36話 誓いのキス
ベルナール様の希望で私たちの婚約は速やかにすすめられた。
その半年後。
私が学園を卒業すると、ウォンボーン公爵領の神殿で婚姻の儀が行われた。
「花嫁に誓いのキスを!」
儀式の締めくくりで、神官に誓いのキスをうながされた。
「……っ」
私は緊張で身体を強張らせた。
純白のドレスの下で、背中に嫌な汗がタラタラと流れている。
向かい合ったベルナール様が私の顔を隠していたベールを上げた。
普段はずっと掛けている分厚い|メガネは誓いのキスのときに邪魔になると、お母様に取り上げられてしまったから。
おかげで私の視界はボケボケで。
お母様とお兄様、それに読書クラブの友人たちも花嫁姿の私を綺麗だと褒めてくれたけど。
鏡で見た自分の姿もボケボケで、綺麗かどうかなんてわからない。
ベルナール様が妻となる私を、どんな表情で見ているのかもボケボケ。
エスコートをするベルナール様の頼りになる腕が無ければ、私は迷子になり祭壇前までたどりつけなかっただろう。
すごく不便で煩わしいけれど。それでも私にとってボケボケな視界は救いである。
ベルナール様が誓いのキスをする時の顔を見なくて済むから。
もしもベルナール様が嫌そうな表情を浮かべていたら? きっと私はその場で崩れ落ちて、立ち直れないと思うから。
「綺麗だよ、レオニー……君の夫になれて私は幸運だ」
「……」
小さな声でベルナール様が私の耳元で囁いたけど。
誓いのキスという最大の試練を前にして、今の私は緊張でそれどころではなく何も答えられない。
ゴツゴツとした大きな手のひらが私の頬を包み。
ベルナール様の顔が近づき、思わずギュッと瞳を閉じた。
唇に温かい何かがフワリと落ちる。まるで……唇を羽毛でなでられたみたいだ。
温かい何かはすぐに離れて行ったけど。またすぐに私の唇へ戻って来た。
ベルナール様は私の唇に2度もキスをしたのだ。
どうやら私にキスをしても、ベルナール様は吐き気をもよおすことは無かったらしい。
「ああ……」
(良かった。無事に誓いのキスをすることができたわ!)
私は心からホッと安堵した。
元婚約者フレデリック様に言われた暴言が、ベルナール様と結婚が決まった後も私の心に根強く残っていた。
『醜い君と誓いのキスをするのかと思うと……生理的に僕はずっと嫌悪感で吐きそうだった!』
フレデリック様の残酷な暴言は私にトラウマを植え付け、呪いのように私を苦しめ続けた。
「良かった……」
ベルナール様と誓いのキスをすることで、呪いの言葉から私はようやく解放された。
緊張が解けるとポロリと涙がこぼれる。私はレースの手袋をした手で、涙をぬぐった。
ベルナール様が気づかうように私の名前を呼んだ。
「レオニー?」
「ベルナール様……この時を迎えられて本当に嬉しいです。ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとう。レオニー」
ベルナール様はもう一度、私の唇にキスをした。
「ふふふっ……ベルナール様の妻になれて私は幸せです」
(これからはキスに怯えなくても良いのね? それだけでも私はじゅうぶん幸せだわ)
何があってもベルナール様に尽くそうと決めた。




