51話 傷だらけの背中2
夕暮れ時に目を腫らして王立図書館から帰宅すると。
使用人にベルナール様が出かけた先で体調が悪くなり倒れたと聞き、あわてて寝室へゆく。
「ベルナール様?」
(いったい、どうしたのかしら? 昨夜はとても元気そうに見えたのに。疲れがたまっているのかもしれないわね)
夕焼けで赤く染まった室内で、ベルナール様はうつ伏せになってベッドで眠っていたが。呼吸があらく顔も赤い。
「顔が赤いわ。熱があるのかしら? ……それとも夕焼けでそう見えるだけ?」
ベルナール様の首筋にそっと触れると、身体が異常に熱くなっていた。
「これは……身体を冷やさないと!」
壁際に置かれた水差しから洗面器に水を注ぎ、顔をぬぐうための布を濡らすと。
ベッド脇へ戻りベルナール様のうなじに布をのせる。
「……っうう」
「ベルナール様……?」
冷たい濡れ布をうなじに当てられ、ベルナール様は眠りから覚めてしまう。
「レオニー?」
「熱があるようです。もしかして持病でもあるのですか? 昨夜はとても元気そうに見えたのに」
「ああ、少し身体が驚いているだけだよ」
「身体が驚いているとは? 身体がとても熱くなっているわ」
「うん。背中に小さな火傷をして、それに治癒魔法をかけてもらったから。身体が少し驚いたのさ」
うつ伏せで寝ころがったままベルナール様は手をのばして、私の腕をトントンッと軽くたたいた。
「背中に火傷⁉」
「大丈夫だよ。治癒魔法で綺麗に治ったから」
「でも治癒魔法はこんな副作用が出るのですか⁉」
「いや、普通はないけど。少し疲れていたのかもしれないなぁ……」
ベルナール様が苦笑いを浮かべ、ハァ――……とため息をつく。
「まぁ、かわいそうに」
(熱のせいで声がかすれている。それにすごく辛そうだわ)
熱で汗ばんだ頬にかかる黒髪を指先で耳にかけてやり、私はベルナール様にキスをした。
うなじにのせていた温まってしまった濡れ布をもう一度、洗面器の水で冷やし。ベルナール様の額や顔に浮き出た汗をぬぐう。
「んん…っ……」
気持ち良さそうにベルナール様はうめいた。
「ベルナール様、背中も冷やしましょう? さぁ、シャツを脱いで……」
(少しでも熱を冷まさないと)
「いや、背中はしなくて良いよ」
「いいえ、冷やしましょう。シャツを脱いで下さい」
「背中は……本当にしなくて良いから」
「私がシャツを脱がせます」
(どうしたのかしら、シャツを脱ぎたくないの? それとも私に遠慮しているの?)
シャツを引っぱり下衣からすそを出して、背中を捲ろうとすると。
ベルナール様が私の手をつかんで止める。
「いや、背中はやらなくて良いから……レオニー」
「私に触れられたくないの?」
ベルナール様にひどいことをされている訳ではないのに。ほんの少し拒まれただけで、私はなぜか深く傷ついた。
友人のイネスに昨夜の夜会でベルナール様とアンヌ様が、親しくしていた話を聞いてから。やたらと心が傷つきやすくなってしまった。
「違うよ。そうじゃない、レオニー……」
「でも……」
(もしかして、ベルナール様が朝から手伝いに行った友人とはアンヌ様? そうだとしても、お飾り妻の私にベルナール様を責める資格はない。こんなふうにベルナール様を困らせてはいけないのに)
「レオニー、違うんだ。私はただ、君に汗臭い背中を見せたくないだけだよ」
「汗臭い……?」
(本当はアンヌ様に触れられた身体を、私に見せたくないのでは?)
自分でも嫌になるほどゲスな想像をしてしまい、私はさらに深く傷ついた。
「……」
勝手に傷ついた私を見つめ、ベルナール様は困った顔をする。黙ったまま身体を起こし自分でシャツを脱ぎ捨てた。
「ベルナール様?」
「少し不安なんだ……君に身体を見せるのが。だってほら、君は新しいメガネをかけているだろう?」
「え……メガネ?」
ベルナール様に贈られた、薄い魔石のレンズのメガネに触れる。
「君はいつも私の容姿が美しいと褒めてくれるから。そのメガネ……視力を補助する魔法が効いてるから。私の身体の小さなホクロまで、ハッキリと見えてしまうだろう?」
「ええ……」
「君が言うように、自分の身体が本当に美しいのか自信が無い。だから、君に見せるのが少し不安で……」
「ベルナール様?」
「//////////////…っ」
ベルナール様の頬が赤い。
身体が発熱しているせいか? それとも窓から差し込む夕焼けのせいか? ベルナール様が恥かしがっているからか? 何が原因で頬が赤いのか私にはわからない。
「私……」
(私の勘違い? いえ、勝手な思い込み? ベルナール様はアンヌ様に会ったから、私に背中を見せたくなかったのではないの? 本当に不安なだけなの⁉)
私も発熱したように、顔がカッと熱くなる。
「/////////」
プイッと視線をそらし、ベルナール様は再びうつ伏せで寝ころがる。よく見ると、耳まで赤い。 背中も真っ赤。
私はあわてて布をもう一度水に浸し、冷たくしてからベルナール様の広い背中に浮き出た汗をぬぐう。
「とても美しい背中です。ベルナール様がなぜ不安になるのか、私には理解できないわ」
汗をぬぐい終わった布を洗い、今度は背中にペタリとのせる。
「君はわからなくて良いよ」
ベルナール様はポツリとつぶやき。そのまま静かに目を閉じた。




