22話 ワルツ
実を言えば……私は社交界にデビューしてから、お兄様以外の男性とワルツを踊ったことがない。
自分のパートナーと適切な距離をたもちつつ、列を作って他のペアと一緒に、お行儀よく踊るカドリールのダンスしか経験ない。
「嬉しいわ! ワルツを踊れるなんて」
(それもとびきり素敵な殿方と! それにきっとベルナール卿は、この夜会で一番の美男子だわ!)
舞踏室のまん中に立ち思わずつぶやくと、ベルナール卿が楽し気に笑った。
「あなたを誘えて光栄ですよ。レオニー嬢」
「ありがとうございます、ベルナール卿。私……ワルツを踊るのが初めてなのです」
(ベルナール卿は容姿だけでなく性格まで素晴らしい男性だわ)
「おや、それは本当ですか?」
「ええ。本当です」
私にワルツの経験が無いことには、それなりの理由がある。もちろんワルツが踊れないからではない。
ワルツはパートナーと親密なほど触れ合うダンスで。
男性たちがそんなダンスは社交辞令の相手ではなく、本命の女性と踊りたがっているからだ。
「今夜の私は幸運です。レオニー嬢の初めての相手になれるなんて」
「ふふふっ……私にとって忘れられない、良い思い出となるでしょう」
「出来ればワルツだけでなく、私のことも良い思い出として記憶してもらいたいものです」
「もちろん、ベルナール卿のことを一番心に焼き付けるつもりですわ」
(フレデリック様とアンヌ様の意地悪から私を救っただけでなく、誘いたい本命の女性ではない壁の花の私と踊って下さる人だもの)
こんなに親切で優しい人は他にいない。出会ったばかりだけどわかる。
「本当に?」
「はい。壁の花の私をワルツに誘って下さった、素敵な男性のことですもの。忘れたくても忘れられないですわ」
「嬉しい言葉だ」
「本当にベルナール卿はお優しいかたですね」
「私が優しい? ダメですよ。そんなふうに男を簡単に信じては。もしも私が邪悪な理由でアナタに近づいたとしたら、どうするのですか?」
ベルナール卿はニヤリと笑い、脅すように私を睨む。
「ふふふっ……邪悪な理由を持たれるほど、私には魅力がありませんから。そんな心配はいりません」
(お金に困った詐欺師だって、貧乏なうえに美貌も無い私に魅力は感じないだろう)
「おやおや……」
「ふふふっ……」
(卑屈な娘だと思われたかしら? でも本当のことだから。それにしても、このかたは……なんて楽しい男性なの? 嬉しい!)
音楽隊がワルツの演奏を始め、私たちは絶妙なタイミングで最初の一歩を踏み出す。
このワルツが最初で最後の経験となっても、私は今夜の思い出を一生大切にするつもり。
ベルナール卿と踊ったワルツは、想像以上に素晴らしかった。
お母様とお兄様に私は結婚できないと納得させるためだけに、社交界へデビューしたようなものだから。
私にとって誰にも興味を持ってもらえない社交活動は、時間とお金の無駄としか思えなかった。
──でも。
「ああ……」
(今だけは社交界にデビューして良かったと思えるわ!)
ベルナール卿とワルツを踊る間だけは、心から自分が社交界にデビューしたことを喜んだ。
でも、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうもの。
演奏は終り、私はベルナール卿と向きあった。お互いに感謝の気持ちを込めて、お辞儀をして締めくくる。
私はそっと言葉を添えた。
「ベルナール卿……記憶に残る素晴らしい時間を贈って下さり、ありがとうございました」
「こちらこそ。レオニー嬢のような素晴らしいパートナーに、めぐり会えたことを嬉しく思います」
お兄様や叔父様に紹介された男性たちに、素っ気なくあしらわれたり拒絶された数々の記憶が胸をよぎり。
ベルナール卿の優しい言葉がジワリと心に染みて、涙がこぼれそうになった。
慣れたから平気だと思っていたけれど。知らず知らずのうちに、男性たちの無情な態度に深く傷ついていたことを自覚した。




