4話 一人歩きする噂
奇妙なことに私の蔑称が学園中に広まると……
今度はフレデリック様が隠したがっていた、私との婚約まで知られるようになった。
「アンヌ嬢という愛する恋人がいるのに。あんな婚約者を家同士の契約で押しつけられるなんて、フレデリックは運が無いな」
「アンヌ様がかわいそうだわ。彼女、昨日も泣いていたのよ」
「ああ、確かフレデリックの父上が婚約解消を提案したけど。あのカマキリ令嬢が受け入れないから解消できないと、フレデリックが愚痴を言っていたのを聞いたよ」
「まぁ、なんてずうずうしいの? 愛し合う二人の邪魔ばかりして、カマキリのくせに!」
「本当にそうだよ。あのカマキリ女は容姿だけでなく心も醜いらしいな」
噂話だけが勝手に一人歩きして、いつの間にか私は醜いと侮辱されるだけではなく。
私自身は何もしていないのに、愛し合う恋人同士を引き裂く極悪令嬢だと非難されるようになっていた。
フレデリック様が私に付けた『カマキリ令嬢』という蔑称が広がった時と同じように……
『そんなことはしていない!』とどれだけ私と友人たちが声を大にして説明しても、誰も聞いてくれない。
恐らくだがフレデリック様の浮気相手のラプリー伯爵令嬢のアンヌ様が、悪意を持ってわざと流しているのだろう。
「ねぇ、あなた! 恥ずかしくないの?」
私は険悪な表情の知らない人に、廊下ですれ違いざまに呼び止められた。
「……はい?」
(この人は誰? 知らない人だわ)
「フレデリック様にしがみつくのはやめて、さっさと身を引きなさい!」
「……え?」
「あなたのように心まで醜くい男爵令嬢よりも、ラプリー伯爵令嬢のアンヌ様の方が、ずっとフレデリック様にはお似合いだと思わないの?」
「そ、それは……」
(私だって知らない他人に言われなくてもわかっているわ)
どんな男性だって結婚するなら、容姿が綺麗で裕福な家の令嬢の方が良いと思うことぐらいわかっている。
それに政略的にも借金で没落寸前のキンレット男爵家よりも、裕福で名家のラプリー伯爵家の方が良いと。
「早く婚約解消を受け入れなさい。アンヌ様がかわいそうでしょ?」
「で……でも、それは家同士の……」
「そんな言い訳は聞きたくないわ!」
「……っ!」
(いつも思うけれど。こういう人たちに、どうして正しい理屈が通じないのかしら?)
私はため息をつく。今まであまりにも傷つけられたせいで、残酷な言葉に耐性ができてきた。
以前のように侮辱の言葉で涙がこぼれることも無くなったし、悔しいと思うことも無い。
「ねえ、あなた! 聞いているの⁉」
「……」
(はい、はい、どうぞご勝手に)
ヘタに言い返すと相手が興奮して大騒ぎになるから。黙ってやり過ごすことにしている。
私は適当に頭を下げてその場を足早に去った。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
「……」
(はい、はい、私は今すぐ退散しますわ)
礼儀に反しているけれど。
これからは呼び止められても聞こえないフリをして、振り向かず。知らない人に声をかけられたら無視するのが良さそうだ。
そもそも私たちの婚約は──
フレデリック様のお父様が事業に失敗して多額の借金を背負い、ウォルコート子爵家が没落しかけたことがあり。
その時、ウォルコート子爵の友人だった私のお父様がお金を貸した。そのおかげで子爵家は没落をまのがれた。
それがきっかけで、私とフレデリック様の婚約が決まったのだ。
「私だって婚約解消できればしたいわ。でも……」
(キンレット男爵家のことを考えたら、そんな軽はずみなことは言えない)
私のお父様が亡くなりお兄様がキンレット男爵位を継いだ。
その時の混乱に乗じて、お父様の仕事を手伝っていた人がお金を持ち逃げした。いっきに事業が傾き、キンレット男爵家は大きな借金を背負ってしまったのだ。
正直に言うと……フレデリック様と私の結婚で今度はウォルコート子爵家が、資金援助というカタチで昔の恩を返してくれるのではないかと。
──つまりキンレット男爵家へ、ウォルコート子爵家からお金の援助を期待しているから。
どれだけ侮辱されても、キンレット男爵家から婚約解消をすることはない。
私はとっくに結婚生活への夢や希望はすてた。
「フレデリック様が浮気をしても、結婚後に愛人を作っても。私はすべて受け入れるつもり」
(愛情なんて望まないわ)
貴族の令嬢に生まれた私は、キンレット男爵家と領民のために義務を果たしたい。
だから学園で私がこんな状況に陥っていることを、お母様とお兄様(家族)に相談していない。
お父様が亡くなって以来、お兄様が継いだキンレット男爵家は借金まみれで大変だから。私のことでこれ以上、心配の種を増やしたくないから。
「もうすぐフレデリック様とアンヌ様が卒業するから。学園も少しは静かになるはずよ」
(それまでの辛抱だわ!)
そう信じて、私は灰色の学園生活を耐えるしかない。
ハァ───……と大きなため息が出る。
「……でも、そうね。こんな状況になっても、婚約から身を引かない私は噂どおりの極悪令嬢だわ」
(キンレット男爵家のために、私は愛し合うフレデリック様とアンヌ様のあいだに居座り邪魔をしている)
「確かに私は婚約者に浮気をされたがわだけど。完全な被害者とは言い切れないのよね……」
ハァ───……
胸の奥がチクッと罪悪感で痛んだ。
「確かに私は婚約者に浮気をされた側だけど。完全な被害者とは言い切れないのよね……」
お金のために私は見苦しく、フレデリック様にしがみついているのは本当のことだから。




