54話 夜会の準備
『レオニー、絶対にベルナール卿には内緒にするのよ? たまには旦那様を驚かせてあげないと。ああ、楽しみだわ!』
──と友人たちに助言をもらい。
私は結婚してから初めての社交活動に参加する計画を、ベルナール様には秘密で進めた。
そして友人たちの訪問から5日後。ついに決戦(?)の日がやって来た。
夫に秘密を持つことに罪悪感を感じつつ……私は朝食をとりながらベルナール様の許可をもらった。
「ベルナール様、実家へ帰っても良いですか?」
「もちろん、良いよ。行っておいで」
「あ、ありがとうございます」
夜会へ出ることをベルナール様に知られないよう。ドレスと宝石を持って行き、実家で夜会の準備をするつもりだ。
「ゆっくり甘えてくると良い」
「ふふふっ……ええ」
ベルナール様は私の手を取りキスをして、パチンッとウインクをする。
「レオニー……実家に戻るぐらいで、私に許可を求める必要はないよ?」
「そうですか?」
「うん。お義母さんと義兄上によろしく伝えてくれ」
「は、はい。ベルナール様」
(ううっ……ごめんなさい、ベルナール様! ベルナール様の美しい笑顔が、胸に刺さります)
朝の清らかな光の中でベルナール様に、ニコッと爽やかに微笑まれ
私の罪悪感はさらに強まる。
「結婚してから初めてキンレット男爵家に帰るのだから。ゆっくりして来ると良いよ」
「はい、そうさせてもらいます。……ところでベルナール様も、今日はどこかへ出かけるのですか?」
「ああ、ブリンクロウ侯爵家の夜会へ行くつもりだけど」
「そうですか。ベルナール様もゆっくり、楽しんで来て下さい」
(セリーヌの予想通り、ベルナール様も私と同じ夜会へ行くのね。良かったわ)
◇ ◇ ◇ ◇
私が実家のキンレット男爵家に戻ると。
満面の笑みを浮かべた使用人の手で、長い茶色の髪を綺麗に編み込みアップにした。
人妻らしく落ち着いた雰囲気に艶っぽさを出すために、首筋にかかるようおくれ毛をわざと垂らしてある。
「さぁ、レオニー! 次はお化粧よ」
「はい、お母様」
「ふふふっ……口紅はドレスに負けないよう、鮮やかな赤にしましょう」
「お母様に任せるわ」
(いつもよりも、お母様が嬉しそうだわ。私が自分から夜会に行きたいと言ったのは初めてだから)
いつも嫌々社交活動をしていた私が、自分から夜会へ行くと言い出し。お母様にドレスアップの手伝いを頼んだから。
そんな私の変化をお母様は歓迎しているらしい。ずっとお母様が笑っている。
頬紅をふわりと頬にのせて、化粧が終わると。
「レオニーにピッタリの良いドレスだわ。これを選んで正解だったわね」
ドレスは私の萌黄色の瞳が映えるように、光沢がある深緑の生地で。フリルやレースなどの派手な飾りは最小限。
そして私の高い身長をいかして腰から下がるドレープが美しい、シンプルなラインのデザインだ。
ドレスを着ると、私はようやくお母様にメガネをかける許可をもらった。
「このメガネなら、今日の雰囲気をあまり壊さずにすみそうね」
「ええ……」
「さぁ、レオニー! 姿見(全身が映る大型の鏡)で自分を見てみなさい!」
「……っ⁉」
自分の姿を鏡で見て私は息をのんだ。
「どう? 私の娘は綺麗でしょう!」
「……」
(自分で言うのもなんだけど……まるで別人だわ。これならきっと誰が見ても『カマキリ令嬢』とは言われないと思う)
洗練されたドレスやお化粧の効果もあるけれど。やっぱりメガネが与える印象はバカにならない。
……何より私自身がメガネのおかげで視力がアップして、自分の顔の毛穴までハッキリと見える。 ※今までは見えなかった。
「レオニー、まだ終わりではないわよ」
お母様はベルナール様から結婚前に贈られた宝石のケースを開き、最初にネックレスを私の首にかけた。
オレンジの色味が強い、大粒のインペリアル・トパーズ。
雫型にカットして、ダイヤモンドと組み合わせたネックレスだ。
…そして、ネックレスとセットのイヤリングと指輪。
こうして付けて見ると、深緑のドレスに良く合う色の宝石だった。
「まぁ……」
(こんなに美しくて素敵な物を、贈って下さるなんて。ベルナール様、本当にありがとうございます)
ベルナール様に贈られた時。『綺麗すぎて私に宝石は似合わない』と思い込んでいた。
だから本当の意味で……今、自分の胸もとで輝くインペリアル・トパーズの価値を、私は今まで知らなかった。
宝石箱に収めてあった時よりも、私の肌の上で輝く姿のほうが何倍も綺麗だ。
「綺麗だわ……」
「ええ、綺麗ね。本当に綺麗よ、レオニー。私の娘はこんなに綺麗だったのにね……」
贈られた宝石に対して感嘆の気持ちを込めて私は、『綺麗』だと言ったけど。お母様は娘の美しさを表現するために『綺麗』だと言って涙ぐんだ。
ドレスアップを終えた私の姿を見て、お母様の隣でお兄様まで涙ぐむ。
「父上が生きていてくれたら……レオニーに惨めな思いをさせずに済んだのに。今まで金のことで苦労をかけて本当にすまない」
「お兄様? やめて、そんなこと言わないで」
(お父様が亡くなってから。お兄様が男爵家を守るために、どれだけ苦労してきたか私は知っているわ。私の方こそフレデリック様に婚約を解消されて、お兄様にたくさん迷惑をかけてしまったのに)
「そうね……年頃のレオニーが、一番辛かったわね。あなたは本当に良く耐えたわ」
「もう、お母様まで。二人ともどうしたの?」
「あなたは本当はとても綺麗な女の子だったのに。フレデリック様に婚約解消をされてから、どんどん自分を卑下するようになってしまったから」
ハンカチで涙をぬぐいながら、お母様は切々と胸の内を語った。
「それは……」
醜い容姿のことで、これ以上傷つきたくなくて。
最初から私の容姿に『望みは無い』と割り切ることで、自分を守っているつもりだった。
「レオニーに洒落たメガネを買い替えてやったり。流行のドレスをそろえてやったりできなくて……母上はずっと心を痛めていたんだ」
「お兄様……」
「ベルナール卿のおかげで、本来の魅力を引き出すことが出来て嬉しいわ。レオニー… 本当に綺麗だわ」
「……お母様」
(ああ! 私が卑屈な言葉を使うたびに。お母様とお兄様は自分たちにお金が無いから、私を卑屈にさせていると……胸を痛め傷ついていたのね)
きっと友人たちも。私を大切に思ってくれる人たちはみんな、私の卑屈な態度で傷つけていたのかもしれない。
今さらながら、そんなことに気づき。私は申し訳ない気持ちになった。




