43話 誘惑
私は相棒のオーギュストに指示された今夜の獲物、夜会の主催者を全力で誘惑しようと目を細めた。
一瞬も目を離さず。ジッ……とケネスモント夫人アンヌの瞳を見つめ続け、耳元に唇を寄せてヒソヒソと囁く。
「君と二人っきりで話したいな……」
「ベルナール。私も同じことを思っていたの」
レオニーとの結婚前のことだが。私はしばらくの間、わざとアンヌを素っ気ない態度で扱い、たっぷりと焦らしておいたから。
私の囁き声にアンヌは『待ってました!』と、嬉しそうな反応を見せた。
「うふふっ……」
今まで私に散々焦らされ、ずっと誘いの言葉を待っていたアンヌは、頬を少女のようにバラ色に染めた。
「君を独り占めしたい気分なんだ。今夜の夜会の主催者殿は、私のおしゃべりに付き合うヒマはあるかな?」
「ええ。もちろん、あるわ!」
扇で唇を隠し、アンヌはニッコリと微笑む。
私が差し出したエスコートの腕に、しがみつくようにくっ付いた。
「私もずっとあなたと二人っきりで、話をしたいと思っていたのよ。ベルナール……」
ねっとりと舐めるようなアンヌの視線が、私の身体を這いずるように上から下へと移動する。
顔を見ているだけでアンヌの頭の中が透けて見えて、ゾッと服の下で鳥肌が立つ。
「君の夫には悪いが、光栄だよアンヌ……」
「ふふっ……夫も今頃、別の女性と二人っきりになっているわ」
「おやおや」
「もしかして、ベルナール? あなた私の夫に嫉妬しているのかしら?」
人差し指で自分の唇に触れながら、アンヌは首を傾げて私に期待の目を向ける。
「この後、どうなるかによるね」
(もちろん。女狐を相手に、どうにかなる気はないけれど)
「あら! ふふふっ……」
アンヌは私の腕に胸を押し付けた。その不快な感触で、表情を歪めないでいるのに苦労する。
「……」
(さてと。どうやって目的の地下室まで誘導してもらおうかな?)
アンヌに連れられウォルコート子爵邸の奥へと進み、無人の部屋に入った。
部屋の扉に鍵をかけると、アンヌは私に抱き付き唇にキスをしようと背伸びをしたが……
私はアンヌの肩をつかみ押しとどめた。
「どうせなら、幸福な夢の世界でアンヌと遊びたいなぁ……君はアレを持っている?」
「まぁ、ベルナール! あなた……もしかしてアレが目的で、私を誘ったのではないでしょうね?」
「さぁ、どうかな」
「もう、悪い人!」
アンヌはドレスのポケットに手を入れた。小さな小瓶を取り出すと、私の前で振って見せる。
「それは幸福な夢の世界へ行ける麻薬?」
「ええ、そうよ!」
「一本だけ? 私の分はないのかな?」
(やっぱり持っていたか。この女なら、絶対に持っていると思っていた)
「うふふっ……地下の遊戯室へ行けば、あなたの分もあるわ」
小瓶の栓を抜くと、アンヌは私の顔をうっとりと見つめながら麻薬を飲んだ。
私はアンヌを冷ややかに見つめた。
(愚かな女狐め。それが幸福な夢の世界へ行ける薬だと? 違うな。それは知性を失くした獣に成り下がる毒さ!)
「アンヌ……私を遊戯室へ連れて行ってくれる?」
(恐らくそこが麻薬に溺れる、クズ野郎たちが集う場所だ)
その地下にある遊戯室とやらに、盗聴用の魔道具を仕掛ければ今夜の仕事は終わる。
数ヶ月前にアンヌの実家、ラプリー伯爵邸に仕掛けた魔道具と同じ物をウォルコート子爵邸にも仕掛けるのだ。
(キンレット男爵家が味わった屈辱と苦労を、綺麗に晴らす日もそう遠くは無い。レオニー、もうすぐだよ!)
これが上手く行けば、ウォルコート子爵を確実に断頭台へと送ることが出来る。
──だから、アンヌを誘惑する私の瞳に気合いが入った。
「アンヌ……私を連れて行ってはくれないの?」
「いいわ、ベルナール。特別に連れて行ってあげる」
「嬉しいよ、アンヌ」
(良いぞ、女狐。その調子だ!)
扉を開くとアンヌの手を取り部屋の外へ出た。




