41話 新婚生活
新婚旅行へ行かないかわりにウォンボーン公爵家の別邸で、二週間という長そうで短い蜜月の時を過してから、私たちは王都の新居へと移った。
ベルナール様のお飾りの妻になるのだと、覚悟して嫁いで来たはずなのに。いざ結婚生活を始めてみると、なぜか夫に溺愛されていた。
見ていて惚れぼれとするほどの美男子が、夜会に出席するための正装に着替える姿を、私はじっくりと鑑賞しながら疑問を投げかけた。
「あの……本当に私は一緒に行かなくて良いのですか?」
(結婚して一番最初に出席する夜会だから。普通は夫婦同伴が常識だと思うのだけど?)
上着の袖に腕を通しながらベルナール様は言った。
「レオニーは社交活動が苦手だろう?」
「ええ……」
「だから君はこれからも、無理して夜会に出なくても良いよ。社交は私一人でもじゅうぶんだからね」
「はい」
(それは助かるわ。だって……こんなに素敵な美男子の隣に、妻として立つ勇気が私には無いから)
「お互い、得意なことを分担した方が効率も良いだろうし」
「それはまぁ……そうですね」
ベルナール様の代わりに屋敷や帳簿の管理を、私が引き受けているから。社交をしないで屋敷に籠っていても、ずっと遊んで暮らしているわけではない。
──でも、結婚したら社交は夫人の義務のようなものだし。貴族の一般常識を逸脱しているから、不安になったのだ。
(いくら私が社交が苦手とは言っても……何だか、少し気になるわ)
ハァ──ッ……とため息をつくと、チラリとベルナール様が私に視線を向けてくる。
「私の相手で疲れてしまったかな?」
苦笑いを浮かべるベルナール様に私は首を横に振って答えた。
「………いえ」
(ベルナール様の相手? ……ベッドでのことを言っているのかしら? たぶんそうね。それは確かに疲れているかもしれない)
前夜から夜明けまで続いた情事を思い出し、ポッと頬が熱くなった。
情熱的なベルナール様に寝かせてもらえなかったせいで、クタクタに疲れた私は寝坊して昼過ぎまでベッドにいた。
(困ったわ。昨夜のベルナール様を思い出すと……身体じゅうがほてってしまうわ)
恥かしくなって顔に手のひらを当てると。あきらかに手のひらと比べて頬の方が熱い。
「それよりもレオニー……社交活動はしなくても、君はもっとオシャレを楽しんでも良いんだよ? ああ、そうだ! 今度一緒にドレスと宝石を買いに行こう」
ベルナール様は思案顔でふむ。ふむ。と自分の顎を指で撫でる。
「い、いいえ。ベルナール様、私はオシャレよりも本に囲まれて読書をするほうが好きですから。そんな贅沢はしなくても平気です」
(……と言うか、結婚前に用意して下さった支度金の一部で、お母様と一緒にドレスは必要なだけそろえてある)
「それに宝石もベルナール様が、結婚前に贈って下さった物がたくさんありますから」
(まだ一度も身に着けていない宝石類とかもあるのに。じゅうぶん過ぎるほど手元にあるわ! オシャレには縁遠い生活をしていたから、私が上手く使いこなせないのが悪いけれど)
支度金以外にも、宝石やアクセサリー類、それに香水に扇だとか。ベルナール様は王都で流行している最新の物ばかりを選んで贈ってくれた。
それを見たお母様の歓喜する様子と言ったら、私よりも燥いでいた。
「……そう? だったら好きなだけ、本を買いに行こうか」
ベルナール様は買い物を断られて、不満そうな顔をした。
「ありがとうございます、ベルナール様。でも、本は買うより王立図書館で借りた方が良いので……」
(それにベルナール様の書斎には、まだ私が読んだことのない本がゴロゴロとある。まずはソレを読破しないと気がすまないわ)
ベルナール様の善意を断るのは気まずいけれど。贅沢が好きな女性だと、私に関する間違った印象を持って欲しくない。
「レオニーは欲が無いね」
「そんなことないわ……」
(目の前にいる王都で一番の美男子を、夫に持った妻ですもの。これ以上の贅沢は他にないと思うわ)
ベルナール様は上着を着ると、鏡を見ながら衿をシュッと衣擦れの音を立てて綺麗に整えた。
それが終わるとベルナール様は私を振り返り……使用人が見ている前で、私の唇にチュッと躊躇なくキスをする。
私自身もウォンボーン公爵家の別邸で、二週間ずっとベルナール様とこんな調子で過したせいか。キスを受け入れることに慣れてしまい、以前のように戸惑うことは無くなっていた。
あまりにも普通にベルナール様が行動に移すから、私も普通に受け入れてる。思い返せば仲睦まじかった両親でさえ、ここまではしなかったのに。
──慣れとは恐ろしい。
「ベルナール様は私を甘やかし過ぎですよ」
(毎晩、情熱的に求められて。立派なお飾り妻になるという自信が、少しずつ揺らぎ始めているわ)
一生、『白い結婚で構わない』と思っていたのに。
もちろん自分が『ベルナール様に愛されている』とか。この『蜜月な状態が一生続く』とか。
私はそんなふうに自惚れたりしないよう肝に銘じている。
──でも、ベルナール様の優しさに満たされ続けていると……
「レオニーこそ、もっと夫に甘えるべきだと思うけどね」
「じゅうぶん優しい旦那様に甘えていますわ」
「そうかな? そうは見えないけれど」
「ふふふっ……」
(たぶん……ベルナール様が元の生活に戻り、活発な社交活動を再開したら。すぐに私に飽きて、こんなふうに溺愛されることも無くなるでしょうね)
……そういう覚悟を常にしておかないと。いつかベルナール様を縛り付けて困らせてしまいそうだし。
「私はもう……大人の女性ですから。子供のように甘えたりはしませんの」
(できるだけベルナール様に嫌われないよう、いつまでもパートナーとして良好な関係を築いて行きたいから。あまりベッタリと甘えてはいけないわ)
「おやおや、寂しいことを言うね。私の奥様は」
「それなら旦那様が私に甘えれば良いのです」
「……ふむ。なるほど! それは良いね。どうやって君に甘えようかなぁ?」
ベルナール様は深い紺色の瞳を細めた色気のある流し目で、私に情事を仄めかす誘惑の視線を送ってくる。
そして『言質は取った、今の言葉を忘れないで! しっかり愛し合おう』
……とベルナール様は瞳で語りかけて来た。
「まぁ……」
(直接、たずねたことは無いけれど。ベルナール様は私に子供を産ませたいのかも知れないわね)
王国の若い男性は年配の男性たちから。
守らなければならない家庭を持って初めて成熟した男性として扱われると、リュシアンお兄様に聞いたことがある。
せっかく私と結婚までしたなら家族が妻の私一人よりも、ベルナール様は子供がいる一般的な家庭を作りたいのではないかと思う。
(子供を産むのは妻の義務だし、私も欲しいわ。たとえお飾り妻でも、夫の望みは叶えないとね)
意外だったのは、ベルナール様が私との情事を楽しんでいることだ。
玄関ホールへ向かうだけなのに、ベルナール様は熱烈に愛し合う夫婦のように私の腰を抱いた。
私たちは他愛のないおしゃべりをしながら、二人並んでゆっくりと階段を下りる。




