70話 不調の中で
出かける前に言っていた予定の二週間が過ぎても、ベルナール様は帰らなかった。
それどころか……三週間が過ぎ、一ヶ月が過ぎたのに何の音沙汰も無い。
「もう、黙って待っていられない!」
(何かあったに違いないわ!)
ベルナール様は、ただ出かけたのではない。騎士服を着て魔剣を腰に下げ、騎士の任務を果たしに出かけたのだ。
それはつまり……『危険がともなう外出』だ。
(心配でたまらないわ! ねぇベルナール様、どうすれば良いの⁉)
いつまで経っても帰って来ない、ベルナール様を捜しに行きたいのに。私は不安で不安で、体調を崩してしまった。
「ベルナール様……本当にどこへ行ったの? 早く帰って来て。あなたの無事を知りたい!」
毎日、吐き気が止まらず。身体も重くて怠い。
あまりにも体調が悪くてイライラと気が短くなり。時には気分が落ちこみ、号泣した。私の感情は体調と同様にコントロールを失って、嵐の中のように荒れ狂っている。
何より異常に眠くて。最近は病人のように、ベッドから出られない日が続いた。
「王立騎士団にベルナール様がどこへ行ったのか、聞きに行きたいのに……ううっ……」
(こんなに体調が悪くては、外出もできない。ベルナール様が傍にいないだけで、こんなに弱くなるなんて!)
あの時、私は彼が出かけるのを止めるべきだった。
「夫がどこで、何をしているのかさえ分からないなんて! ……私はバカよ! なんてダメな妻なの⁉ なぜ黙って見送ったりしたの⁉」
(あの時、素直にベルナール様に従って見送るべきでは無かった!)
あまりの体調の悪さから、お医者様の診察を受けると。妊娠していることが発覚した。
「妊娠初期ですから、安定するまで無理はしないで下さい」
「ありがとうございました」
(夫が行方不明になっている時に、妊娠したことがわかるなんて……こんな状態で、どうやって子供を産めば良いの!)
「──もしも、このままベルナール様が一生、帰って来なかったら……私は……」
私は更なる激しい不安の渦に巻き込まれた。
「不安で、不安で……どうにかなりそう! ベルナール様、早く帰って来て下さい」
(ベルナール様がいたら。私は自分の妊娠に飛び上がって喜んでいただろう)
それに私の妊娠を知った後だったら。ベルナール様は私を置いて、こんなに長期で出かけることもなかったかもしれない。
「いったい……ベルナール様に何が起こったの⁉」
最悪の考えばかりが脳裏を過ぎり。自分が作りだした悪夢に溺れ死にそうだ。
──そのうえ、悪阻がひどく、思うように食事がとれなくなり。常にグラグラと目眩に襲われる日々が続いていた。
どれだけ体調が悪くてもベルナール様は傍にいない。
ついに私は一人では耐えられなくなり、実家からお母様に来てもらうことにした。
「まぁ、レオニー! かわいそうに……」
「お母様、ベルナール様が帰って来ないの!」
「……それは心配ね」
お母様はベルナール様が一ヶ月も不在だと聞くと、何とも言えない複雑そうな顔をする。
……たぶんお母様は、ベルナール様は放蕩者だから。
身重の妻を置いて浮気相手の女性と一緒に、フラフラとどこかへ遊びに行ったまま帰って来ないのだろうと考えているのだ。
だから私はベルナール様のために弁解した。
「違うの、お母様。ベルナール様は出かけるときは騎士服を来て、腰に剣まで下げて出て行ったのよ」
「騎士服? ……剣⁉」
「ええ。王立騎士団の騎士服を着ていたの」
「お母様、ベルナール様の衣装部屋を見てみて。王立騎士団の騎士服があるから」
(それに所属していると、ベルナール様自身が教えてくれたわ)
「王立騎士団……?」
「ええ」
身重で体調不良の私を刺激しないように。お母様は私の言葉を否定しないけど。
私が最初に感じたように。普段の放蕩者の姿から、ベルナール様が騎士だとは想像出来ないと。お母様は私の言葉に疑いを持ったようだ。
「ベルナール様が騎士……?」
「ええ、お母様」
(ベルナール様は出かけた夜に、私が見たことは絶対に秘密にすると約束したから。お母様にブリンクロウ侯爵家の夜会で、ベルナール様がアンヌ様に魔法をかけたことは言えないわ)
──だから……
これ以上はベルナール様のことを、上手く伝えられなくてもどかしい。




