27話 謎の求婚
居間で刺繍をする私の隣に、お母様はドスンッと腰を下ろした。お母様らしくない不作法な態度だ。
「本当に私宛の求婚状? お兄様に宛てたものの、間違いではないですか?」
「いいえ、間違いなくレオニーに来た求婚状よ」
「相手は…… 五十歳か六十歳ぐらい私よりも年上で、介護が必要な男性とか? ……それとも手がかかる小さな子供がたくさんいて、私を継母に欲しいとか……?」
(私を選ぶ理由なんて、それぐらいしか思いつかないわ。だって私は元婚約者にキスをする想像をしただけで、吐きそうになると言われた娘よ?)
「いいえ、確かに年上だけど。相手はあなたと六歳しか違わない男性なの」
六歳差なら、結婚相手ならちょうど良い年齢差だけど。
「そんなに若い男性なの? もしかして不治の病に侵されているのかしら? それとも私を誰かと人違いをしているのかも。ああ、ひょっとすると心の病にかかった最愛の恋人を、屋敷の屋根裏部屋に隠しているとか?」
(何か訳アリの裏事情がありそうだわ)
思わず私は小説に良くある“謎の求婚者” ……の設定を口に出した。そうでもなければ、私を選ぶはずがない。
お母様は相手のことを疑う私に、何とも言えない微妙な顔をする。
「レオニー……あなた、本の読み過ぎよ? ベルナール卿はまだ一度も結婚した経験が無くて、屋根裏部屋に恋人はいないと思うわ」
「……誰ですって⁉」
(私の聞き間違い?)
「ベルナール・カザートン卿という殿方から、あなたに求婚状が届いたの!」
「ベルナール卿……⁉」
「あら、覚えていないかしら? 叔父様がエスコートした舞踏会で、あなたがダンスに誘われて踊ったと聞いたけれど?」
叔父様は私が放蕩者のベルナール卿に、目を付けられたかもしれないと、お母様に報告していた。
「確かにベルナール卿とワルツを踊ったわ……でも……?」
(嘘でしょう⁉)
「そのベルナール・カザートン卿よ」
「まさか、あのベルナール卿? 滅多にいない美男子の⁉ 私の記憶にある男性とは、同じ名前の別人かしら⁉」
(もちろんベルナール卿のことは覚えている。私が初めて踊ったワルツのパートナーで、まぶしいほどの美男子)
私に一時の夢とトキメキをくれた人。
「ベルナール卿は爵位はお持ちではないけれど。あのウォンボーン公爵家の次男なの」
つまりベルナール卿はウォンボーン公爵家の直系筋で、裕福なのも間違いない。
「ウォンボーン公爵家と言えば……権力の中心にいる四大公爵家の一つで、現在の王妃陛下の実家よね?」
(……まさか、ベルナール卿が公爵家に連なる人だったなんて⁉ 驚いた!)
社交界のことは知らなくても社交デビュー前に暗記させられた、貴族名鑑を見ているから。有力貴族の家名ぐらいは私でも知っている。
「ええ、そのウォンボーン公爵家のかたよ」
「そんな男性がなぜ、私に求婚するの? 理由は?」
(そもそも現王妃様の血縁者だなんて。そんな人が貧乏男爵家の娘に、求婚するはずないわ! 家の格が違いすぎる)
求婚者と釣り合わないのは容姿だけではなかった。何もかも釣り合わず、増々私はベルナール卿に相応しくないと思えてくる。
「あなたを舞踏会でダンスに誘った時、あなたに興味を持ったのがきっかけだったと……求婚状には、そう書いてあるけれど?」
「たった一度しか踊っていないわ。それに……ありえないわ!」
「でも、そう書いてあるの。ベルナール卿はあなたと踊ったワルツが忘れられないと」
私よりもお母様のほうが幸せそうに笑っている。
「お母様、それは本当に求婚状ですか⁉」
(信じられないわ)
「ええ、求婚状よ」
私は刺繍の針と布を膝の上に置いて、お母様から手紙を受け取り内容を確認した。




