31話 キス
お兄様にすすめられてベルナール卿とともに、男爵邸の庭へ散歩に出たときは。
お互い腹の探り合いをしていたせいで、二人の間にぎこちない空気が流れていた。
──でも、王立図書館の本の話題が出たとたん……二人はまるで長年の友人のように、今まで読んだ本について語り合った。
「レオニー嬢は『カルケイン将軍の手記』という本をご存知ですか?」
「カルケイン将軍……と言いますと、確か二百年前に活躍したかたですね?」
「ええ、そうです。その手記というのがとても興味深くて。将軍職に就いていた人物が書く物ですから、硬い内容かと思えば……読んでみると何人もの女性に見合いを断れれた話だとか。初恋の女性に対する複雑な感情について書いてあったのです」
「まぁ……」
「もちろん硬い内容もあります。自分の指揮で魔獣を討伐したときの戦術についてとか」
「なんだか面白そうですね」
「ええ。あれは女性にもおすすめですよ」
「ふふふっ……読んでみたいです」
ベルナール卿と楽しく語り合いながら、私はふと既視感をおぼえる。
王立図書館で出会った傷だらけの騎士と、話をしていた時と同じ雰囲気だった。
(何だか……ハンカチを貸してくれた優しい騎士様との思い出と、ベルナール卿が重なるわ)
こんな男性が二人も存在するとは思わなかった。でも私が知らないだけで、社交界を探せばもっといるのかもしれない。
二人で庭の真ん中まで来ると……ベルナール卿は自分の服が汚れるのも厭わず、地面に片膝ひざをついて私の手を取った。
ずっとほほ笑んでいた美しいベルナール卿の顔が、緊張して強張っているように見える。
「レオニー嬢……」
「……あっ!」
ドキンッ! と心臓がはねた。 思わず胸をおさえた。
「私と結婚してください」
「本当に私で良いのですか?」
(結婚した後から、醜いカマキリ令嬢だと文句を言わないで下さいね?)
「レオニー嬢。あなたが良いのです」
「……ベルナール卿が私で良ければ、結婚します」
ベルナール卿が私を選んだのは、他の誰かと間違えていたわけではなかった。
──どちらにしても私は、最初からベルナール卿の求婚を受け入れるつもりだった。
前もってお母様とお兄様とも相談して、私はこの求婚を受け入れると話してある。
ここで裕福なウォンボーン公爵家出身のベルナール卿と縁が出来れば、キンレット男爵家への支援も期待できるから。
私の返事を聞き、ベルナール卿は強張らせていた頬を、ホッとゆるめた。
「ありがとう。レオニー嬢……」
「ベルナール卿。こちらこそ、ありがとうございます」
手に取った私の手にキスをすると、ベルナール卿は土がついた膝を払いながら立ちあがる。
私の肩に手を添えベルナール卿は、私の額にもキスをしようとするから……
「……っ!」
思わず私は身体を強張らせて目を閉じた。
私を深く傷つけたフレデリック様の言葉が脳裏を過ぎり、怯えていたから。
『醜い君と誓いのキスをするのかと思うと……生理的に僕はずっと嫌悪感で吐きそうだった!』
ベルナール卿は私の額にキスをした。
私は閉じていた目を開くと、ベルナール卿の顔に嫌悪感が無いか探った。
「……あ」
(ベルナール卿はキスを嫌がっていないの?)
ニコリとほほ笑むベルナール卿は、私の不安や恐れを知ってか知らずか……
今度は何の躊躇もなく私の唇に、素早くキスをした。私は目を閉じるヒマも無かった。
「ふふふっ……」
悪戯が成功した後の子供のように。
私の唇を奪うことに成功したベルナール卿は楽し気に笑った。
「////////////っ……」
私の頬はカッ! ……と熱くなる。きっと真っ赤に染まっていることだろう。
流れるような一連の動作に、ベルナール卿は嫌々私にキスをしたのではないとわかり。
私はホッと胸をなで下ろす。
ベルナール卿のような放蕩者と呼べれる人と結婚して、私が幸せになれるかはわからない。でも貴族の結婚とはこういうモノである。
ほんの少しだけ相手に好感が持てれば、それだけでもじゅうぶん幸運なのだと。
婚約破棄をされたフレデリック様からは、そんな好感さえ持てなかったのだから。これで文句を言うのは贅沢すぎるというものだ。




