69話 夫のいない部屋
ベルナール様が出かけたあと。
寝室の奥にある衣裳部屋の扉が、わずかに開いていることに気づいた。
好奇心からこっそり中をのぞいて見ると……一番手前に騎士服が並べられてあった。それはベルナール様が着ていた王立騎士団の騎士服で、たぶん予備で持っているの服だろう。
「本当にベルナール様は騎士なのね。……やっぱり想像が出来ないわ。さっきは騎士服を着て腰に剣まで下げた姿を見たのに」
(ベルナール様が悪夢を見た時、北方の騎士団にいたと言っていたけれど。今一つピンと来ないわ)
私がもっと夫について関心を持っていれば、こんなことは無かったのかも知れない。そう思うと自分の薄情さが、また恥かしくなる。
「実家ともども……ベルナール様にはこんなに良くしてもらっているのに。もっと良い妻にならないと」
(自分はお飾りの妻だからと、夫に歩み寄ることから逃げていた。今までの私は無責任すぎたわ……反省しないと)
あまりベルナール様が使っていないからか、王立騎士団の騎士服はまだ真新しい。パリッとした手触りを指先で感じながら、ハァ──……とため息をつく。
「……とにかく。これからは私の旦那様について、もっと学んでいけば良いのよ」
ベルナール様を送り出してから、目が冴えてしまって眠れそうにないから。
とりあえず目の前にある夫の服の好みから学ぼうと、綺麗に並べられた服を手に取り順番に見ていると。
王立騎士団の騎士服の後ろに、違う騎士服が隠れているのを見つけた。
──その服は袖や裾にほつれが目立ち、使い古したヨレヨレの騎士服だった。
「あら? この騎士服……見覚えがあるわ」
デザインはどこの騎士団の騎士服も似たり寄ったりだけど。色や紋章が違うから。
それでどこの騎士団に所属しているのか、騎士同士ならすぐにわかると聞いたことがある。
紋章のほうは記憶にないけれど。王都では見たことがない騎士服の色に覚えがあった。
「王立図書館で出会った、傷だらけの騎士様が着ていた物と同じだわ」
涙をぬぐうハンカチを借りたまま、私は騎士様の名前を聞くことが出来なくて。
借りたハンカチを返すことも叶わず。今も大切にハンカチを保管している。
騎士様は『返さなくても良いから』 ……と言ってくれたけど。
ハンカチを貸してくれたうえに。落ち込んだ私を慰めてくれたお礼と。
あの時すすめてくれた本を読んだ感想を、あの騎士様に伝えられなかったことが、今も心残りだった。
「優しい騎士様が持っていた物と、そっくりの魔剣をベルナールも持っていて。今度は同じ騎士団の騎士服まで出て来るなんて……」
(偶然にしては出来過ぎだわ)
「ああ、でも……魔剣はどれも同じ色の魔石を使っていて。魔剣はどれも柄の形が似ているのかしら?」
(私が魔剣を見たのは、たったの二回だけだから、確証はない)
「う~ん……」
宝石と同じで魔石の色は種類がたくさんあることは、素人の私でも知っている。私のメガネは無色の魔石を研磨してレンズにした物だ。
本当に今夜は、訳がわからないコトだらけ。
「ベルナール様は以前、北方辺境騎士団に所属していたと言っていた。……つまり、同じ騎士服を着ていた王立図書館で会った騎士様も、北方辺境騎士団の所属?」
北方は魔獣が多く出没する激戦区だから。
それで負傷者がたくさんいて、あの騎士様は顔の傷を治療師様に治してもらうのをひかえたから。顔に大きな傷痕が残ったと言っていた。
(なるほど。納得だわ)
「もしかすると……ベルナール様とあの騎士様は、元同僚……?」
(あの騎士様がどこの誰だかわかりそうだわ)
ベルナール様が帰ってきたら、あの騎士様のことを聞いてみよう。
「やっとお借りしたハンカチを返せそうね」
……のんきにそんなことを考えていた私は、後から死ぬほど後悔することになる。




