48話 短い平穏
ベルナール様が放蕩者だと、叔父様に聞いて知っていたけど。
実際に自分の目でベルナール様のそんな姿を見たのが、初めてワルツを踊った夜の一度だけだったから。
恐る恐る私は放蕩者のベルナール様の姿を、見たことがあるらしいイネスにたずねてみた。
「ベルナール様は……そんなに女性たちに人気があるの?」
私はベルナール様の配慮で、苦手な社交は中断したままだけど。
まだ婚約者がいないイネスは婚活中で、活発に社交活動をしている。私よりもずっと社交界のことに詳しい。
「私の記憶では、いつも女性に囲まれていたわ」
「そうよね、もちろん人気があるでしょうから。ベルナール様ほど美しい男性には、私も他に会ったことが無いわ」
(妻の私が言うと夫自慢に聞こえそうだけど。これが私の本音よ)
「レオニーのいう通りね」
「ふふふっ……ベルナール様と一緒に朝食をとるだけでも、ドキドキするのよねぇ……」
「羨ましい。理想の新婚生活だわ」
イネスは自分の言葉を私が同意したことで、ホッとした様子を見せる。
私が嫉妬して感情的になりイネスの言葉を否定するのではないかと、緊張していたのだろう。
「そう言えば……女性たちはレオニーの旦那様があらわれると、うっとりと眺めているか。少しでも近づこうと必死に声をかけようとするのよ」
「ベルナール様の魅力は私と結婚したぐらいでは、少しも薄れないのね。すごいわ」
「うふふっ……もう、レオニーったら!」
私は友人の前で物わかりの良い妻を演じた。
「ねぇイネス? どんな女性がベルナール様と仲が良いか知っている?」
(胸の中がモヤモヤッとする。ベルナール様に恋人がいるなら誰か知りたいわ)
自虐行為だとわかっていても、聞かずにはいられない。
さすがにイネスはギョッ! として、私から目をそらした。イネスはウソがつけない人だから。
「ああ……うん。そうね、知っているわ」
「ベルナール様には特定の女性とか。いるの?」
「うん……」
「昨夜もベルナール様は夜会へ出かけたけれど。もしかしてその決まった女性と一緒にいたのかしら?」
「そ、そうね……」
イネスは私から目をそらしたまま、私の質問に答えたくなさそうにする。
「ねぇ、イネス? 教えてくれないかしら?」
「ええっとぉ……そのぉ……昨夜は………ウォルコート子爵家の夜会があって……」
ウォルコート子爵家といえば、元婚約者フレデリック様の家だ。イネスの口が急に重くなり、私に話したがらない理由がわかる。
「ウォルコート子爵家⁉ そこにベルナール様がいたの?」
(まさか……ベルナール様の恋人はアンヌ様ではないでしょうね?)
私から元婚約者のフレデリック様を奪って、将来はウォルコート子爵夫人となるアンヌ様。
「うん……」
私はゴクリと唾をのみこんだ。
「あの……もしかして………あなたがそんなに言いにくそうにしているのは、ベルナール様はアンヌ様と仲が良いのね?」
(どうしよう。動揺で声が震えてしまうわ)
「……」
イネスは黙ったまま、コクリとうなずいた。
「二人はどんな様子だったの?」
「私が知っているのは……ずっとアンヌ様がベルナール卿を誘惑していたけど。ベルナール卿は相手にしていない様子だったわ。でも昨夜は」
「昨夜は……?」
「本当に偶然かもしれないの」
「何かあったのね?」
「二人は……その、一緒にどこかへ行ってしまって」
「……っ」
(アンヌ様は元婚約者だけではなく、私の夫まで奪うつもりなの⁉ 許せないわ! フレデリック様は仕方ないと納得したけれど。ベルナール様は私と結婚した夫なのよ? あんな人……絶対に許せない!)
身体がブルブルと震えるほど、怒りを感じた。
「レ、レオニー……大丈夫?」
「ええ」
悔しくて。苦しくて。妬ましくて。瞳からじわりと涙が滲み出る。
歯を食いしばり、ギュッと眉間に力を入れて涙が出るのを我慢した。
そうしていると湯気が出そうなほど頭が熱くなり、今にも癇癪を起こしそうになった。
「ごめんね、レオニー……新婚のあなたにこんな話をするなんて。本当にごめんね!」
おろおろとイネスが涙目になって謝って来た。
でも強引に聞きだそうとしたのは私の方で。私はイネスにたずねておいて、自爆しただけなのだ。
「いいえ。こちらこそ、ごめんなさい。私……今日、借りる本を…… 探してくるわ。ごめんねイネス、失礼するわ」
私の前には本棚から選んで持ってきた小説が重ねて置いてあったけど。激しく昂った感情を抑えるには、一人になる必要があったから。
ガタッ! と音を立てて立ちあがり、その場を離れようとした私をイネスが引き止めた。
「あ……明日、あなたのお宅へうかがっても良いかしら?」
「ええ。大歓迎よ、イネス」
(明日なら気持ちを立て直して、迎えることができるわ)
イネスを置いて私は本棚の奥へと逃げた。




