44話 悪夢
ふと目覚めると……暗闇の中でひどく苦しそうな呻き声が聞こえた。
「ううっ……止めろ! ぐっ……ううっ、ケダモノに……ううっ……」
「……あっ⁉」
(ベルナール様? いつの間にか夜会から帰っていたのね)
ベッドの上で寝返りをうち、反対側を向いて手を伸ばすと。指先が汗で濡れた熱い身体に触れ、私は驚いて飛び起きた。
「くっ……うううっ……止め…ろっ……エフ…ティ…ヒ…ア」
「ベルナール様……発熱して苦しいのかしら⁉ こんなにうなされて……それとも、発熱して悪夢でも見ているの?」
(すごく苦しそうだわ……どうしよう。起こした方が良いかしら?)
「ダメだ! 飲むな……止…めろ……! 誰か…止めて……」
おろおろと私が躊躇っている間も、ベルナール様は苦しそうに手をバタつかせて、もがき続けている。
(起こした方が良いわね。……起きなかったら、きっと熱のせいだから。お医者様を呼ばないといけない!)
「ベルナール様! ベルナール様! 起きて下さい。夢ですよ……」
逞しい肩をつかみ、揺すりながら何度も呼びかけた。
「……はっ!」
「ベルナール様⁉」
「あ……?」
ピタリッと呻き声が止まり、ベルナール様が大きな身体をむっくりと起こした。
「う、うなされていたので、起こしてしまいました。すみません」
「……そうか」
「身体は辛くありませんか? 発熱しているのかと……」
「い…や……大丈夫だ…よ…」
私の問いかけに答えたベルナール様の声がかすれていた。
ベルナール様がじっとりと汗をかきながら眠っていたことを思い出し、私はベッドを出た。
「ベルナール様。今、お水を……!」
サイドチェストに置いた水差しからカップに水を注ぎ、ベルナール様に手渡すと。
「ああ……ありがとう……」
ベルナール様はゴクゴクと音を立てて、カップの水をいっきに飲み干してフゥ――……と息をつく。
「もっと飲みますか?」
「いや……もう、いいよ」
私はベルナール様の手からカップを受け取り、水差しの横に戻すとベッドに戻った。
ボンヤリと座るベルナール様の額にペタリと手を当て、熱が無いか確認すると……ベルナール様は自分の額にある私の手を掴み、口元に持って行き手のひらにキスを落とした。
「大丈夫だよ。少し身体は熱いけど汗をかいたから、すぐに体温も下がるよ」
「あの……ずっと、うなされていたけど。そんなに怖い夢でしたか?」
おずおずとたずねると、ベルナール様は苦笑した。
「ん? ……ああ。ふふっ……」
眠りながら苦しそうにうなされる、ベルナール様の姿を見ていたから。思わず私は気になって、たずねてしまったけれど。
──良く考えれば、まるで夜泣きする子供への質問のようだと気付いた。
気分を害したかと、様子を窺っていると、ベルナール様はポソポソと答えてくれた。
「……うん。怖いというか、昔の記憶が……今も時々、悪夢となって蘇るんだ」
「昔の記憶? 夢でうなされるほど怖い経験をしたのですか?」
「二年前まで、私は北方辺境騎士団にいたんだが……」
「えっ⁉ 北方の……辺境騎士団? 北方の辺境と言えば、確か魔獣がたくさん出る激戦地だったはずでは?」
(と言うことは……ベルナール様は騎士だったの⁉ 体格は騎士みたいだと思っていたけど。まさか本当にそうだとは思わなかったわ!)
結婚した夫のことなのに、自分が何もベルナール様のことを知らないのだと。軽く衝撃を受けた。
「うん。まぁ……こんな私にも血気盛んな時があったんだよ」
「そんな危険なところにいたなんて。今のベルナール様からは、想像できません」
(だってベルナール様は放蕩者のイメージが強過ぎて。騎士とはかけ離れているから)
ベルナール様は髪をかきあげると気怠げに笑い声をあげた。
「ふふふっ……うん、だろうね。私もあの頃のことは、なるべく言わないようにしているから」
「……」
(きっと……ベルナール様自身が思い出したくない記憶なのね。たずねなければ良かったわ)
暗くて表情は見えないけれど。 たぶんベルナール様は、今も苦笑いを浮かべているだろう。
「すまないレオニー……こんな夜中に起こしてしまって。今夜は自分の寝室で眠るべきだったよ」
貴族の場合、基本的に夫婦でも寝室は別々の方が多い。二人が今いる寝室は私の部屋で、ベルナール様の寝室は隣にある。
「いいえ。私はこれぐらいのことは、気にしません。だから遠慮されると寂しいわ」
(私はお飾り妻だけど、夫が辛い時こそ家族として支えたいから)
「本当に?」
「はい」
「明日から毎晩、一緒でも良い?」
「……ええ」
(またベルナール様が悪夢を見ても、私がすぐに起こしてあげられるわ)
私の手を取りベルナール様はキスを落としもう一度、確認する。
「本当に一緒に寝ても良いの?」
「はい。ベルナール様がそうしたいなら」
「そうか。嬉しいよ!」
ベルナール様はギュッと私を抱きしめ、熱烈に唇を奪った。
「……っ⁉」
情熱的なキスをされベルナール様が私にたずねた、質問の本当の意味にようやく思い至る。
カッと自分の頬が熱くなった。
しつこく二回も『一緒で良いのか?』とベルナール様が私にたずねた理由は……
──つまり、いつでもベルナール様との情交を私に『受け入れる気があるか?』という意味で確認されたのだ。




