7話 輝ける未来
僕もウォルコート子爵家の後継者として、政略結婚は避けられないことは理解していた。
「──でも、レオニーはいくら何でもひど過ぎるだろう?」
……といつも思っていた。
長くて重そうなボサボサの髪を三つ編みにして背中にたらし。分厚いメガネごしだと奇妙に歪んで見える目で、僕の顔をジッ……と睨むように見つめる。
『レオニーはとても目が悪いので……』
『目が?』
『ええ。あんなふうにあなたの顔を不作法にジロジロと見つめてしまうことを、どうか許して下さい。レオニーもフレデリック様のことを、もっと知りたい思っているのですよ』
初対面の時にキンレット男爵夫人に、そう謝罪されたけど。
でも初めて会った時からレオニーのそういう、僕を観察するような視線が不気味で気分が悪かった。
分厚いメガネのせいで表情が読み取れず、何を考えているかわからないし。
心の中で僕を見下しているようにも見えて、初めから大嫌いだった。
そんなレオニーの姿が、ずっと何かに似ていると思っていた。つい最近、ようやく何に似ているか気が付いた。
「ああ、カマキリだ!」
子供の頃、子爵邸の庭園で。
メスのカマキリが交尾の最中にオスの頭を食いちぎっているのを見かけた。
そのことを家庭教師に話すと。
カマキリのメスは交尾をしたオスを、卵を産むための栄養源にするために頭から食べることがあると聞いた。
その時見た光景がトラウマとなり、僕はしばらくのあいだ庭園に行けなくなったぐらい恐怖を感じた。
「特にメガネごしに歪んだあの萌黄色の瞳がそっくりじゃないか! なぜ今まで気づかなかったんだろう?」
背筋がゾクッとして、吐きそうになった。
分厚いメガネごしでは、いつ会ってもレオニーは何を考えているかわからない顔をしている。そんな顔がオスを食べるカマキリにそっくりだった。
僕と同じぐらい背が高く枯れ枝のようなガリガリの身体のレオニーが、初夜で“交尾”を終えた僕を頭からバリバリと貪り喰う。
そんなレオニーの姿を思わず想像してしまいブルッ! と震えた。
「ううっ……気持ち悪いっ!」
もちろん、実際に僕の頭をレオニーが食べることはないけれど。
結婚して僕が爵位を継承したら……レオニーはキンレット男爵家の借金返済のため、僕の頭のかわりにウォルコート子爵家の資産を貪り喰うのではないかと。
──そう考えると僕のバカげた妄想だと、簡単には片づけられない。
そんな僕に運命の出会いがあった。
父上を新しい事業に誘った、リプリー伯爵家が開いた夜会に参加した時のことだ。
「フレデリック様。ずっとお話したいと思っていました」
「ア……アンヌ嬢…」
「お父様から、あなたがとても素敵な紳士だと聞いていたので。うふふっ……」
「リプリー伯爵がですか?」
「はい。フレデリック様とお会いするのを楽しみにしていたのですよ」
「光……光栄です、アンヌ嬢!」
小柄で華奢な姿は儚げで。
フワフワと金の髪を揺らしながら、青く大きな瞳で僕を上目づかいで見つめるアンヌの姿は……
見れば見るほど僕の理想そのものだった。
僕は一瞬で恋に落ちた。
「フレデリック、アンヌ嬢と親交を深めておきなさい。彼女はまだ婚約者がいないそうだからな」
「……えっ?」
父上は僕に耳打ちをするとニヤリと笑った。
……つまり父上は僕の婚約者ごとキンレット男爵家を切り捨てて、リプリー伯爵家に乗り換えるつもりなのだ。
「はい、父上。お任せください!」
(やったぁっ! レオニーと結婚しなくてすむぞ!)
将来の結婚のことを考えると憂鬱になっていた僕の心は、父上の方向転換でパッ! ……と晴れた。
僕は何の憂いもなくなりアンヌに夢中になった。
学園の裏庭でこっそり二人でキスをした時は、アンヌ以外の誰かと結婚はできないと思った。特にレオニーとは。
レオニーとキスすることを想像したら吐き気がしたからだ。
父上の指示でレオニーに関する醜聞を、アンヌと二人で広めた。後で婚約破棄をしやすくするために。
面白いぐらいに学園で醜聞は広がり僕たちの思いどおりになった。
……そしてずっと僕の将来に影を落としていた、レオニーを追い払うことができたのだ。




