63話 妻と恋人
今夜をもっと楽しむために麻薬を飲もうと、ほんの少しその場を離れた隙にベルナールが消えてしまった。
親しい友人の話では私の夫フレデリックが、どこかの女を口説こうとして失敗し。
ベルナールにその女を奪われたらしい。
「ひどいわ、ベルナールったら! 私以外の女と今夜は楽しむ気かしら? せっかくお父様に、あなたを仲間に入れてくれるよう頼んであげたのに」
お父様は無能な私の夫フレデリックを嫌っていて、切り捨てたがっている。
『父親のウォルコート子爵も、強欲すぎてコチラへの要求が多過ぎる』とお父様は腹を立てていた。
だから最近はウォルコート子爵家に嫁いだ私の顔を見るたびに、お父様は私に当たり散らすようになった。本当に迷惑な話だ。
「私も早く、あんな醜い種なしの夫なんか、切り捨ててやりたいわ!」
(痛い思いをしてまで、子供を産みたくないから。幸運だと思っているけどね)
ラプリー伯爵家の親戚からちょうど良い男の子を、養子にすることが決まっている。
お父様は無能なフレデリックとその父親を始末して、ウォルコート子爵家を乗っ取る計画を立てていた。
そしてお父様は自分が養子の後見人となって、その子を新しいウォルコート子爵にして操るつもりなのだ。
そうすればウォルコート子爵領にある麻薬の精製工場も、コチラの思いのままに稼働させられるから。
そして夫を始末したあとの精製工場を、私は恋人のベルナールに任せられたらと思っていた。
「だから、私がベルナールを引き立ててあげたのに!」
(ベルナールは自分も麻薬を扱う事業に参加して、お金を稼ぎたいから私を口説いていたのは知っているわ。……だからと言って、私を利用するだけして、捨てたりしたら許さないから!)
「もう、ベルナール……どこにいるの⁉」
お父様の最大の共犯者。
ブリンクロウ侯爵の屋敷を、ベルナールを探してイライラと歩いていると。
人の気配を感じない北のはしの廊下まで来てしまった。
「いくら何でも、こんなところにベルナールが来るはずないわ……」
引き返そうとしたところで、暗い廊下の突き当りに人影を見つけた。どうやら男女の二人組らしい。
近くまで行くと、男の方はベルナールだった。
カッ! と火がついたように私の頭は怒りで熱くなる。黙ってその場を去るという選択肢が消えた。
「まぁ、ベルナール! 私を置き去りにして、こんなところに隠れていたのね!」
(何て男なの⁉ 少し前まで私を口説いたいたその口で、私以外の女を口説くなんて!)
私は怒っているとベルナールに教えてあげるつもりで、ギョッ! とするほど、かん高い声で呼びかけた。
女の方は私の思惑通りにビクッ! としたあと、固まっているが。ベルナールは振り向いてニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「……もうっ!」
チラリと女に視線を向けると、年齢はたぶん……私と同じぐらい。
メガネをかけていてスラリと細身で背が高く、スッキリとした顔立ちの大人っぽい女だ。
私は背が低くて少女のような童顔だから。
まるっきり真逆の個性を持つ女で、私は嫉妬心を感じ増々腹が立った。
「アンヌ……あんなに大きな声で私を呼んだりして。不作法だぞ?」
ベルナールはさりげなく、自分の背中に女を隠した。
「ベルナール? 私に隠れて他の女と浮気をするなんて、ひどいわ!」
(こういうところは憎らしいけど。やっぱりベルナールは素敵だわ! それにしてもこの女は誰かしら? 私の男を盗むなんて、お父様に言ってしっかり罰してやらないとね)
ベルナールの背中に隠れて、ビクビクする臆病な女が、ハッ… と息をのむ。 私は泥棒女を睨みつけた。
「こんなに誘惑が多い夜会で、君が私から目を離したりするから。私を一人にして、退屈させた君が悪いのさ」
「もう、ベルナール! 恋人の私を置いて急に消えたりして。この私に邸宅中を探させるなんて! そんな薄情な人は、お父様に言いつけてやるから!」
私は下唇をなめながら上目使いで誘惑した。
ベルナールの背中に隠れる臆病女よりも、私の方が数倍魅力的だと見せつけてやるために。




