52話 元気な夫
体調を崩したベルナール様は、夕食もとらずに眠り続けたけど。翌朝になると熱が下がりホッとした。
でも……
ベルナール様は目覚めると……朝食を山のように皿にのせて、私の目の前でモリモリと食べ始めた。
「ベルナール様……そんなにたくさん食べて、本当に大丈夫ですか?」
(病み上がりだから。もっと軽い食事をそっと食べた方が良いのではないかしら?)
昨日の顔を真っ赤にして辛そうにしていた、ベルナール様の姿を見ていた私としては、心配でたまらない。食事をするベルナール様を見守りながら、おろおろと動揺した。
「大丈夫だよ。何せ、昨日の昼から何も食べてないからね」
あれだけ昨日は体調が悪かったのが、何かの勘違いだったように思える。
食事を終えるとベルナール様は、少しでも時間が過ぎるのを惜しむように、いそいそと外出着に着替えた。
「ベルナール様、お出かけですか?」
「うん」
「昨夜のように高熱が出るかもしれませんわ。今日一日ぐらいは安静にしていた方が、良いのではありませんか?」
見送りのために玄関ホールまでベルナール様に付いて来た私は、心配でついつい差し出がましいことを言ってしまった。
「そうしたいところだけど。今日はどうしても外せない用があるんだよ」
「そうですか……」
(昨日はどこで火傷なんてしたのかしら?)
「もう、昨日のようなことは起きないよ。レオニー」
ベルナール様は私の頬を包むように撫でて、ほほ笑んだ。
「今日はどちらへ行かれるのですか?」
(よけいな詮索をしてはいけないと、わかっているけど)
私はどうしても気になりベルナール様にたずねた。
「昨日、出かけたのと同じ友人のところだよ」
ベルナール様の答えを聞き、私の顔は自分でも自覚するほど強張った。
「その方は……」
(ウォルコート子爵夫人のアンヌ様ですか?)
今にも私の口から、そんな質問が飛び出そうになった。
「本当に大丈夫だよ、レオニー。昨日は心配をかけて悪かった」
「ベルナール様……」
「ふふふっ……昨夜はずっと君が付き添ってくれて、嬉しかったよ」
そう言うとベルナール様は、私をギュッと抱きしめた。
「あれぐらいのことは、妻なら当たりまえだわ」
「当たりまえではないさ。こんなに思いやりのある妻を持てて……私は一晩中、幸せを感じていたよ」
「ベルナール様……あの……」
(昨日ななぜ火傷をしたのですか?)
昨日と同じ友人のところへ行くと聞き。
火傷をするような危険なことはしないで欲しくて、たずねようとしたけど。
ベルナール様は話を遮るように私の唇に素早くキスをすると、サッと私に背を向けて扉へと向かう。
「行って来る」
「……っ!」
(ベルナール様。今、私の話をはぐらかしたの⁉)
結局、ベルナール様がどこへ出かけるかもわからず。私はそれ以上の言葉をキスで封じられ、たずねることが出来なかった。
『どこへ行くのか? 誰と会うのか? 何をするのか?』
──今のは、そういう類の質問はしてはいけないと。……たぶん、ベルナール様は私の前に線を引いたのだ。
私が越えてはいけない境界線をベルナール様は示した。
足早に出かけて行く夫の広い背中がパタンッと閉まる扉の向こう側に消えると。
私の口からハァ――… と、ため息が漏れる。
「そうよね……越えてはいけない境界線があることを、しっかりと覚えておかないと」
(私はお飾り妻だから。そうよ、優しく溺愛されているように感じるけれど……私はベルナール様のお飾り妻なのよ!)
どれだけ優しくしてもらっても、この境界線を忘れてはいけない。このルールを守らなければいけないのだ。
些細なことで、動揺する自分に言い聞かせる。
「心をフラフラさせては、いけないわ」
(たぶん……ベルナール様は他の女性にも、同じ態度で接しているはずよ)
博愛主義のベルナール様は、きっとお飾り妻の私も恋人たちと平等に愛そうとしているのだ。
私を動揺させる、負の感情を振り払いたくて。不満や疑問でいっぱいになった頭を、プルプルと振った。
「昨日、王立図書館から借りて来た本を読みましょう……」
(さぁ! ベルナール様のことは忘れて、今すぐ本の世界へ逃げ込むのよ!)
自室へ戻り本を手に取るまで、自分が借りて来た本が三冊とも官能小説だったことを忘れていた。
私は悶々としながら、ベルナール様との初夜を思い出してしまう。
「うう~んんん………」
余計に考え込む事態に陥り、官能小説を読みながら思わず唸った。
ベルナール様が関わると──
私は以前のように、上手く現実逃避が出来なくなったことを知る。




