【第三章 】第三話:夕暮れの信奉者
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「ヒメちゃん放送聞いたよー!」
廊下で出くわした葉月が、ハルミ様に抱き着こうと両手を広げて突進してきた。が、途中で彼女の両腕の三角巾に気付いて、ぴたりと動きを止めた。そして、両手を広げたまま彼女の背後に回り込むと、後ろから抱き着いた。はたから見ればレスラーがバックを取って首を絞めているようにも見える構図だ。
「思いついたまま喋っただけです。差し出がましかったでしょうか?」
「全然全然。ポンコツナイトに任せるより最初からこうしてればよかったね!」
誰がポンコツだと言いたいが、事実なので甘んじる。
「早速一件、SNSに依頼があったって部長が向かってたよ。これから忙しくなるかもね」
「……良かったです。私怪我をしているから、何もできないつもりでいましたけど、声を出すことくらいはできたんですね。忘れていました」
ハルミ様はその痛ましい手を自身の胸元に添えられた。宗教画の如き美しさだ。
「ああ、放送部からスカウトされるくらいな」
「なにそれ、人気者じゃーん」
葉月はうりうりと本当にハルミ様の首を絞め始めた。戯れているうちならいいが、それ以上は容赦せんぞ。
「葉月は自分のクラスの出し物には参加しなくていいのか?」
私は尋ねた。葉月はクラスでも中心に近い位置にいるし、クレープ屋など率先してやりたがるだろう。
「自分のクラスって、ナイト君も同クラじゃん」
その通りだが、私はクラスでも浮いているので正直他人事だ。
「ちょっとやりたいけど、部活があるからいいかな。色んなクラスの出し物に関われてお得じゃん」
前向きな意見だ。嫌いじゃない。
「先輩たちもそんな感じなんじゃないの? てか普段の先輩たちって何気に結構謎だよね」
「そうか、お二人とも自然体な方々だから、どこでも変わらんと思うが」
「えー。そーかなー?」
そのとき、三人のスマホに同時に通知音が鳴った。おそらく部のグループチャットだろう。
メッセージアプリを開くと、白羽先輩からの書き込みがあった。
『瀬戸ちゃんからご依頼。また草むしりー。今日は校門から玄関にかけてだって。依頼があったらそっち優先していいよ。私は別件ありだけど、部長が後から合流するって。ヒメちゃん放送良かったよー』
机がなければ自力で画面をスクロールすることすら難しいハルミ様に代わって、私は内容を読み上げた。
「だ、そうだ」
「げー」
葉月が露骨に嫌そうな顔をする。草むしりは色んな出し物に含まれないらしい。まあそれもそうか。
「みんなが通る道ですから大事な仕事ですよ。行きましょう」
ハルミ様は伸びた背筋でおっしゃられた。先ほどまでの曇りは晴れられたようだ。ならば私は主君の分まで、草の根を一本残らず引っこ抜くだけだ。
私たちは一度部室に戻り、ジャージに着替えた。部室棟は普段とは比べ物にならぬほど賑やかで、特に軽音部の奏でる楽器の音がよく聞こえた。
私たちは校庭を横切り、まっすぐ校門を目指した。
玄関通路では赤いジャージに身を包んだ瀬戸顧問が、一人しゃがみこんで黙々と草を引っこ抜いている。
「あー、あなたたち早かったわね」
額の汗をぬぐった瀬戸顧問は、さっそく私と葉月に軍手を手渡した。
「もう必要ないと思ったんだけど、梅雨のおかげで草が伸びちゃったわね。でもそんな量もないから、依頼が入ったらそっちに行っちゃっていいからね」
「承知しました」
「りょーかーい」
「がんばってくださいね」
私たちは軍手を嵌め、草むしりを始めた。
玄関へと続く垣根の根元や、コンクリートの亀裂から顔を出す雑草を、次々と抜いてゴミ袋へ入れていく。瀬戸顧問の手際は目を見張るものがあり、私たちの助力など不要と思えるほど、どんどん作業を進めていった。
一方で、ハルミ様と言えばなぜか通路から背を向け、垣根の方を向いて直立不動で立ち尽くしていらっしゃる。
「ハルミ。そっちになにかあるのか?」
「あ、いえ、そういうわけじゃないんですけど……そうだわ」
ハルミ様は何か思いついたのか、両手をパチンと合わせそうになり、直前で思いとどまって胸の前で止められた。癖なのだろうか。ひやひやするので控えていただきたい。
「あのナイ……トさんじゃなくてみはるちゃんにお願いしたいんですけど」
!?
「我が主よ! なぜ私でなく葉月を指名するのです!」
まさか、私に何か至らぬところがあったのですか!?
「え、ええと……」
ハルミ様はお顔を反らし、言葉にお詰まりになられた。
「ほいほーい、ナイト君じゃなくてみはるちゃんだよー」
葉月は草むしりの手を止め、私の脇に立っているハルミ様の元へ軽快な足取りで歩み寄った。
「ヒメちゃんどうしたの?」
「あの、背中に張ってもらった紙を、前に張ってほしいんです」
「前に、あーなるほど前に、前にね、じゃあ胸のところに張ろう。胸のところ胸のところ」
……何度も言うな。もうわかった。
「はい、これでどう? これなら目立つね」
「ありがとうございます!」
胸にガムテープで『学内ボランティアサークル部』のビラを張ったハルミ様は、まるで宝石でも身に着けたかのように嬉しそうに微笑んだ。
葉月が私の隣に戻ってきて
「ナイト君やりたかった?」
と、ヘラヘラ笑った。
「うるさい、しゃべるな、三年黙れ」
「卒業しちゃうじゃん」
私たちが草むしりに精を出している傍らで、ハルミ様は通路のほうを向いて、その気持ちの良い背筋を伸ばしていらした。そして、生徒が通りかかると
「『学内ボランティアサークル部』です。よろしくお願いします」
と呼びかけられていた。
強いお方だ。
彼女は自分の力で、自分の居場所を見つけられたのだ。
主君がなければ立つことさえままならない私とは、生きている世界が違う。
その後、部長が頼まれた買い出しから帰ってきて合流し、半時間ほどで草むしりは完了した。他の依頼も入り、それらを分担して手伝っているうちにあっというまに下校時刻になってしまった。
夕焼けが、校舎に長い影を落とす。
私たちは五人で伸びた影の中を歩いた。
しっかりと前を向いて歩くハルミ様の後ろ姿を見つめながら、私は自分が騎士であることを忘れた。ただ一人の信奉者として、彼女を見ていたかった。
私はハルミ様の柔らかい肩の感触と、玄関口に生えた草を引っこ抜く感覚を両手に握りしめ、一人帰路についた。




