37話 初夜
婚姻の儀式を終えた私たちは、ウォンボーン公爵家の別邸で初夜を迎えることになっていた。
「私の方はたいした準備は無かったけれど。花嫁の君は朝から大変だったね。お疲れ様、レオニー」
ニコリと笑ってベルナール様がねぎらってくれる。
私たちは真新しい寝衣に着替え、寝室を飾る純白の花から放たれたふんわりと甘い香りの中にいた。
「お疲れ様でした、ベルナール様。無事に終わってホッとしましたね。ふふふっ……」
(私にとって一番、心配だった『誓いのキス』が問題なく終われたことが奇跡だわ! やっぱりベルナール様は誰でも平等に愛せる、博愛主義なのかしら?)
新婚の甘い雰囲気を演出するために薄暗くされた室内で。
仲よくベルナール様と並んでベッドに腰をおろし蜂蜜酒を飲んだ。
私はまだ成人したばかりだから。手の中のゴブレットに注がれた蜂蜜酒が、生まれて初めて飲んだお酒だった。
飲んだとたんに身体が熱くなり、これがお酒に酔うという現象なのだと知った。
「何だかフワフワとした不思議な気分だわ……」
(ベルナール様と知り合ってから、舞踏会で踊ったワルツを皮切りに、初めての体験を次々としているわ。これが大人になるということかしら?)
ベルナール様はベッドサイドのチェストの上に、蜂蜜酒を飲み終えたゴブレットをコトッと音を立てて置く。
私も残りの蜂蜜酒を飲み干すと、ベルナール様は私の手の中から空のゴブレットを取る。先に置いた自分のゴブレットと並べて置いた。
「レオニー、今夜はゆっくり眠ると良いよ」
「ふふふっ……白い結婚ですね?」
私はフワフワとした良い気分のまま、ニッコリと笑いベルナール様に答えると……
「……んん?」
ベルナール様は動きをピタリと止めて、私の顔をマジマジと見る。
「この結婚は白い結婚だと、私は承知していますから」
「……何だって⁉」
ベルナール様が驚愕の表情を浮かべて、私の顔をジッと見つめる。
お母様に『初夜にメガネは必要無い』と反対されたけれど。
ベルナール様以外の人に姿をさらすことのない寝室でのことだから。
儀式の時とは違い、今の私は普段通りに分厚い眼鏡をかけている。
だから薄暗い室内でもベルナール様の顔が何となくわかるけど。
──なぜか私の考えを探るような、困惑した表情に見えた。
「レオニー……今、何と言った⁉」
「ベルナール様がここで夫の義務を果たす気がないことを、私も承知していますから」
私は気まずい思いをしないよう、ベルナール様にニコニコと笑いながら答えると。
なぜかベルナールは戸惑っているようだ。
「初夜の花嫁にしては……そんなに衝撃的な言葉を、君はずいぶんとあっさり口に出すんだね?」
「覚悟はできていますから」
「君は私に不満は無いのか? 何も聞かなくて良いのか? 君がこの結婚を白い結婚だと思っているなら。私ともっと話し合うことが、あるとは思わないのかな?」
さっきまでとは打って変わって、どことなく不機嫌そうなベルナール様。
「不満もありませんし、聞かなくてもわかります」
「聞かなくても?」
「ベルナール様が私を妻に選んだのは、お飾りの妻が必要だったからでしょう?」
(結婚前はさすがに『放蕩者のアナタと結婚するのだから、私にはそれなりの覚悟があります』とは言えなかったけれど。今なら言えるわ)
「レオニー……」
「心配しないで下さいベルナール様」
「……私が何の心配をすると言うんだい?」
ベルナール様の表情が何とも言えない渋い顔になったから、私は安心させようと『大丈夫ですよ』と満面の笑みを浮かべた。
主君に忠誠を誓う騎士のしぐさを真似て、自分の胸に手を当てて答えた。
ある意味、私もベルナール様に忠誠を誓うようなものだから。今の話にはぴったりのしぐさだと思う。
「私は一生、白い結婚のままでも結構です。ある日突然、ベルナール様が隠し子を連れて来てもです。私は愛情を持ってベルナール様の子を育てる自信もありますから」
(子供は大好きだわ。できれば私自身の子供も欲しいけど…… そんな我がままは言えないもの)
「君がそこまで考えているとは思わなかったよ」
「私はあなたの味方なのだと、とうか忘れないで下さい」
私が誠心誠意、心をを込めて伝えると。
ハァ――……とため息をつき、ベルナール様は私から視線をそらして苦笑する。
「私はベルナール様にとって良い妻になりたいから。あなたを愛したり、見苦しく愛を求めて泣いたりしません」
(あれ? 思っていた反応と違うわ。私がハッキリ言い過ぎて、ベルナール様のプライドを傷つけてしまったかしら?)




