74話 帰還
真夜中にベルナール様が出かけて、いなくなってからずっと私の体調が悪い。夫の長い不在が身に染みて、気分が落ち込むことも多くなった。
そんな状態のまま、一人っきりで寂しいベッドにいるのが嫌で。
明るい居間に寝椅子を置き、どれだけ体調が悪くても昼間はずっとそこで過している。
だから昨日、一昨日と同じく。私は今日もそこでフワフワと微睡んでいた。
誰かに頬を撫でられた。
「ただいま、レオニー……」
「……?」
(ベルナール様の声がする。また、夢かしら?)
いつもの幻聴だと思った。
期待しないで目を開くと、そこには……メガネの補正が無いボンヤリとした視界の中に、大きな人らしき姿があった。
慌てて身体を起こすと寝椅子の横に置いた机から、メガネを取ってかけた。
一瞬、夢かと思った。
寝椅子のわきに跪き、ベルナール様がジッと私を見つめている。
「長く留守にして、すまなかったレオニー……」
「あ……べ、ベルナール様⁉」
「本当に、君を一人にしてすまなかった。どうか許して欲しい」
ベルナール様は、私の手を取りそっとキスをする。
「ああ……」
(これは夢ではないのね……?)
大きな手に包まれた、温かな感触が信じられないほど愛おしい。
帰宅したばかりなのか。ベルナール様は二ヵ月前に出かけた時と同じく、王立騎士団の騎士服を着ていた。
でも、出かけた時とまったく同じと言う訳ではない。
今までどこで、どんな日々を過していたのか。着て出た時は真新しくて、パリッとしていた騎士服が──
今は汚れがひどく目立ち、裾は切り裂かれ破れている。それに端整な顔には無精ひげがまばらに生えていた。
不在の間、ベルナールは自分の身なりを整えるヒマもないほど、苛酷な日々を送って来たのだろう。
「ベルナール様…っ! 無事に……無事に帰って来てくれて嬉しい。私……私………」
(たくさん言いたいことがあるのに、言葉に詰まって何も言えないわ)
「心配させてすまなかった」
ずっと待っていた人が目の前にあらわれて、何から話せばいいか分からない。
ベルナール様の優しい笑顔を見るうちに、目の奥が熱くなり……言葉のかわりに涙が溢れ出して私の頬を濡らす。
「ああ……レオニー。全部、終わったよ……全部終わったんだ!」
「べ、ベルナール様……っ!」
ベルナール様は軽々と私を抱き上げ、寝椅子に腰をおろす。自分の膝に私をのせて、頬や額に何度も何度もキスをした。
「……もう、どこにも行かないで下さい!」
「行かないよ。ずっと君の傍にいる」
「私……私は……」
(お腹の中に、ベルナール様の赤ちゃんがいます)
「レオニー……?」
「ベルナール様……私……」
(喜んでくれるかしら? 一度も子供のことを話し合ったことがないから、分からない。……ずっとベルナール様は、お飾り妻の私の子供なんていらないと思っていたから)
私の不安を表情から読み取ったのだろう。ベルナール様の眉間にしわが寄り、心配そうに私の瞳を覗き込んで来る。
言いたいことが次々と溢れて出て、混乱しているけれど。大切なことを一つずつ、順番に伝えることにした。
「何かあったのか?」
「愛してます。ベルナール様……」




