61話 妻と夫
ベルナール様に連れられて舞踏室を出ると、人の気配の無い廊下のはしまで行く。
「レオニー、今夜は帰った方が良い」
「でも、ベルナール様……」
(こんなに綺麗に着飾って、勇気を出して苦手な社交の場にも出て来たのに。ベルナール様はそのことにも気付いていないの? 私はあなたに見てもらいたくて、ドレスアップしたのでよ?)
ベルナール様はヒソヒソと声の音量を落として、私を帰宅させようと説得を始めた。
「出来ればこのまま、君をエスコートしたいが。今夜は都合が悪いんだよ」
「でも、ベルナール様。友人たちも一緒にいますし……それにエスコートはお兄様がしてくれますから」
(やっぱりベルナール様は、恋人のアンヌ様のところへ行きたいのね……)
綺麗に着飾り美しく変われたと思ったのに、ベルナール様は私を見てくれない。お飾り妻は、お飾り妻以上の存在にはなれないのだ。
「レオニー、お願いだ! 今夜は本当にダメなんだ」
「ベルナール様……」
「馬車まで送るよ、レオニー。さぁ、行こう」
今は何を言っても無駄だと、ベルナール様は私の望みを断固拒否する構えをとる。
ベルナール様のそんな態度に傷つき、私も少し意地になった。
「……嫌です」
「レオニー?」
「嫌です! 私はみんなと社交を楽しみます!」
「レオニー!」
抵抗する私にベルナール様は驚き、私の両肩をギュッとつかんだ。
「絶対に嫌です。今夜は帰りたくありません!」
(今夜は嫌! 我慢できない! 自分を抑えられないわ!)
お飾り妻はお飾り妻らしく。
黙ってベルナール様の言うことを聞かなければ、いけないのはわかっている。
「どうしたんだ、レオニー? フレデリックのせいで動揺して、一人でいたくないからか?」
「ええ、そうです! ベルナール様が今夜、私と一緒にいてくれるなら…… 大人しく帰ります!」
(私は怖い目にあった後だと言うのに。あなたは私を一人で家に帰して、放置するつもりなの? 少しでも私が大切だと思うなら、そんな薄情なことはしないはずだわ)
私の頬を大きな手のひらで包み。ベルナール様は私を説得しようと、ジッ……と私の瞳をのぞき込んでくる。
「レオニー、それは出来ないんだ。頼むから、聞き分けてくれ!」
「なぜですか、ベルナール様⁉」
「それは……」
「なぜ、一緒にいてくれないの?」
(私を見て欲しい! 私を見てくれないベルナール様なんか、もっと困らせたい!)
私はすごく意地悪な気持ちになっていた。
「レオニー……」
ベルナール様は、困ったという表情を浮かべた。
「ア、アンヌ様と一緒にいたいからですか? ベルナール様は、そんなにアンヌ様を愛しているの?」
「……っ!」
ベルナール様はハッと息をのむ。
「答えて下さい、ベルナール様!」
「それは……」
私が恐れる最悪の答えが、ベルナール様から返って来ると覚悟した。
「ベルナール様、答えて!」
「レオニー」
それまで私を心配し困惑していたベルナール様の態度が打って変わり。
厳しい表情で私を見つめる。
「……っ」
(ベルナール様を本気で怒らせてしまったのかもしれない)
背筋がヒヤリと冷えた。




