73話 旅の終着
地図を見ながら、逃亡したフレデリックが立ち寄りそうな村を見つけた。
「オーギュスト……ヤツはここらで食料を調達するはずだ」
「そうだな。オレたちの方も尽きそうだから、そこで食料を調達しよう」
「ああ」
立ち寄った村の雑貨屋で食料と魔獣除けの土団子を無事に調達し、フレデリックを見た者がいないかたずねた。
「隣国からの旅人ですか?」
「ああ。貴族なんだが……」
「うう~ん……旅人ねぇ?」
雑貨屋の老婆はチラリと横目で相棒のオーギュストの胸元を見た。
食料を買った時にオーギュストが、上着の内ポケットに財布をしまったところを、老婆が見ていたからだ。
どうやら情報の提供料を催促しているらしい。貧しい村だから仕方ない。
(こちらは腰に剣を下げていて、一目で騎士とわかるから。村人たちも金を要求する以上のことはしないだろうけど)
ハァ──……とオレがため息をついていると。オーギュストは店主の舌がなめらかに動くように、上着から財布を取り出した。
財布の中から隣国で流通している銀貨を、一枚出して老婆の手に握らせる。老婆は満面の笑みを浮かべた。
(やれやれ……)
「そうだねぇ……確か西の谷でどっかのバカが、魔狼の巣に入り込んだって。たぶん、喰われたって話だよ?」
銀貨の効きめは絶大だ。老婆の舌は驚くほど滑らかに動き、オレたちの望みどおりにペラペラと話し始めた。
「それはいつの話だ?」
「先週だったかな、そんな話を聞いたんだ」
「ほぅ……それで?」
「傷だらけの馬だけが西の谷の外れをフラフラと歩いているから。捕まえてみたら荷物が背中にくくられていたとか」
「なるほど……」
オーギュストと老婆の話を聞きながら。オレはリプリー伯爵から取り上げた国境付近の地図を出して老婆に見せた。
「婆さん、“西の谷”とはこの辺りか?」
魔獣が出没するポイントを記した赤い☓印のあたりを指差すと、老婆はうなずく。
「ああ、そこだよ」
「……そうか」
(この村へ来る前、地図を見ながら。“西の谷”とやらは魔獣が出没する危険な場所だと判断して、オレたちは遠回りをしてまで避けた場所だ)
オーギュストは老婆と話を続けた。
「それで喰われたヤツが、どんなヤツだったかわかるか?」
「ああ、それなら村長のところに行くと良いよ。捕まえた馬と荷物が運び込まれたらしいからね」
思わずオレはオーギュストと顔を見合わせた。『どっかのバカ』とは……たぶんフレデリックのことだろう。
「ヤツはやっぱりマヌケだったな」
「ああ。救いようがないマヌケだ」
「死んだなら救う必要もないだろう?」
「まぁ、そうだな」
(生きていても救う気はないが)
オレたちは雑貨屋で聞いた村長の家へ行き、馬と荷物を確認した。
金になりそうな物は全部、村人の手で抜き取られていたが。フレデリックのイニシャルが刺繍されたシャツを見つけた。
それにウォルコート子爵家の名前と紋章が入った土地の権利書まである。
「間違いないな」
「ああ、『どっかのバカ』はフレデリックで間違いない」
「やれやれ」
村長にも話をたずねると。
馬を捕まえた男が西の谷で、魔狼に食い荒らされた死体の一部を見つけたと聞いた。
「フレデリック・ケネスモントの死亡で、逃亡者を追うオレたちの旅もここで終わりにしよう」
「ああ、ベルナール。だが……とりあえず一日だけ、この村で休んで行かないか?」
魔獣の襲撃を警戒しながら旅を続けるには、それなりの気力が必要だ。
「そうだな。冷たくて固い地面で寝るのは明日からにしよう」
「無理をしてオレたちまで、魔獣の餌食になりたくないからな」
小さくて貧しい村だから宿はない。だが、村長に泊めてもらえるよう交渉した。
「とりあえず魔獣を恐れず眠れるのはありがたいな」
(一晩中、火の番を交代でするのも明日からだ。レオニーに早く会いたいけど。自宅を出てから働きづめで、さすがに疲れた)
「ああ……」
普段はひょうひょうとした態度のオーギュストも、疲労感を漂わせている。
ここにたどり着くまでにオレたちも一度、魔獣の襲撃にあった。
北部ほど魔獣の数は多くないが、それでも命の危機を感じたのは確かだ。
フレデリックが招いた死因につながる失敗を、オレたちまで繰り返さずに済んで良かった。
自分が魔法が使える騎士で、家宝の魔剣を所持していたことを、心から女神に感謝した。




