55話 夜会への道
お兄様に今夜のエスコートを頼み、私はブリンクロウ侯爵家の舞踏会に出席することにした。
キンレット男爵家にも侯爵家から招待状が届いていて、お兄様もそろそろ結婚相手を探そうとしていた時だったらしい。
「お兄様にも、素敵な奥さんが見つかると良いわね」
(今度こそ幸せな結婚をして欲しいわ)
お父様が亡くなる前は、お兄様にも婚約者がいたけれど。
大きな借金を背負ってしまったため、それが原因で婚約を解消してしまった。
ブリンクロウ侯爵邸へ向かう馬車に揺られながら、隣に座るお兄様を見つめた。
「そうだな……でも僕は、すぐに結婚をしたいわけではないんだ」
「どうして?」
「ベルナール卿の支援と助言のおかげで、キンレット男爵家の借金は大幅に減ったけど。まだ残っているからね」
何かと気苦労の多いリュシアンお兄様は、『この先、何が起きるかわからない』と。今もまだ最悪の事態を想定して警戒しているのだ。
「……お兄様」
(何としても、今まで苦労ばかりしてきたお兄様こそ、幸せになって欲しいわ)
結婚の時に贈られた支度金以外にも、ベルナール様は男爵家にお金を貸してくれた。
ベルナール様が持つ情報を参考にして、お兄様は借りたお金を投資にまわして、少しずつ借金を返済している。
「もしも僕が結婚できなかったら、レオニーの子を養子にもらおうかなぁ~?」
「もう、お兄様ったら! 何を言っているの⁉」
「ははははっ……!」
「それに私の子供なんて……そんな………」
でもベルナール様と結婚して、初夜の儀式もしっかり行ったし。毎晩のように、情熱的な夜をベルナール様と過ごしている。
「お前は健康だから、きっと大丈夫だよ。それにベルナール卿とレオニーの子なら、可愛いだろうな」
「……っ」
(お兄様に言われて初めて気づくなんて! 私は避妊なんてしたことがないわ。だけどそれって、今…… 私のお腹の中にベルナール様の子がいても、少しもおかしくない状況なのでは?)
サァーッ……と血の気がひき、思わず私は自分のお腹に手を当てた。
「どうしたんだ、レオニー? 急に黙り込んだりして……」
「お兄様……私……子供のことなんて、すっかり頭から抜け落ちていたの」
「おやおや。僕の妹はそういう話に、疎いとは思っていたけど」
「私ったら……本当にマヌケね。恥ずかしいわ」
(どうしよう? 本当に何も考えていなかったわ)
私には何の準備も出来ていないのに。
「いやいや。……レオニーのそういうところが、ベルナール卿は可愛いと思っているかもしれないよ」
「そうかしら? でも、ベルナール様と話し合わないと……」
「そうだね。それが良いよ」
私の動揺を読み取ったお兄様は苦笑を浮かべ、私の手をトントンと叩いた。
「……ベルナール様は子供は好きかしら」
(私はベルナール様が婚外子を連れて来ても、愛情を持って自分の子として育てると言ったけれど。自分がベルナール様の子供を産むなんて……考えていなかったわ)
私も自分の子を持てたら良いなとは思っていたけれど。
こんなに早く、その時がくるかもしれないとは……さすがに思っていなかった。
「ベルナール様の反応が怖いわ……」
(私には少しも心の準備ができていなかったわ。ベルナール様は子供のことを、どう思っているのかしら?)
「そんなに悩むことは無いと思うよ」
「お兄様……」
「放蕩者だと聞いていたから、僕もベルナール卿に会う前は警戒していたけどね。実際に会って二人で話してみると、常識人で理性的だし」
「……」
(それはそうだけど)
「彼は無責任で堕落した男という訳でもないしね」
「……ええ」
私には一生、訪れることは無いと思っていた出来事が、またしても訪れた。




