53話 友人
私の結婚後初めて王立図書館で偶然会ったイネスが、セリーヌとナタリーを誘ってカザートン邸にやって来た。
こじんまりとした居間のソファセットに腰をおろし、学園生時代のように四人でワヤワヤとお互いの近況を報告しあう。
だが一番の話題はやはり、すでに結婚した私に関することばかりだった。
「ようやくレオニーは、あの分厚いメガネから卒業したのね! ベルナール卿に感謝しないと!」
友人のセリーヌも新しいメガネに変えた私の顔を見て、パチパチッ! と拍手して大喜びする。
思わず私はセリーヌの言葉で、飲んでいたお茶を吹きだしそうになった。
「メ、メガネを卒業…って……! セリーヌ?」
「ふふふっ……本当にようやくよ! ずっと悔しかったのよ」
「わかるわ、セリーヌ。レオニーの素顔はスッキリとした目鼻立ちが、凛としていて綺麗なのにね」
私の動揺に関係なく大喜びしているセリーヌに、ナタリーまで同調した。
「そうそう! 萌黄色の瞳は息をのむほど美しいのに。あの分厚いレンズが、すべて台無しにしていたから」
「もう……突然、何を言い出すの? やめて、恥かしいわ」
褒められ慣れていない私は激しく照れてしまい、カッと頬を熱くしていると。
イネスがセリーヌとナタリーにもっと、もっと、褒めてやれ! と煽った。
「あら、セリーヌとナタリーの言う通りよ。私がいくらレオニーにそう言っても、ちっとも信じてくれないのよね。あなたたちから、しっかり教えてあげて!」
「婚姻の儀式の時なんて、花嫁衣裳が本当に似合っていて綺麗だったわ」
「レオニーはすらりと背が高いから、どんなドレスでも着こなせるし。それに、大柄なベルナール卿の隣に立つと、二人はとてもお似合いだったわ」
ナタリーとセリーヌが瞳をキラキラと輝かせ、うっとりと私を見つめてくる。
おかげで私は頬だけでなく、顔や首まで熱くなってしまる。
「そうよ! 私たちはあの時のレオニーを見て、すごく誇らしい気持ちだったわ。やっと本来のアナタを、みんなに見せられるとね」
「ううっ、ナタリー……私を褒めてくれるのは嬉しいけれど。それは言いすぎよ」
「容姿の話をすると、レオニーは嫌がるから。私たちはずっと、この話題を避けてきたけれど。この際だからハッキリ言ってあげるわ!」
「うう……気づかってくれてありがとう。もう、じゅうぶん聞いたから、やめてぇ…」
貴族の淑女が話題にするには、容姿や身体についての問題はあまり好ましくない。
だから友人たちは私が『カマキリ令嬢』と呼ばれていた時も、変に同情したり慰めたりしなかった。
すごく心配はしていたけれど。
目の前にいる三人の友人たちは、ずっと変わらない態度で友情を示し。冷静に接してくれたから、当時の私はそれがありがたかった。
友人たちに同情されていたら、私はよけい惨めな気分で落ち込んだでしょうから。
「レオニー? アナタ、まだ私たちの話を信じていないでしょう?」
「わ……わかったわ、イネス。今の私は分厚いメガネと一緒に『カマキリ令嬢』も卒業したわ」
「いいえ、レオニー。元々、アナタは『カマキリ令嬢』なんかではなかったわ」
ムッ…としたイネスは、『卑屈な態度は許さない』 …と、私を睨んだ。
「ねぇ、ねぇ、レオニーは社交界デビューをするべきだと思わない? 何と言ってもウォンボーン公爵家の一員になったのだから」
セリーヌがニコニコと笑いながら言う。
「え? デビューはしたわよ? 散々な結果だったけれど」
(確かに私はウォンボーン公爵家の次男の、ベルナール様と結婚したから。セリーヌのいう通りウォンボーン公爵家、家門の一員ではあるけれど)
「違うわレオニー。セリーヌが言っているのはベルナール・カザートン卿の夫人として、デビューするべきだと言っているのよ」
「どこかの見る目が無い、おバカな子爵夫妻に、レオニーの美しさを見せつけてやりましょうよ」
「ああ! ……でも、待って。私はベルナール様に社交活動は苦手なら、無理にしなくても良いと言われているの。だから……」
私が苦手な社交活動は断ろうとすると、イネスが反論した。
「いいえ、レオニー。ベルナール卿にも見せつけた方が良いと思う。嫉妬ぐらいしてもらわないとね」
昨日、王立図書館でベルナール様がアンヌ様と仲が良いと聞き、私が動揺したことをイネスは気にしているのだ。
セリーヌとナタリーも心配そうに、チラリと私に視線を向けて来た。
「結婚した後も…… 時々、旦那様とのかけひきは必要らしいわよ? 妻だからって従順すぎると良くないと、私のお母様が言っていたの」
おずおずとナタリーが夫婦生活の秘訣らしい助言をくれる。
「かけひき……?」
(今までそういうことを、私は考えたことが無かったわ)
「だから……ブリンクロウ侯爵家の夜会に、ベルナール卿には内緒で行くのはどうかしら?」
セリーヌの提案にイネスが反応する。
「ああ! 毎年、とても豪華な舞踏会を開くことで、有名らしいから。きっとベルナール卿も参加すると思うわ」
「……」
(ブリンクロウ侯爵家の夜会の噂は、私も聞いたことがあるわ。すごく裕福だから豪華で人気があると)
思わず真剣に考え込んだ。
以前の私なら絶対に夜会なんて嫌だと即答したけど。今は少しだけ考えが変わった。
(正直、『かけひき』なんて、どうすれば良いかわからない。でもベルナール様が本当にアンヌ様と親しい関係なのかを、私は自分の目で確かめたいと思っている)
「わかったわ。ブリンクロウ侯爵家の夜会に行くわ」
(ベルナール様にたくさん宝石を贈ってもらったのに、一度も使ってないし)
文字通り、宝の持ち腐れだった。
私は友人たちの提案に同意した。




