75話 愛する夫と愛する妻
ベルナール様は私を抱き上げると。私が寝ていた寝椅子に腰をおろし。自分の膝の上に私をそっと下ろす。
温かい腕に包まれながら、ようやく私は素直な気持ちをベルナール様に告白する気になった。
グズグズしていたら、言い出す勇気を失ってしまいそうだから。この機会に疑問に思っていたことも、全て問いただすつもりだ。
──ベルナール様を送り出したあの夜からずっと……自分の気持ちや、私が勝手に思い込んでいた私たちの関係について。
もっとたくさん話し合わなかったことを後悔していたから。
「私はベルナール様のお飾り妻になるのだと、覚悟を決めて嫁いで来ました。でも、自分ではどうしようもなく、あなたが好きで……愛しいのです」
(私はこれ以上、お飾り妻では満足できない。あなたの全てが欲しい)
「レオニー……その気持ちは本当なのか? 私のために優しい嘘をついているのではないのか?」
私の告白を聞きながらベルナール様は少し緊張し、私の目をジッと見つめた。
「いいえ、本当の気持ちです。あなたの求婚を受けたときの私は、無知で未熟な子供だったけど……今は違います」
(私は浅はかだった。ベルナール様のような魅力的な人の妻になって、夫を愛さずにいられると本気で思っていたなんて)
「レオニー……信じられないよ。評判の悪い私が君に愛されているなんて」
「今まで私は自分が傷つきたくないから、放蕩者と呼ばれるベルナール様の、お飾り妻だと頑なに言い張っていたわ」
だから今さら告白する私を、ベルナール様が疑う気持ちもわかる。
「……でも信じて下さい、ベルナール様」
今は自分を守ることよりも、優先しなければいけない大切なことがある。私たちはもう一段、上の関係を築かなければいけない岐路に立っているのだ。
「そうか、レオニー……嬉しいよ」
私の真摯な気持ちが通じたらしく、ベルナール様はフッと緊張を解き笑った。
「べ、ベルナール様。大切な話があります」
「ん?」
緊張で口がカラカラに乾く。唇をペロリと舐めてから話し始めた。
私は子供が宿る自分のお腹を撫でて……
「ココに……赤ちゃんがいます」
「……なっ? ええっ……⁉」
ベルナール様はお腹を撫でる私の手の動きを目で追い、驚愕の表情を浮かべる。
「レ……レオニー⁉」
ベルナール様は私のお腹と顔を交互に見た。
私は早くベルナール様の感想を知りたくて、たずねた。
「ベルナール様の赤ちゃんを妊娠しました。嫌ですか?」
「レ、レオニー……そんなことをたずねないで欲しい。私が嫌と言う訳がないだろう?」
「本当に?」
(喜んでくれる?)
「疲れが全部、吹き飛んだ! 嬉しいよ!」
私の首筋に甘えるように鼻をこすりつけ、ベルナール様はキスをした。
「ココに私たちの子がいるのか……?」
「ええ、いますよ」
ベルナール様は感嘆し、恐る恐る私のお腹を撫でた。
「わぁ、嬉しいよ……! 君と初夜をむかえたときから、君が私の子供を身籠れば良いと……そう願いを込めて抱いたから」
「初夜で……?」
「今だからハッキリ言うけれど。君に自分はお飾り妻だと言われて、かなり衝撃を受けた。そんなこと一度も思ったことはないのに……」
ベルナール様は曇りのない深い紺色の瞳で、しっかりと私の目を見ながら嘘ではないと、私に伝えてきた。
「……ベルナール様」
(私も今ならわかるわ。ベルナール様は一度も私をお飾りの妻だと言わなかったし。私はそんな扱いをされたこともない。むしろ溺愛されていたわ)
「弁解しようとしても。放蕩者の私ではますます嘘っぽく聞こえて。君の中でとんでもない誤解が深まりそうだったしね」
「あの時はごめんなさい」
私は急に恥かしくなり、苦笑いを浮かべるベルナール様から視線をそらした。
『とんでもない誤解』とは。たぶん……ベルナール様が愛人の子を連れて来ても、私が愛情を持って育てると言ったことだわ。
「出来れば私の仕事が落ちついてから。本当の初夜はゆっくりと迎えようと思っていたけれど」
私はまじまじと夫を見つめた。
「ベルナール様のお仕事とは、いったい何なのですか?」
(そろそろ話してくれても良いのでは?)
「それは……組織的な犯罪を捜査する仕事だよ」
「組、組織的な犯罪……? 捜査? そのお仕事のためにベルナール様は長いあいだ、出かけていたのですか?」
私の問いかけに、ベルナール様は大きくうなずく
「今回の案件はラプリー伯爵が中心となり。貴族たちが隣国から材料を密輸してエフティヒアと呼ばれる麻薬を国内で精製し、王国中に流通させていたんだ」
「ラプリー伯爵が?」
(エフティヒア? 聞いたことがあるわ)
「そんな犯罪に手を染めたのも、ラプリー伯爵領が密輸入先の隣国に接していたからなんだ」
「あっ! だからアンヌ様を誘惑して、魔法で情報を聞きだしていた……?」
「そうだ。だから私は女遊びがしたくて、社交活動をしたことは無いよ」
つまり、ベルナール様が放蕩者と呼ばれているのは。裏を返せば、それだけ熱心に仕事に取り組んでいたということだ。
家を留守にしている間にベルナール様は仲間たちと。
麻薬に関わっていた貴族たちを、おおかた捕縛したらしい。




