20話 救いの手
私に声をかけた男性は、一度会えば簡単には忘れられそうもないほどの美しい容姿をしている。
ずり下がった分厚いメガネを指先で鼻の上に押し上げて、思わず私はジロジロと男性の顔を見つめてしまった。
男性の年齢は私よりも五、六歳は年上だろうか。
女性にしては背の高い私でも見上げるほど背が高い。厚みのある身体は手足が長く、騎士のように逞しい。
襟足でそろえた青みをおびた艶やかな黒髪。黙って見つめられると心の奥底まで見透かされそうな深い紺色の瞳。
頬のラインはスッキリとシャープなのに、顎が少し角ばっていて頑固そうな印象を与えられる。
それでも男性の魅力は少しも損なわれることはない。むしろ野性的な雄々しを洗練されたしぐさの下に隠し持っていそうな……そんな容姿をしていた。
「あの……?」
(こんな美男子がなぜ私に声をかけたの? 不思議だわ)
アンヌ様のように私が美しかったなら、知らない男性にダンスを誘われても不思議ではないけれど。
見知らぬ美男子は一歩、私へと歩を進めて白い手袋をした大きな手を差し出した。
「お嬢さん、私と踊っていただけませんか?」
美男子は私の顔をすぐ近くで見ても、他の男性のように顔を強張らせることはなく。ニッコリと美しくほほ笑んでいる。
アンヌ様のように本音では私を醜いと嘲笑う気持ちを、隠しているようにも見えない。
(温かくて優しい笑顔だわ……)
戸惑いながら私は差し出された男性の手を取った。壁の花の私はダンスに誘われたら、断るような贅沢なことはできない。
「私でよろしければ……」
「あなたが良いのですよ」
男性は大きな身体を屈めて私の手の甲にキスをする。
キスをして美しい顔を伏せたまま、フレデリック様とアンヌ様にチラリと視線を流して、私を見あげた。
『お困りのようですね?』……と視線が伝えて来る。
「あっ……!」
(この人、もしかして……⁉ フレデリック様とアンヌ様に絡まれている私を、救い出そうと声をかけてくれたの?)
二人が私を侮辱する声が、目の前の美男子の耳にまで届いていたようだ。
私が自分の意図に気づいたことを美男子は読み取ったらしく、ニヤリと笑い小さくうなずく。
「まぁ……」
(やっぱりそうだわ。私を助けてくれようとしている)
私は気を取り直して、学園で受けた淑女教育の成果を目の前の美男子に披露した。
(どこの誰かはわからないけど。助てくれるなら、ありがたく救いの手を受け入れるわ)
「私……ダンスは得意なのです。特にワルツが好きで…… お兄様にワルツが好きだと話すと、はしたないと言われてしまいましたが」
ワルツは他のダンスとは違い男女がピッタリと身体を寄せ合って踊るから。ひと昔前までは下品ではしたないと言われていたそうだ。
「気が合いますね。私もワルツは好きですよ」
「ふふふっ……嬉しい驚きですわ」
「本当に」
美男子はニッコリと満面の笑みを浮かべた。私もつられてほほ笑んだ。
和気あいあいと私たちが話していると、甘いソプラノの声が私たちの話に割って入って来た。
「まぁ、ベルナール卿! ここでお会いできるとは思いませんでしたわ」
この状況でアンヌ様が黙っている訳がなかったのだ。
美男子の顔に浮かんでいた優しい笑顔が、一瞬で不快そう表情に変わった。
「……っ!」
(ベルナール卿? この男性はベルナール卿というの? アンヌ様はこの人と知り合いなの⁉)
良く考えてみれば、アンヌ様とベルナール卿が知りあい同士でも不思議ではない。
裕福な家の令嬢だったアンヌ様は社交デビューも早く。すでに成人していてフレデリック様と結婚しているのだから。
当然ながら未来のウォルコート子爵夫人として、社交活動を活発にしていることだろう。
つい最近、社交界にデビューしたばかりの私とは違う。
アンヌ様が着ている豪華な最新のドレスを見るだけでわかる。社交活動にそれだけ財力と気力を注ぎ、熱心に取り組んでいるのだと。




