16話 社交デビュー2
お兄様はまだ結婚してない友人たちを、私に何人か紹介してくれたけど。私の顔を見るなり彼らは引きつり笑いを浮かべた。
「良い夜ですね、レオニー嬢……」
「私もそう思いますわ、アンリ卿」
「それに、とても……とても……ええっとぉ……」
お兄様の友人アンリ卿は気まずそうに私から目をそらす。
──おそらくだが。
分厚いメガネのレンズ越しで奇妙に歪んで見える私の瞳が、アンリ卿には自分を睨んでいるように見えるのだろう。もちろん私は睨んでいるつもりはない。
ただ……目が悪い私はアンリ卿の気持ちを知りたくて、表情を注意深く見ているだけ。
アンリ卿が私からそらした視線の先に、リュシアンお兄様とお母様がニコニコと笑って立っている。
「……」
(たぶんアンリ卿は友人のお兄様に私から救い出して欲しいと、視線で助けを求めている)
お兄様はアンリ卿の視線に気づいても、気づいていないフリをしてニコニコと笑っているだけだ。
でも私とお兄様の目が合うと、『その男をモノにしろよ、レオニー!』と言っているのか。
お兄様がパチンッと片目を閉じてウインクをする。思わず私は顔をしかめた。
人前でなければ唸り声をあげていただろう。
「……ああ」
(アンリ卿、本当にごめんなさい。お兄様は私の味方だから、あなたを助けてくれないと思うの)
私はずり下がってきた重くて分厚いメガネを、鼻の定位置へ戻す。
困っているアンリ卿が気の毒になり、ハァ──……とため息をついた。
かわいそうなアンリ卿を救うために、私が話の主導権を握ることにした。
「素敵な夜会ですね。お花の飾り付けが素晴らしくて……先程から私、あちらの大きな花瓶の花に目を奪われてしまって」
「そ、そうですか。確かに素晴らしいですね」
視線が私と合わないように、アンリ卿の視線がフラフラとあちらこちらへと泳ぎ出す。
「はい」
(もう限界だわ! 厳しい淑女教育を受けた私なら、あと一時間は無意味な話題で話を続けられるけれど。アンリ卿の方が無理そう!)
私のほほ笑みもアンリ卿と同じく引きつってしまう。
「あの、レオニー嬢……僕はあちらにいる知人に挨拶をしてきます」
「そうですか」
「そ、それでは後ほど……」
「ええ」
(たぶん、もどっては来ないわね。さようなら、アンリ卿)
速足で去ってゆくアンリ卿の背中をハァ───……ともう一度、長いため息をつきながら見送った。
逃げ出したアンリ卿の背中を見ながら、リュシアンお兄様が私の隣に立ち、文句を言った。
普段は温和なお母様も、アンリ卿の態度にムッとして不機嫌そうだ。
「何だよアンリのヤツ! 自分からレオニーを紹介してくれと言っていたのに」
「まぁ、まぁ、お兄様」
「良いやつだと思っていたが。フンッ! アイツにはがっかりした」
私はスラリと背が高いリュシアンお兄様の、繊細な造りの顔を見あげた。男らしいと言われる美形ではないけれど。
リュシアンお兄様の容姿は『美しい』『優雅』と表現するのがピッタリだ。でも中身のほうは、かなり雄々しい性格だが。
「お兄様、仕方ないわ。私はアンリ卿の好みではなかったとあきらめましょう」
(妹の私が言うのもなんだけど。うちのリュシアンお兄様はかなりの美形だから……)
アンリ卿はお兄様の顔を見て妹の私もお兄様のように美形だと……実際に対面するまで、私に間違った印象を持っていたのだと思う。
──たぶんアンリ卿以外のお兄様の友人たちも同じ。
『美形なリュシアンの妹もきっと美人だろう』と思っているに違いない。
だからそんな期待を裏切られらお兄様の友人たちは、私に会うと引きつり笑いを浮かべるのだ。
「さぁ、レオニー。元気を出して、アンリ卿とは縁がなかっただけよ。お兄様にはもっとたくさん友人がいるから」
確かに、人望のあるリュシアンお兄様には友人が多い。だから今の私はうんざりしている。
「お母様……」
(もう嫌です。お願いだから私を放置して下さい! あと何回男性たちの期待を裏切り、顔を引きつらせれば良いの? そのたびに私は相手に申し訳なくて罪悪感を持つのに)
お兄様が私に紹介するような男性だから、みんな良い人ばかりで。
私の優しい保護者たちは、いつになったら厳しい現実を受け入れてくれるのか。
「さぁ、リュシアン。時間がもったいないわ。レオニーに次の殿方を紹介して」
「はい、母上。そのつもりです。あそこにちょうど未婚の友人がいます。次はアイツを紹介してやるよレオニー」
「ええ……」
(ハァ──……長い夜になりそう)




