6話 婚約破棄2
フレデリック様はまるで火が付いたように大声で怒鳴った。
私の身体は怒鳴り声でビクッ! と震え、無意識のうちにフレデリック様から距離を取ろうと一歩下がる。
「ひどいのは君の方だろう!」
「私のほう? ど、どこがですか? 私はずっとフレデリック様の望み通りにしてきました。それなのに……っ!」
(結婚すると思ったから……今までフレデリック様の侮辱にも耐えて来たわ。アンヌ様との浮気も見て見ぬフリをしてきた)
「本当に何が悪いのか、わからないのか? 君は学園で一番醜い『カマキリ令嬢』だと笑いものにされているじゃないか!」
これ以上は私に反論させたくなくて、怯えさせようとしているのか。フレデリック様は大声で怒鳴り続けた。
「でも、それは……フレデリック様自身が学園に入学したばかりの私に『カマキリ令嬢』と名付けて、バカにしたからでしょう?」
(それを浮気相手のアンヌ様が、学園中に広めた! 元はフレデリック様の軽口から始まったのが原因だわ!)
ずっと言いたくても恥かしくて我慢していたことが、たまらず私の口から飛び出した。
「君がそう言われれば僕のために少しは綺麗になろうと、努力するかもしれないと思ったからだ! その瓶の底のような分厚くて不気味なメガネを、変えるぐらい簡単にできたはずだ」
「こ……これは…っ…」
(だからメガネを買い替えるだけのお金が無いのよ!)
私の視力だとこれ以上は、通常のメガネではレンズを薄くできないから。
あとは宝石よりも高価な魔石を使った魔道具の、特別なメガネしかフレデリック様の希望に添うことが出来ない。
私はグッ……と言葉につまった。キンレット男爵家が、お金が無くて私のメガネを買い替えることができないとは言えない。
たとえキンレット男爵家が貧乏なのが周囲に知られている事実でも、私は貴族だから。
日夜身を粉にして働くお兄様とお母様のことを思うと。
貴族としてキンレット男爵家の誇りを守るために、口が裂けても深刻なお金の問題があるとは言えない。
言い返すことができず言葉に詰まり黙っている私を、フレデリック様がニヤニヤと笑って満足そうにしているのを見て気づいた。
(卑怯者!)
フレデリック様もキンレット男爵家の事情ぐらいはわかっているはずなのに。私が言い返せないことを知っているから、わざとそのことで私を責めているのだ。
「僕が君の醜い容姿のせいで、どれだけ恥かしい思いをしたことか。君は何も知らないだろう?」
被害者ぶったフレデリック様は、卑怯者らしく私を責める手をゆるめる気は無いらしい。
「フ……フレデリック様こそ、浮気相手のアンヌ様が私のことを……『カマキリ令嬢』だと学園中で広めるのを、なぜ止めなかったのですか⁉」
「アンヌが広めなくても、君の醜さに変わりはないさ。僕の恋人を悪く言うな!」
「そんな理屈……っ…!」
(メチャクチャだわ!)
確かに私の背はフレデリック様と同じぐらい高く、身体は枯れ枝のように痩せていて長い髪は平凡な茶色。
珍しい萌黄色の瞳は長時間の読書で視力が落ちて、ぶあつい眼鏡をかけているから。
レンズを通すと奇妙に歪んで昆虫の目のように見える。
……でもフレデリック様が私をカマキリ令嬢と呼ぶ前は、醜いと言われたことはない。
人より私が地味で美しくないのは認めるけど。
「アンヌが綺麗だから、君は彼女に嫉妬しているのか? 君は容姿だけでなく、性格も醜いな!」
「ひどいわ……!」
悔しいけれど自分と比べることもできないほど、何もかもアンヌ様は私よりも格上だから。
アンヌ様との美醜の差は大きいと、私自身が痛いほどわかっている。
「正直に言うぞ! このまま婚約を続けて婚姻の儀式で、醜い君と誓いのキスをするのかと思うと……生理的に僕はずっと嫌悪感で吐きそうだった! でも、ようやく君から解放される」
「……っ!」
(吐きそう? 私とのキスがそんなに……?)
私も正直な話。学園に入ってから私もフレデリック様のことが嫌いになったから。皮肉にもフレデリック様の気持ちが理解できるつもりでいた。
でも生理的に私を受け入れられないとまで言われては、ただ嫌いだと言われるよりもショックが大きい。
頬がカッと熱くなり、自分が真っ赤になっているとわかる。
「とにかく、ラプリー伯爵家から僕にアンヌ嬢との縁談が来ているんだ。卒業したらすぐに彼女と結婚するつもりだ」
「……まだ私と婚約しているのに縁談ですって⁉」
(こうなるかもしれないと、少しは予想していたけど。ここまで侮辱されるなんて)
何かを言い返せば、さらに屈辱的な暴言が返って来る。私はこれ以上、何も言えない。
私はぶるぶると屈辱で身体を震わせながら、唇を噛んだ。
「わかったな、レオニー? 本当に僕はこの婚約が苦痛だった。でもこれで君とは本当の他人になれる!」
「……」
お前の顔を見るのも嫌だと、フレデリック様はフンッ! と鼻をならし、一度も振り返らずに去ってゆく。
私は呆然とフレデリック様の背中を見送った。




