配してオロオロする家族がいるから。
私を大切に思ってくれる人たちの前で、元気なフリを続けるのはとても疲れる。
身の危険や世間体を考えると、未婚の女性が1人になれる場所は限られていて。
そんな中で貴重な本を守るために、王立図書館の警備体制はしっかりしているから。私のような未成年でも安心して行けるのだ。
それでも私のように一人で行く人は珍しいけれど、ダメではない。
3日前。
キンレット男爵家にウォルコート子爵家から、正式に婚約破棄の書類が届いた。
その時のお母様とお兄様とのやり取りを思い出す。
『こんなことになって。本当にごめなさい、お母様……』
自分の不甲斐なさが申し訳なくて謝ると、お母様は私を温かい腕で抱きしめてくれた。
『フレデリック様には困ったものね。浮気をしたうえに婚約破棄だなんて』
『……はい』
私が学園に入学した時から、フレデリック様はいつもアンヌ様と一緒だった。すぐに浮気されていることに気付いたけど。
フレデリック様に裏切られているとわかっていても……
領地を運営するのに忙しいお母様とリュシアンお兄様に心配をかけたくなくて、私はそのことを黙っていた。
『でも母上。あんなどうしようもない浮気男と、レオニーは今のうちに別れられて幸運だと思いますよ』
『まぁ……それもそうね』
『だからレオニーも、そんなに落ち込むなよ。あんな浮気男のことなんて早く忘れるんだぞ?』
年を重ねるごとに亡くなったお父様に似てくるお兄様は、私の肩に手をのせてニコリと笑う。大したことでは無いと言いたげに。
私はお兄様の笑顔につられてほほ笑み、ハァ──……とため息をつく。
『はい、お兄様……』
『そうよ、レオニー。もっと良い結婚相手を私たちが見つけてあげるから』
『そろそろレオニーにも、社交デビューの準備をさせないとな』
『はい』
(たぶん……社交デビューしても、条件が悪すぎる私の結婚相手は見つからないと思う)
フレデリック様が言ったように私の容姿は良くない。それに家は借金まみれで持参金も期待できない。
私の良いところは若くて健康なことぐらいで、他には何のうま味もない。
学園の成績は良いほうだけど。淑女に学業の成績はあまり求められていないのが、現在の結婚市場の傾向らしいから。
むしろ成績が良過ぎるとその知性のせいで傲慢になり、夫に対して反抗的な態度をとるのではないかと敬遠される。
良い淑女の条件には適度に学業の手を抜くことも重要だと、お母様に聞いたことがある。
だから離婚歴があったり子持ちで私よりもずっと年上の男性でも、私を選ぶ人はいないだろう。
今の私は窮地に立たされている。
(このままではキンレット男爵家に生まれた者として、何の利益も生まない私は領地民たちに貴族の義務も果たせないわ)
──でも、何の希望もないわけではない。まだ道はある。
「……」
(私に残された道は家庭教師の職に就くか、どこかの老婦人の付き添い役になることぐらいだけど)
職業婦人への道なら学業成績の優秀さが私を魅力的に見せ、雇い主たちの心をひきつけられる。結婚市場とは真逆の評価が求められるのだ。
それに私の容姿が悪ければ夫を盗まれる心配が無いと、その家の奥様に好まれるはず。
(やっぱり私の未来は……職業婦人の道へ進むのが相応しいわ。その方が自然な成り行きだと思う)
だからこれからは社交デビューよりも学業を優先したほうが、きっと今後のためになるはずだ。




