35話 放蕩者の役割2
放蕩者らしい物憂げな表情を顔にはりつけ、煌びやかに飾られたラプリー伯爵邸の舞踏室を、端から端までながめ観察した。
温室で管理された美しく咲きほこる花のように、色とりどりのドレスを身にまとい、宝石で着飾った貴婦人たちが目を引く。
貴婦人たちの周囲にはシャンパンを片手に持ち、意中の女性を口説き落とそうとする紳士たちが、クラゲのように漂っている。
その中に目的の人物、ラプリー伯爵の娘。ケネスモント夫人のアンヌを見つけて、さりげなく近づいた。
「お久しぶりです、ケネスモント夫人……」
ケネスモント夫人の手を取り、身体をかがめてキスをすると……私は上目づかいでチラリと誘惑する視線を送った。
「本当に久しぶりですね、ベルナール卿。あなたは私を嫉妬で狂い死にさせるつもりですか?」
言葉とは裏腹にケネスモント夫人は、私に声をかけられたことが嬉しいらしく。キラキラと瞳を輝かせて頬をバラ色にそめる。
私は悪戯好きの子供のような笑みを浮かべて、さらりと答えた。
「ケネスモント夫人、私にはまったく心当たりがありませんが。いったい何のことでしょうか?」
(どこからこの情報が漏れたのか? おそらく使用人口からだと思うが。私がレオニーに求婚状を送ったことが、社交界で噂になっているのだろう)
「ねぇ、ベルナール卿? あなたが婚約すると噂になっているキンレット男爵家のレオニー嬢のことだけど……」
「ああ、そのことですか」
(以前、実家のラプリー伯爵家の情報が欲しくて誘惑したことがあるが。それ以来、アンヌは私に執着しているらしい)
私は内心でニヤリと笑った。
自分が美人だと知っていて、それを武器にすれば相手を誘惑できると思い込んでいる。……つまり美しさ以外に何の良さもない。
こういう浅はかなタイプの人間が一番扱いやすい。
(結婚して一年程度しか経っていないのに、ずいぶんと尻軽だな。この女がレオニーから婚約者を奪い、傷つけた女狐だと思うと……この場でレオニーの代わりに、復讐したくなるが)
「私の将来の妻がなにか?」
「ねぇ、ベルナール卿。レオニー嬢は若い紳士たちから、『カマキリ令嬢』と呼ばれているのをご存知かしら?」
扇を開いて唇を隠し、ケネスモント夫人アンヌは意地悪そうに笑う。
私はわざと女心をくすぐるために不躾に名前を呼び、顔をしかめた。
「アンヌ……一応、彼女は私の妻になる女性ですから。あまり悪く言わないで下さい」
(なんて恥知らずな女だ。この女の口からレオニーの名が出るだけで、こんなに不愉快になるとは)
「あら、気に障ったかしら? ごめんなさい。うふふっ……」
謝罪の言葉を口にしながら、私から良い反応をえられたと嬉しそうに瞳が笑っている。
目の前の女狐はレオニーの『カマキリ令嬢』という蔑称を私が初めて知り。レオニーに不満を持っていると、表情から私の本心を読み違えて笑っている。
だが、私の本心はアンヌ自身に嫌悪感を感じているのだと。自分の美貌に自信がある、傲慢なアンヌは気づいていない。
「レオニー嬢は社交が嫌いな、平凡でおとなしい娘です。あなたが気にするほどではありませんよ」
(レオニーを侮辱するなんて、性悪な尻軽女め!)
自分がレオニーの元婚約者フレデリックを、誑かして盗んだことなど少しも気にしていないようだ。
婚約者を奪ってまで手に入れたフレデリックさえ、今ではアンヌにとって人どうでも良い存在になっているらしい。
(おかげで私も罪悪感を持たずに、この性悪女を誑かすことが出来る)
「つまりベルナール卿にとって……レオニー嬢はいても、いなくても、どうでも良い妻になるということね?」
「いいえ、それは違います。彼女と結婚すれば、父にうるさく説教されることが無くなりますから。私がこうしてアンヌと戯れられるのは、彼女の存在が私の盾となってくれるからです」
「ふふふっ……何も知らない令嬢を、道具のように利用するなんて悪い人だわ。ベルナール卿は」
アンヌは私の嘘を信じたらしく、コロコロと楽し気に笑った。
「褒め言葉と受け取っておきましょう」
「……でも私はあなたのような、悪い殿方のほうが好きよ? 優しくて誠実な殿方よりも、ずっと魅力を感じるの」
「光栄ですアンヌ……」
胸に手をあて、礼儀正しく笑って見せたが。アンヌを見つめていると、自分の紺色の瞳が真冬の湖のように、冷たくなっている自覚があった。
(やはり、甘やかされて育てられた愚かな女だ。聡明なレオニーなら私の顔にだまされず。私の本心を読み取ろうとしたはずだ)
私が求婚してから最初に対面した、キンレット男爵家の庭で話したときのように。
レオニーは私の女性に好まれる容姿にも惑わされず。目の前の利益に目がくらみ、何も考えずに飛びつくようなこともしなかった。
そういうレオニーの聡明さが、安心して付き合える女性だと心地良かった。
私の容姿にもレオニーは皮肉めいた感想を持っているようだし。
『こんなに美しいと悪魔や天使でさえ、誘惑されて罪を犯してしまいそうだわ……』
(ふふっ……あんなふうに面と向かって、女性に言われたのは初めてだった)
あの時の衝撃はたぶん、ずっと……私の心に残るだろう。
なぜか女性たちは容姿さえ良ければ、私の性格はどうでも良いと思う傾向にある。
目の前で笑うアンヌのように。




