【第三章 】第二話:聖者の御心
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「ハルミ」
部員が散り散りになっていく中、私は主君に進言をした。
「学園祭準備期間になって、放課後はみんな浮足立っている。走る者もいるだろうし、大きな荷物を抱えている者もいるだろう。だから廊下ではなるべく壁際に寄って常に私の後ろを歩いてほしい」
「そうですね。ナイトさんの言うことはわかります。少し寂しいですけど、そうさせてもらいます」
寂しい? なにがハルミ様のお顔を曇らせるのか、そのお言葉の真意が私には解らなかった。
「何か気になることでも?」
「いえ、構いません。お気遣いありがとうございます。行きましょう、私たちは一年生の教室ですね」
「ああ、計八クラスだったと記憶しているが、私やハルミのクラスはひとまず除外した方がいいだろう。部活で抜けてきているわけだからな」
私たちはゆっくりと校舎に入った。放課後にしては人が多い。学園祭に向けた浮ついた雰囲気が早くも空気中を漂っている。
「ナイトさんとみはるちゃんのクラスはどこですか?」
「B組だ。ハルミはF組だったな」
「ナイトさんのクラスは何をなさるんですか?」
「うちはクレープだ。内装などはあるが当日忙しいタイプだろう。どのみちうちの部が出る幕は少なそうだ。ハルミのクラスは?」
「F組はフォトスポットです。写真映えするオブジェをいくつか作って、記念撮影をしてもらうんです」
「造形物があるなら何かと予期せぬトラブルも多そうだな。やはり営業をかけたほうがいいな」
「そうですね。私はクラスに協力できませんし」
「ハルミ」
主の弱気な発言に、私は思わず足を止めて振り返った。
「強く清廉なあなたらしくもない。私はあなたに学園祭を楽しんでほしい。私の手はあなたの手だ。どうか気を落とさないでくれ」
「そうですね。私少し落ち込んでいたかもしれません。楽しみましょう」
「その意気です。まずはこの1―Aからだ。見ていてくれ。なにサクッと仕事を請け負ってくる」
私は1―Aの戸の前に立った。内窓から少し見えたが、10名ほどの生徒が机を寄せ合い、掲示物と思しき大きな紙にマジックで何か書き込みをしている。
こういうものは第一印象が肝要だ。
私は気合を入れ、威勢よくその戸を開けた。
「失礼する!」
1―Aの生徒たちの視線が一斉に私に突き刺さる。まずは上々といった出だしだ。
「私は1―B所属の佐藤騎士。此度は『校内ボランティアサークル部』の尖兵として参った。学園祭の準備を指揮している者はあるか?」
水を打ったような静寂が教室を包んだ。遠くから野球部の練習の掛け声が聞こえてくる。
「ほら、隣のクラスの新聞紙の……」
女子のひそひそと話す声がよく聞こえた。
「指揮官は不在か? 代理のものでも構わん。学園祭の準備について話がある」
クラスメイトに背中を押されるようにして、一人の真面目そうな男子生徒が重い腰を上げた。彼はどこか怯えた様子で私に近づいてくると、おずおずと口を開いた。
「えっと一応このクラスの学級委員です。なにかご用件でしょうか?」
「学級委員殿。かしこまらなくてもいい。先ほども言ったが私は『学内ボランティアサークル部』の使いで来た。ときに1―Aはどんな出し物をする予定だ?」
「普通の出店だよ。フランクフルトを。色々なソースを付けて提供する予定」
「なるほど良いアイデアだ。フランクフルトとなると、イートインよりもテイクアウトがメインになるのか?」
「そうだね、テイクアウトだよ」
「ふむ。テイクアウトとはいえ店構えの装飾等は必要だろう」
「あの……、何か用事ですか?」
「手伝いに来た」
「え?」
「我々『校内ボランティアサークル部』は多くのクラスや部活の催し物の手伝いを買って出ている。人手が足りなければ遠慮なく言うと言い。部のSNSなどでも依頼は可能だ」
「そ、そうなんだ。でもうちはそんな大層なことをするわけじゃないから間に合っているかな。それにこういうのはクラスで一丸となってやった方が楽しいし」
「なるほど、一理ある。だが、それで間に合わなくなったら元も子もない。必要があれば学園祭当日も含めていつでも我々に声をかけてくれ」
「う、うん、そのときはよろしくお願いするよ」
「うむ。手間を取らせた。では私は失礼する」
私は胸を張り、教室を出て後ろ手に戸を閉めた。
廊下では、ハルミ様がひどく浮かない顔で私を待っていらした。
「ナイトさん」
ハルミ様は伏し目がちに、しかしはっきりおっしゃられた。
「言いにくいんですけどナイトさんの営業力には問題があります」
「なに最初はこんなものだろう。じき忙しくなったら我々の手が必要になるはずだ。そのためのアピールはできた」
などとハルミ様に自信満々にほざいたのが三日前。
二日目は瀬戸顧問が持ってきた学園祭関連の大量の書類のコピーに追われ、三日目は部長と葉月が請け負ってきた仕事に駆り出された。
力仕事や単純作業に精を出しながら、私はひたすら己の非力さを恥じていた。
そして今日、営業に出るのはこれで二日目。私の釣果はいまだゼロだ。
ハルミ様もずっと浮かない顔をしていらっしゃる。
私は恥を忍んでハルミ様に助言を求めた。
「ハルミ。私のなにがいけないんだ?」
「そうですね、少し怖いのかもしれません。話し方もそうですけれど、もう少し下からお願いしてみてはどうでしょうか?」
ハルミ様は体をくねらせ、上目遣いで私を覗き込んでいらっしゃる。
「なるほど。口答えするつもりはないが、私はそうしているつもりだったのだが、まだ足らなかったのだな」
「もっと、以前私にしていたみたいに丁寧な話し方をすればいいと思います。今日は先輩の教室ですし、それならきっと大丈夫ですよ」
ハルミ様は胸の前に両腕をぐっと立てて、応援のポーズを取る。相変わらずオペのようになっているが以前より腕はスムーズに動かせるようになっているご様子だ。
「承知しまし……承知した。学園祭も近い。そろそろ困っている生徒も増えているこだろう。まだまだこれからだ」
「はい、がんばっていきましょう! ナイトさんが落ち込んでいると私まで落ち込んでしまいます」
なんということだ。私の醜態が主君の心を痛めている。私は今一度主君の期待に応えるために、心から笑顔になっていただくために、新聞紙の剣を履き直した。
その日の私たちの担当は二年生の教室だった。
二年ともなれば『学内ボランティアサークル部』の存在を認知している人間も一年とは比ではない。これなら多少やりやすくなるだろう。
「失礼します」
私はなるべく静かに2―Aの戸を開け、声量も落とした。
「『学内ボランティアサークル部』です。責任者の方か代理の方、お話しをよろしいでしょうか?」
「その調子ですよ」
後ろからハルミ様のお声がした。万の援軍よりも頼もしい。
「あールミんとこでしょ?」
すると床に敷いた段ボールに絵具を走らせていた一人の女子生徒が、顔も上げずにそう言った。
「ルミ……白羽先輩のことでしょうか?」
「そうそう。例のボランティアのやつでしょ? 今は間に合ってるからいいよ。なんかあったら直接ルミに言うから」
「了解しました。お邪魔して申し訳ありません」
「お疲れー」
その先輩は私たちには目もくれず、そのまま集中して作業を続けた。
「失礼しました」
私は教室から出ると、そっと戸を閉めた。
意気込んでいた割に出鼻を挫かれた形だ。
肩を落とす私の頭上から、校内放送のスピーカーを通じて、軽音部の元気な声が流れてくる。
『えー、私たち軽音部は、体育館のステージで二時から三時までライブやります! 最新のヒット曲も多いので是非聞きに来てください』
「ナイトさん! いまのよかったです! その意気ですよ!」
放送が終わるや否や、ハルミ様は小さく飛び跳ねて私を激励してくださった。そんなことをされては傷に響きます。
「そうでしょうか? 自分ではよくわかりません」
「今のは仕方ないじゃないですか。次に行きましょう、次です!」
だが二年のクラスは、どこを回っても同じような結果だった。連日の他の部員達の営業活動や、そもそもの部の認知度が高く、どこへ行っても「今は手が足りている」とあしらわれてしまう。
最後の2―Gを回り終わった時には、私の騎士としての自尊心は粉々に崩れ去っていた。
「ナイトさん落ち込まないでください」
主君はこんな無能な私にもやさしく声をかけてくださる。
「いえ、私は無力です。私はハルミ様の前で良い格好をしたかっただけなのかもしれません。偉そうなことを言っておきながらこの様です」
「いえ、ナイトさんはよくやっていました。タイミングの問題です」
タイミング。この世のあらゆることは、確かにそれに支配されているのかもしれない。手伝いの依頼がないのも、私がハルミ様と出会ったのも、彼女が空から落ちてきたのも、私がそこに居合わせたのも。
うつむきかけたそのときだった。前方から巨大な段ボールの板を四人がかりで運んでくる一団に気付いた。私はとっさにハルミ様の肩を掴んで、教室側にそのお体を押し込んだ。
ハルミ様は驚いた様子で、その大きな双眸を見開いていた。
「とっさのことでお体に触れてしまい申し訳ありません。ですが学園祭期間中はこういうこともありますので何卒お気を付けを」
私は途中で敬語を話していることに気付いていたが、最後まで言い切った。またいつものようにそれを指摘されるかと思ったが、ハルミ様はなにやら下を向いて考え込んでいらっしゃるようだった。
「ナイトさん。私はあなたの頑張っている姿を見るのが好きです。でも、私にもやらせてください」
ハルミ様は私の横を通り過ぎた。いつものおっとりとした足取りとは違い、しっかり大地を踏みしめた力強い歩みだった。
「ハルミ、どこへ?」
「ナイトさん命令です。黙って私に付いてきてください。怪我には気を付けます」
「御意」
私はハルミ様の華奢な背中を見て歩いた。背中には葉月が貼った部の宣伝書きが、ガムテープで張られ揺れている。その背中はか弱く守られる者のものではなく、人を導く執政者のそれだった。
「ナイトさん。ノックをしてください」
二階の端にあるその部屋の前で主君の命が下った。私はドアの上のプレートを見上げた。そこには『放送室』の三文字。私はハルミ様の意図を測りかねながらも、命令のままそのドアをノックした。
「はいはいどなたどなた?」
放送室の扉が開いて女子生徒が顔を出した。
ハルミ様は軽く一礼して
「『学内ボランティアサークル部』です。さきほど軽音部の方が宣伝をなさっていたので、もし良ければ私たちにも放送を使わせてもらえないかと思い伺いました」
幼いころから祖母にしつけられたという折り目正しい言葉遣いは堂に入っていた。
「あー、いいですよー。好きなだけ使ってくださーい」
私たちは放送室内に通された。部屋は機材に所狭しと並び、中央には防音室を区切るガラス窓がはめ込まれている。
ハルミ様はマイクの前に座られた。
緊張された面持ちで息を吐き、マイクの音量を上げるフェーダーに手を伸ばした。
「ハルミ様、私が」
「いえ、自分で出来ます」
ハルミ様はギブスから覗く指先に力を込め、フェーダーを一気に押し上げた。
「突然の放送、失礼します。私は『校内ボランティアサークル部』に所属します1年F組、波瑠美光愛と申します。繰り返します『校内ボランティアサークル部』です。私たちの部活では全ての学生・教師の皆様のお手伝いをさせていただいています。学園祭期間中でもそれは同じです」
凛としたお声が、校舎中に響き渡る。
「皆様、私たちに、どうか皆様の手伝いをさせてくれませんか。草むしりから買い出しまでどんな仕事でも構いません。SNSでも、直接声をかけていただいても結構です」
少しためらったように、ハルミ様は一泊呼吸を置いた。
「……私は今、両手を怪我しています。クラスでも部活動でもただみんなを眺めるだけで、何もできず歯がゆい思いをしています。ですが私以外の部員のみなさんは、どなたも貴重な自身の青春を、人のために使おうという素晴らしい人たちです。自分たちのクラスや、部活動で、一丸となって何かを成し遂げたいという気持ちは理解できます。ですが、もしお困りなことがありましたら、私たちもその仲間に加えて欲しいのです。学園祭も間近に迫ってきました。予期せぬアクシデントなどもあると思います。そんなときはどうか我々『校内ボランティアサークル部』のことを、どうか頭の片隅に置いておいてください。決して部員は多くありませんが、皆様の力になります。ならせてください。皆様のお力になることが私たちにとっての学園祭なんです」
ハルミ様は小さく息をお吹きになられた。
「以上。長々とご清聴ありがとうございます。『校内ボランティアサークル部』波瑠美光愛でした。共に最高の学園祭を作り上げましょう。失礼します」
ハルミ様はフェーダーをゆっくりと下げた。
放送室内は清らかな静寂に包まれていた。
「ナイトさん」
唖然として立ち尽くす私に、ハルミ様は静かに命じられた。
「緊張して肩が凝ってしまいました。少し揉んでもらえますか?」
「喜んで」
私はその小さな肩にそっと手を伸ばした。彼女の体は少しだけ震えていた。
「いやー、良かったよ、あなた放送部に入らない?」
ハルミ様は放送部員のスカウトを受けていた。私が放送部員でもそうしただろう。彼女の演説は、その凛としながらも透明感のあるお声だけはでなく、その御心は多くの生徒の心を打ったに違いない。
「すみません私は『校内ボランティアサークル部』ですので。ですが、何かご協力できることがあれば、学園祭に限らずいつでも声をかけてください」
「そうさせてもらうね。体育祭とか手伝ってもらうかも」
私は自分自身の無力さすら忘れ、誠心誠意ハルミ様の肩を揉んだ。両手をかばっての生活をされているためか、確かに肩は少し凝っているようであった。
「ナイトさん」
まっすぐ壁を向いたまま我が主は私の名を呼んだ。
「私はお役に立てたでしょうか?」
「失礼ながらそれは愚問です。ハルミ様のお声は全校生徒の胸に響いたでしょう」
「ナイトさん」
壁を向いたままハルミ様は再び私の名を呼んだ。
「また『様』がついてますよ」




