34話 放蕩者の役割
舞踏会が開かれるラプリー伯爵邸へと続く道は、舞踏会に招待された貴族たちの馬車が列を作りズラリと並んでいる。
人気のある夜会だといつものことだが、どれだけ待っても私の馬車はノロノロとしか進まない。
だから私はいつものように伯爵邸の手前で馬車を降りると、そこからぶらぶらと歩いて会場へ向かう。
「おい、ベルナールじゃないか!」
「ああ、オーギュスト……久しぶりですね」
馬車から降りてすぐに、建物の陰からひょっこりとあらわれた知人に呼び止められた。
「お前、婚約したんだって? ……それで婚約者殿とは仲良くやっているのか?」
「婚約はもう少し先ですよ」
オーギュストと軽口をたたきながら、並んで伯爵邸までの道をのんびりと歩く。
「それにしても……お前の家族(ウォンボーン公爵家)がよく許したな? 相手は没落寸前の男爵家だろう?」
「許すも何も……両親は私が結婚する気になっただけでも、幸運だと思っているようですから」
「ああ、そうか。確かにいつまでも、お前のような色男にフラフラとされては、公爵家も苦情が増えて面倒だろうからな」
「フンッ!」
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべるオーギュストに、思わず私は鼻を鳴らした。
「まぁ、冗談は抜きにして……この難しい時期に、良くお前の叔父さんが結婚を許したな?」
「あまり良い顔はされなかったけど。相手の状況を考えればと、叔父も許可してくれましたよ」
(少しでもレオニーとの婚約が遅れれば、恐らく手遅れになっていただろうから)
私が求婚状を送らなければ、キンレット男爵家は確実に破産していたはずだ。
「クックックッ……あの悪魔のような叔父さんが、よく首をタテに振ったと思っていたが。そうやって説得したのか?」
「オーギュスト。いい加減、結婚のことで私を揶揄うのは止めて下さい」
(まったく、この男は!)
レオニーと王立図書館で知り合って以来、キンレット男爵家を見守り続けている私に対して。
オーギュストはずっとこの調子なのだ。
私が今の仕事を始めたときからの相棒で、私の方が一回り年下だから、いまだに新人扱いをしてくる。
思わずオーギュストの隣で、ハァ――…… とため息をつく。
「未来の奥方と知り合ったのは……確かお前が初仕事の時だから、もう一年になるか?」
「いいえ、一年と半年です」
(レオニーは私のことを、覚えていないけれど。……まぁ、そうなるよう仕向けたのは私のほうだが)
知り合った時は、まさか自分がレオニーに求婚することになるとは思わなかった。
でも破産の危機に瀕していることを知っていて、見ないフリはできなかった。
「顔に似合わず、お前は意外としつこい奴だよな?」
「大きなお世話です」
「……それにお人好しだ」
「フンッ!」
オーギュストは話をしながら私たちの周囲をチラリと見てから、上着のポケットから複雑な魔法陣が刻まれた六角形の金属板を出した。
手のひらにすっぽりと収まるサイズだ。
「……これは?」
私は手早くオーギュストから受け取ると、チラリと金属板を見て自分の上着のポケットに入れて隠す。
「盗聴用の魔道具だ」
「盗聴……? 以前、使った物よりずいぶん薄いですね?」
ティーカップぐらいの厚さだ。これなら仕掛けやすい。
「動力源の魔石を嵌め込まず、かわりに魔石を砕いた粉を魔法陣を彫ってできた溝に直接埋めてあるからだ」
第四騎士団の技術班が独自の魔法式を組み合わせて、爆発させずに魔石を砕く技術の開発に成功したからこそ、出来るようになったことである。
「なるほど。それで、コレをどこに仕掛けろと?」
「クズ野郎とブタ野郎が集う、サロンが開かれる地下室だ」
「地下室ですか? ずいぶんと無茶を言いますね」
(舞踏会の会場から地下に下りて、盗聴用の魔道具を仕掛けろと?)
「だからお前を呼んだのさ。ラプリー伯爵が嫁に出した、尻軽娘も舞踏会に参加するから。お前の綺麗な顔でその娘を誘惑して、上手く協力させると良い」
(ラプリー伯爵の娘と言えば……ケネスモント夫人か)
レオニーから元婚約者のフレデリックを奪ったアンヌのことだ。
「もうすぐ婚約する私に尻軽女を誘惑しろとは。……まったく悪魔ですね、あなたは。私の未来の妻が社交活動を中止していて良かった」
ただでさえレオニーに、私は放蕩者だと思われているのに。もちろん好きで放蕩者をやっているわけではない。
レオニーに『違う』とハッキリ否定したくても、今の私の仕事には守秘義務がある。家族でも話してはならないという厳しい規則で縛られているのだ。
おかげで周囲に誤解の解きようがない。
「まぁ、そうボヤくなベルナール。こんな立場で結婚しようとする、お前自身が悪いのだから」
「ええ、わかっています」
国王陛下の側近をしている叔父に誘われて、二年前に私は王国内で組織的に行われる重犯罪を専門に捜査する王立第四騎士団に入団した。
女性に好かれる自分の容姿を活かして、私は貴婦人たちを誘惑しては情報を聞きだし、いくつもの案件を調査した。
おかげで私は社交界で放蕩者と、呼ばれるようになってしまった。




