71話 旅の途中
ブリンクロウ侯爵家の夜会でアンヌから聞きだした情報を元に、リプリー伯爵が隣国から麻薬の原料を仕入れる現場を。
我々の手で押さえる千載一隅のチャンスが訪れた。
「作戦は完璧だったのになぁ……」
ハァ───……と相棒のオーギュストが、大きなため息をついた。
問題は我々、王立第四騎士団の実働部隊が作戦の規模からすると。明らかに人数が足りていなかったことだ。
公式には第四騎士団の存在自体が秘匿されているため。表立って騎士団員の募集、増員が出来ないのが原因だった。
秘密厳守が優先順位の一番上にある我々は、こんな時でさえ増員が出来ないのだ。
人数さえそろっていたら、混乱に乗じてフレデリックを逃がすような失敗を犯すこともなかっただろう。
「第二と第三騎士団に支援要請が出来れば、こんなところで野営なんてしないで。今頃オレたちは暖かい自分のベッドで眠れたのに……」
荒涼とした原野の真ん中で、風除けになっている巨岩に凭れ。
オレは夜空に浮かぶ雲の合間から顔を出した、寂しげに光る月を見上げた。
「真冬ではないだけ、良いさ」
(ああ……オレも早くレオニーを抱いて眠りたい。レオニーの肌の匂いが恋しい。あの甘い匂いに包まれたい)
オーギュストと話しながら、オレは近くの村で手に入れた、魔獣が嫌う薬草を練り込んだ土団子をカバンから出した。
パチパチと枯れ枝が爆ぜる焚火の中に、包み紙ごと土団子を一つ放り込む。
火にあぶられ土団子から立ちのぼる、独特な薬草の匂いにオーギュストが顔を顰めて愚痴をこぼす。
「まさか……あのマヌケがここまで逃げ足が速いとは、誰も予想していなかったからな」
「そうだな。この辺りは魔獣が出没する土地だから……土地勘がないオレたちは不利だし」
(まったく。フレデリックのゲス野郎が! レオニーだけでなく、オレたちにまで面倒をかけさせやがって!)
オレはチッ! と舌を鳴らした。
「隣国から仕入れた麻薬の原料と一緒に、リプリー伯爵と共犯者たちを、現行犯で取り押さえたまでは良かったのにな」
「ああ、クソッ!」
──だが。
そのどさくさに紛れてレオニーの元婚約者、フレデリックの逃亡を許してしまった。
フレデリックは麻薬の原料を密輸するルートを使い、隣国へ向かったのは確かだが。
「まぁ……ベルナールがいなかったら、こうして追うことも出来なかったけどな」
「そうだな」
(以前のオレは魔獣が大量に出没する激戦地の、北方辺境騎士団に所属していたから。対魔獣戦は専門だ。むしろ対人戦の経験の方が少ない)
だから団長も魔獣が出没する危険なルートでも。逃亡したフレデリックと同じルートを使って、オレたちに追いかけさせる決断をしたのだろう。
「ところで……フレデリックとかいうマヌケは、魔獣対策をしているだろうか?」
リプリー伯爵が持っていた、隣国と王国の国境付近の詳しい地図を広げて。オーギュストが明日、進むルートを確認する。
地図にはたくさん赤い☓印が書き入れてあり。その☓印は魔獣が出没した場所のことだった。
オレたちはすでに国境を越えて、隣国に入っている。
「ヤツにとってこの密輸ルートを進むのが、初めてではないのなら。フレデリックも魔獣対策ぐらいはしていると思うが……」
(どうだろう。まさか、そこまでヤツも愚かではないだろう?)
オレは顎に生えたザリザリとした無精ひげを、手のひらでこすった。
「そんなヒマがあったとは思えないが?」
「確かに。あのマヌケは護衛騎士も連れずに、一人で進んでいるかもしれないな……」
ブリンクロウ侯爵家の夜会で、美しく着飾ったレオニーに見惚れて口説こうとしていたマヌケ面のフレデリックを思い出し。オレは首を振った。
「やっぱり、奴はマヌケだ」
「うん。間違いない」
魔獣が出没するルートを使って、フレデリックを追っているため。我々はすぐに追うことが出来ず。
魔獣対策を含めた旅の準備に、少し時間がかかってしまった。
(何の説明もしてやれないまま。レオニーを置いて出て来て、ひと月以上も過ぎてしまったな。きっと今頃、心配しているだろう)
レオニーのことを思い出したら、会いたくてたまらなくなった。
(ああ、レオニーが恋しい。早く帰りたい……)




