47話 暗い影
結婚前はベルナール様に『何も期待する気は無いから』とひどく冷めた気持ちでいた。
なのに今ではベルナール様の優しさに溺れ、自分の気持ちが熱くなってゆくのを止められない。
王立図書館にある読書用の椅子に腰をおろすと、書棚から選んできた本を見下ろす。頬を熱くしながらゴクリと唾を飲み込んだ。
本を読むのに、これほど緊張したことが今まであっただろうか? ……もちろん一度も無い。なぜなら目の前に置いた本は、大人の女性向けの本だから。
以前の私は自主的に規制して、あえて読もうとは思わなかった類の本なのだ。
「このジャンルの本は初めて手に取ったわ。さてと……どの本から読もうかしら?」
一冊ずつ本を手に取り、じっくりと表紙を眺める。
“午後のお茶と一緒に伯爵夫人の情熱を”
“騎士様の欲望は剣よりもかたい”
“乙女の花を散らす公爵閣下のくちづけ”
黙って本のタイトルを眺めるだけで、私の頬はジワリと熱くなる。
「人間って……変われば、変わるものよね? まさかこのジャンルの本を私が読みたくなるなんて。一生、縁が無いと思っていたのに」
私が選んだ三冊の本は……いわゆる官能小説である。
ベルナール様と初夜を迎え、毎晩のように情交を重ねていると。
今まで何も知らなかった私は、正しくベルナール様の相手を出来ているのかと不安になって来たのだ。
「彼は優しい人だから何も言ってくれないし。自分で学ぶしかない」
(やっぱり少しでも上手くなって、ベルナール様を喜ばせて好かれたい。我ながら単純ね? 初夜であんな話を豪語しておいて……私ったらコレだもの)
『あなたを愛したり、見苦しく愛を求めて泣いたりしません』
「結局、私は……ベルナール様を好きになってしまったみたい」
ぽそぽそと独り言をつぶやきながら本をめくり、自分の心境の変化に苦笑した。
「まぁ、レオニー! あなたなの⁉」
「……っ⁉」
若い女性の少しだけ舌足らずな声で名前を呼ばれ、本から視線をあげる。
そこには学園生時代の読書仲間、友人のイネスが立っていた。
「驚いたわ……あなた、メガネを変えたのね? 最初は誰だかわからなったけれど。とても似合っているわ」
イネスはニッコリと笑い、私の隣の席へ腰をおろした。
「ありがとうイネス、お久しぶりね。ああ! 違った。私の婚姻の儀に来てくれたわね」
「ふふふっ……ええ、私も出席したけれど。あなたはメガネをかけていなかったから、私がどこにいるかわからなかったでしょうね?」
「ええ、うふふっ……実はそうなの。ごめんなさい、イネス」
親しい友人の顔を見ると学園生の頃のように、無邪気な笑い声があふれた。
「でも分厚いあのメガネをかけなくて正解だったわ。だって婚姻の儀式の時のあなたは、本当に綺麗だったもの。読書クラブのみんなも、ため息をつきながらレオニーを見ていたのよ」
「みんながため息をついて見ていたのは、夫のベルナール様の方ではないの? 私に気をつかってくれて、ありがとうイネス」
容姿のことを褒められ慣れていないから。ついついイネスに皮肉っぽい言い方をしてしまった。
「ふふふっ……確かにベルナール様は怖いぐらい美しかったわ。本当にあの方はいつも、夜会で女性に囲まれてい……っ」
イネスは唐突に話の途中で言葉を切って、黙り込む。『マズイことを言ってしまった』とイネスの顔に書いてある。
「イネス、大丈夫よ。ベルナール様が放蕩者だと、私が知っていて結婚したのを忘れたの?」
「レオニー、それは……」
「私は社交が苦手だから、ベルナール様と夜会には同行しないけど。前にも彼が女性たちに囲まれている場面を見たことがあるわ」
(こんなことは結婚前から知っていたことだから……怒ったり泣いたりしない)
胸がヂクヂクと疼くけれど。




