32話 ベルナール卿の結婚
ベルナール卿の求婚を受け入れ結婚が決まった。
男爵邸の庭で片膝をついたベルナール卿に求婚されてから、数日たった今でも、私は自分の幸運が信じられずにいる。
ベルナール卿が人違いで私に求婚状を送ったのではないとわかったのは良い。でもそうなると、また新たな疑問が出て来た。
「私を選んだ理由は読書が好きで、ワルツを踊ったときに気が合ったからだと言っていたけれど……」
(社交界の放蕩者と呼ばれているベルナール卿が、結婚をして家庭を持ちたがるタイプには見えなかったわ。彼なら一生独身でいてもおかしくないのに)
「うう~んん……」
私は学園の講義室で腕組みをして、思わず唸ってしまった。
ここ数日、ずっとこんな調子で考えに耽っている。
「まぁ……レオニーったら、どうしたの? 難しい顔で唸ったりして」
「ああ、セリーヌ」
私とベルナール卿がワルツを踊った舞踏会で、セリーヌにも良い出会いがあった。
セリーヌも求婚状を受け取り、今は婚約に向けて婚前契約をまとめているのだとか。
「何か悩みごと?」
「その……私にも求婚状がとどいて、結婚が決まったの」
「まぁ! レオニー、それはおめでとう! うふふっ……ようやく見る目がある人が出て来たのね」
セリーヌは私の手を取り、ブンブンと振って大喜びした。
友人たちに話すことをずっと躊躇っていたから。今、初めて結婚が決まったことを話したからだ。
「ありがとう。でも……」
(私は素直に喜べないの。もちろん決まったときは嬉しかったけれど……)
結婚が決まった時は私も興奮していて、ウキウキと嬉しい気持ちばかりだった。
でも落ち着いてみると、疑問が浮んで不安だらけになってしまった。
フレデリック様にひどい捨てられかたをしたから。
これ以上は誰かに傷つけられたくなくて、疑心暗鬼になっているのだ。
「でも……どうしたの?」
「ええっとね……相手の男性は次男で裕福な人だから、結婚の必要は無いと思うの」
ベルナール卿は長男ではないし。生家のウォンボーン公爵家の存続のために、結婚の義務にしばられることもない。
そんな男性が、なぜ結婚したがっているのかが疑問だった。
「ふぅ~ん……それで?」
「とても人気がある人で、私を選んだ理由は私と気が合うからだと言っていたわ。その人も読書家らしいの」
「まぁ! 同じ趣味を持つ男性なのね。そんな男性なら、レオニーのことを知って好きにならない方がオカシイわ」
セリーヌの意見に、思わず私は苦笑してしまった。
「でもね……なぜ彼が結婚したいと思ったのかが、不思議なの」
(とても家庭に向いている人だとは思えないし)
「どうして?」
「その……放蕩者と呼ばれるほど、女性との噂がたくさんある男性で」
「放蕩者?」
「ええ」
私はうなずき話しを続けた。
「実際に会ったのも求婚を受け入れた日を合わせて、たったの二回だけなの」
ハッと息をのみ、セリーヌの顔色が変わった。
この求婚にはどこか違和感があると、セリーヌも気付いたのだ。
「まさか、それって……」
「ええ、たぶん……」
(そこで考え付くのは『お飾りの妻』)
あえて私は口には出さなかった。それはセリーヌも同じだ。
美男子に求婚されて幸せの絶頂に駆けのぼり、大喜びしていても良い状況だけど。
──何とも言えない不安が胸の奥から湧き出して、ザワザワとする。
「ベルナール卿(彼)のように裕福で美男子だと、妻の座を狙う未婚女性は星の数ほどいるはずだわ」
(でもお飾り妻がいえれば、未婚の女性たちの標的にならずに済む)
「まぁ、レオニー……」
さっきまでお祝いムードで輝いていたセリーヌの顔が、悲し気に雲ってしまった。
だから私は友人たちに、自分の結婚が決まったことを言えなかった。また、優しい人たちを心配させそうで。
きっと私の推理は間違っていない。『お飾りの妻』がベルナール卿が求める私の仕事なのだ。




