45話 悪夢2
悪夢にうなされるオレを心配して、起こしてくれたレオニーの優しさがジワリと心に染みて。愛しさが胸に込み上げて来た。
「ごめん……少しばかり激し過ぎた」
明け方の情事で疲れ果て、ぐっすりと眠る優しい妻にキスをして……寝顔を見つめながらしみじみと思う。
傍から見ればオレは深夜まで遊びまわり、帰って来たら妻の都合も考えず貪るように抱いたクズ野郎だ。
そんな夫をレオニーは責めもしないで、黙って受け入れてくれた。
「仕事で嫌なことがあったから……つい、君の優しさに甘えてしまったよ」
(すまない。本当に仕事のことを話せれば良いのに)
昨夜、悪夢から目覚めたばかりで、オレはちょうど喉の渇きを感じていた。
何も言わなくてもレオニーはオレに水を飲ませようと、ベッドから飛び出て大急ぎでカップに水を注ぎ手渡してくれた。
「悪夢から目覚めた時、自分一人では無かったことにどれだけ慰められたか……君にそのことを伝えられたら良いのに」
(成りゆきで決めたような、縁だったけれど。本当にオレは良い妻を選んだと思うよ。レオニーを妻にした自分を褒めてやりたいぐらいさ)
ぐっすりと眠るレオニーの額にキスをしてベッドを出る。窓にかかるカーテンを、レオニーが眩しくないよう半分だけ開いた。薄暗い室内に清らかな朝の陽ざしを入れる。
「ああ、そうか!」
(昨夜の北方辺境騎士団にいた時の記憶を、久しぶりに悪夢で見た原因がわかったぞ)
窓際に立ち。レオニーのために購入した新居から王都の街並みを眺めていたら、不意に気付く。
「そうだ。目の前で麻薬を飲む、アンヌの姿に刺激されたからだ……」
麻薬を飲むアンヌの姿が──
魔獣との戦いで極限状態にまで追いつめられ、恐怖に怯えながら麻薬の中毒症状で暴走し、命を落とした騎士たちの姿と重なったのだ。
(隣にいたレオニーが悪夢の途中で起こしてくれたから。夢の中で暴走した同僚に、オレが殺されることは無かったが……)
──毎回。
あの記憶を夢で見ると必ずと言っていいほど、北方辺境騎士団時代の同僚に、背中から刺されて殺されるのだ。
学園の騎士課を首席で卒業した当時。オレは自意識過剰で傲慢な若造だった。
『よく聞きなさい、ベルナール。学園を卒業してすぐの見習い騎士が、北方辺境騎士団へ行くのはあまりにも無謀だ!』
『そうよ、ベルナール。お父様の言う通りだわ!』
『今からでも間に合う。王立騎士団へ進路を変えなさい』
『父上、母上、オレなら大丈夫です』
両親や親戚、学園の恩師たち。オレのことを心配した周囲の人たちの忠告を無視して。オレは王国でもっとも苛酷で危険だと言われる、北方辺境騎士団へ入団した。
『簡単に死んだり大ケガを負ったり……オレはそんなマヌケではありませんよ』
学園での高評価という薄っぺらい成功体験が、何の根拠もない自信をオレにあたえ。傲慢で血の気の多い若造を危険な北方へと向かわせた。
北方辺境騎士団は王国の中でも特に魔獣被害が多発する北部地域で、魔獣を駆除するのが主な役目の騎士団である。
そのあまりの苛酷さから、北方辺境騎士団へ行く騎士は……多額の借金を背負う者や。他の騎士団には受入れてもらえない問題のある騎士などが、最後に行きつく騎士の墓場とまで言われる場所だ。
『人間を相手にする王立騎士団や近衛騎士団などとは、比べ物にならないほど命の危険にさらされるだろう! ベルナール君。せめて経験を積んで“騎士爵”を得てから行きなさい』
『先生、オレは“騎士爵”を北方辺境騎士団で取るつもりです! オレの剣技がどこまで通用するのか、早く確かめたいから』
“騎士爵”とは──
まずは騎士団で見習い騎士として経験を積み、それでようやく受験資格を得て、騎士試験を受ける。それに合格すると、国から一代限りの爵位“騎士爵”が与えられるのだ。
『だが、ベルナール君……』
『オレは魔法も使えるし、魔剣さえあれば楽勝ですよ。先生!』
『……いくら君が魔法を使えても。それでもやはり危険だ』
『それに剣の腕を磨くなら実戦が一番でしょう? もちろん魔法の腕もです』
殺すか、殺されるか。突発的に出現する魔獣との、凄惨な殺し合い。
北方辺境騎士団で悪夢のような光景をいくつも見た。……それも魔獣に襲撃された戦場だけでなく。
騎士団の宿舎に帰ってからも、悪夢は続いた。
『おい、新入り! お前はあんまりフィリップに近づくなよ』
『なぜですか、隊長?』
『あいつは“エフティヒア”で頭がオカシクなっているからだよ』
『エフティヒア……?』
(それは確か……)
『隣国から流れて来る麻薬さ。お前もまともな人間でいたければ、辛くても麻薬には絶対に手を出すなよ!』
『麻薬ですか⁉ そんな物、違法ではありませんか』
『ああ、もちろん麻薬は王国では違法だ』
『だったらなぜ、フィリップさんは罰せられないのですか?』
毎日のように北部地域のどこかで発生する、魔獣との血なまぐさい戦いの中で。騎士たちの半数が精神を病み、麻薬に手を出していたからだ。
『フィリップみたいな騎士を罰して監獄へ入れたら。北方で戦う騎士は半数以下に減るからだよ』
『そんな、バカな!』
『そうだ、バカな話だ。……だがベルナール、これが危険な北方の辺境で戦い続ける騎士たちの現実なんだよ』
中毒となった騎士は麻薬が切れると、禁断症状で妄想に囚われる。獣のように暴れては、同僚の騎士を『魔獣』と間違えて襲うのだ。
そんな騒ぎが毎日のように騎士団内で起きていたが。周囲の者たちもエフティヒアに手を出していため、暗黙の了解で口を閉じた。
仲間に背中から刺されるのではないかという不安の中で魔獣と戦い、危険な職務をまっとうしなければならない。
国王陛下の側近をつとめる叔父に、北方の地獄のような現状を伝えると。麻薬を流通させている組織の捜査をする第四騎士団に誘われた。
そしてオレは四年過ごした北方を、去ることを決めたのだ。




