26話 危機的状況
私が結婚をあきらめ社交活動を中止したぐらいでは、キンレット男爵家の危機的な経済状況が、改善されることはなかった。
むしろ時とともに状況はどんどん悪くなるばかり。
男爵家の借金は増えているのに、返済が止まってしまった。
いよいよ私たちは家や土地を手放して、爵位を王家に返上しなければいけないところまで、追いつめられている。
「学園を退学したほうが良いのかしら?」
(でも、そうなると職業婦人への道が厳しくなるわ。どうすれば良いの?)
私が学園を卒業するまで、すでに半年を切っている。
あと少しで卒業なのに……その数ヶ月が、ずっと先の遠い未来のことのように思えた。
キンレット男爵家の居心地の良い明るい居間で。
私は相変わらずかけている分厚いメガネを、指で鼻の上に押し上げながら。毎日の日課となった刺繍の手を止めずにチクチクと動かす。
薔薇の葉の部分をグリーンの糸でシルクの布に刺しながら、考えに耽った。
この一年で私の刺繍の腕は格段に上がった。
「……もしも、学園を退学することになったら。この調子で刺繍の仕事を続けるのも、良いかもしれないわね」
元々はお母様が知人に頼み込んで始めた、ドレステーラーからの下請けの仕事だけど。私も少しでも家計の助けになればと、お母様を手伝っている。
貴族家の婦女子が平民と同じ仕事をするなんて、普通では考えられないことだけど。背に腹はかえられない。
今はキンレット男爵家の非常時だから、普通ではないし。
「ああ……本が読みたいわ」
自分の将来に不安を感じて、ついつい私の口から愚痴がこぼれてしまう。
ヒマさえあれば刺繍をしているから。おかげで王立図書館へ行く時間がなくて、読書もしていない。
王立図書館で読みたい本を選ぶ至福の時が、自分にとってどれだけ贅沢な時間だったかを思い知る。
「そう言えば……」
(学園生でなくなれば王立図書館で本を借りるのに、お金が必要になるのね)
「ああ……もっと読んでおけば良かったわ。残念ね」
(たぶん……こういう生活が続くから。以前のような読書を楽しむような贅沢は、出来なくなるでしょうし)
傷だらけの騎士にすすめられた、まだ読んでない本がたくさんある。お金がかからないから、今までは読むことができたのに。
「ダメね。大人にならないと……」
(今までは未成年の学生だったから許されたことなのよ)
ハァ───……と重苦しい気分で、特大のため息を何度もつきながら。
私はチクチクと手を止めること無く、刺繍を刺し続けた。
そんな私がいる居間に慌てた様子でお母様が、手に持った手紙を振りながらやって来る。
「レオニー! 求婚状が届いたわ!」
「……え⁉」
この時ばかりはあまりにも驚き、刺繍を刺す手をパタリと止めた。
(求婚状? 聞き間違い?)
手に持つ手紙の内容に興奮し、頬を赤く染めたお母様の顔を、私はマジマジと見つめた。
「求婚状よ、レオニー! あなたに求婚状が届いたの!」
「私に……? お兄様への求婚状ではないの?」
「レオニー、あなたよ! あなたと結婚したがっている殿方があらわれたのよ!」
「……まぁ。どうして今頃?」
(またアンヌ様とフレデリック様が、私に意地悪をしているのではないかしら?)
とても素直に信じることができない。
「誰だと思う?」
「さぁ……?」
私は首を傾げた。
社交活動を中止してから、かなり月日が経っているから。今一つ現実味がない。
求婚と言われても私にはピンッと来なかった。
むしろ詐欺か悪戯ではないかと警戒し、眉をひそめた。




